3年ぶり、か?いや、詳しい年月は覚えてねえからわからねえ。まぁ多分そのくらいだ。3年ぶりに、こいつは俺様の目の前に現れた。

「左馬刻!久しぶりだねー」
「…………ちっ」

間抜け面で笑うこいつは、名前と言って苗字組の一人娘だ。苗字組と火貂組は昔から手を組むことが多く、俺と名前も何かと顔を合わせることが多かった。名前は、俺が言うのも何だが頭のネジが一本じゃ飽きたらねぇくらいふっとんでるような奴だ。確か傷害だかなんかのしょうもねぇ罪状で数年前パクられたと思ってたんだが、今こいつが俺様の事務所を尋ねてきて、今目の前にいるということは、ようやく娑婆に出てきたということなのだろう。

「ちっ、て。ひどいなぁ、感動の再会だよ、今。さあ、左馬刻も私の名前を呼んで!」
「バカか。てめぇなんか知るか。どこのどいつだ。さっさと俺様の目の前からいなくなれ。さもなきゃ殺すぞ」
「あはは、バカはそっちじゃん。私のこと解ってるから舌打ちしたんでしょ」
「……うるっせぇ」

こんな女にバカ呼ばわりされるなんて心外だが、追い出す口実も特に見つからなかった。だいたいこいつは何をしにここに来た?こいつを俺様の部屋に通した使えねえ能なしはどこのどいつだ?

「ていうかさ、折角会いに来たのに、茶の一つでも出ないわけ?まったく気が利かない若頭ね」
「てめぇに出す茶なんてあるわけねぇだろ。さっさと失せろ」
「失せろですって!こわぁい。左馬刻なんて、私がいないと何もできないくせにさ」
「妄想も大概にしやがれ。そして消えろ」
「私がいない間よく無事で暮らせてたねぇ。しみじみしちゃうわ本当」

当たり前だが名前は一向に事務所を去る様子はなく、下品に部屋を眺め回した。ウゼェ。ウゼェことこの上ねぇ。だが俺にはこいつを振り払う術など昔から持っていなかった。そうだ、こいつは何かと俺にひっついてきて、ヤクザとしての振る舞いなんか全くなっちゃいねぇクセに変に抜け目なく、とにかくいつでも自由に動き回るやつだった。俺が知る中では、多分コイツが、世界で一番自由だと、思う。

「4年経ったとは思えないよ。あんた本当変わんないね、見た目。多分中身も変わってないんだろうけど」
「……うるせぇ。テメェもな」

4年か。3年というのはどうやら記憶違いだったらしい。だがそんな数字など俺にはどうでもいい。3年前だろうが4年前だろうが50年前だろうが、俺が色んなものにもう既に別れを告げたという事実は変わらないのだ。

「えー、ほんと、左馬刻ってガキ。ラップはあんなに上手いくせに、女の子がどんな言葉に喜ぶか知らないんだ。女子は、変わらないって言うより変わったねって言う方が喜ぶの。大人になって、いい女になったなって言うんだよ。あー左馬刻ってモテなさそ−」
「余計なお世話だコラ」

だいたいお前を女の子だとか思ったことねーよ、とか、モテても嬉しかねえよ、とか、応酬の言葉がいくつか浮かんだが、ちょうどスマホに着信が入ったから口を閉じた。銃兎からだ。恐らく何かの打ち合わせの連絡だろう。名前はそわそわと落ち着かず俺の方を窺い見ている。

「TDDはまだ続いてるの?」
「あ”ぁ”?んなもんとっくに解散してんだよ」
「えーっ、そうなんだ。4年も塀の中にいたからもう浦島太郎気分だよ」
「チッ、胸くそ悪ぃこと思い出させんな」
「なに?他の3人に見捨てられちゃった?」
「おい……殺すぞ」
「えーん、殺さないでよー」

バカはムショに入っても治らなかったらしい。俺がため息を吐くと、それを見てかどうかは知らないが、名前はだらけた顔を更にニヤつかせた。

「ね、世界中が左馬刻を見捨てても、私は最後まで左馬刻を信じるよ」

バーカ。この女、本当にバカだ。
でも俺は思う、この世界の中心は中央区なんかじゃなく絶対この女だ、と。




この関係に名前はいらない





2021/2/7

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