ジローちゃんに言われるがまま、バイクの後ろに跨がって一時間半程経った。地理に疎い私も流石に解るが、明らかにイケブクロを離れて山の方に向かっている。ちらっと見た看板等から察するに、どうやらサイタマの奥の方に、向かっているらしい。
「ちょ、ちょっと!いい加減説明してよ!何でこんな所に……」
「いいからいいから。絶対名前をがっかりさせない。約束する。俺を信じてくれ」
「ジローちゃん……」
信号が赤から青に変わり、再びバイクが動き出す。振り落とされないようにジローちゃんの腰にぎゅっと掴まると、ジローちゃんが身じろぎするのがわかった。だんだんと暗くなる空と、冷たい風に、マフラーを巻いてこなかったのは失敗だったことに気がついた。
「よし。ここで降りよう」
そうジローちゃんが漸く言ったのは、閑静な住宅地の裏手にある、小高い丘のような場所だった。簡単なベンチとブランコがあり、公園という面もあるようだ。バイクを降りてヘルメットを脱ぐと、冷たい空気が顔を突き刺す。風が吹く度に植え込みがざわざわと音を立て、静けさをより強調するかのようだった。
「あそこに座ろうぜ」
言われるがままに、小さなベンチに二人で座る。……ここまで来ても、私は何がなにやらわからなかった。かじかむ手を擦り隣に座るジローちゃんをじっと見つめた。
「……いや。何で俺見てんだよ?!」
「ええ?!だって、何でここに連れてこられたのか説明されてないし!ジローちゃん以外に何を見ればいいの?!」
「あ、そっかそっか。ごめんな」
ジローちゃんは垂れ目を優しく細めて、静かに上を指差した。つられて、私は空を見上げる。
「わあ……!」
そこにあったのは、一面の星空、だった。プラネタリウムとは比べものにならない、本物の、輝き。ちかちかと煌めく星々が、私達を誘うように広がっていた。
「すごい……!」
「ここ、前に兄ちゃんに教わった穴場なんだ。イケブクロじゃ星は見えねぇけど、ここなら綺麗に見えるから」
「ジローちゃん、ありがとう!本当にすっごく素敵……!」
「へへ。名前に喜んでもらえて、よかった」
ジローちゃんは照れくさそうに笑った。「さっき、怒り過ぎちゃった。ごめんね」と小さく謝るとジローちゃんは更に照れくさそうにして、「俺が悪いから、いいの」と言って抱きしめてくれた。さっきまであんなに寒かったのに、二人くっつくととても暖かい。
「あ、あの星、綺麗だな」
「どの星?」
「あれだよ。あのー、三つ点があるじゃん?」
「オリオン座ね?……ジローちゃんやっぱ解説聞いてなかったじゃない」
「う、うそうそ!それ、オリオン座!……で、その右上にある、ちょっと赤っぽい感じの……」
オリオン座の右上にあるのは確か牡牛座だ。そしてそこに赤く輝いているのは確か……
「アルデバラン、だよ。その星。……ジローちゃん、本当に解説聞いてなかったの?」
「だ、だから聞いてたって!アルデバランかぁ。格好いい名前だな!」
「アルデバラン。アラビア語で、『後に続くもの』。和名は、“
ジローちゃんにぴったりの星でしょ、と続けると、ジローちゃんは目を本当の星みたいにきらきら輝かせて、小さくうんと頷いた。私の隣にいるアルデバランは、いつだって強く美しく煌めいているのだ。
2021/03/07