two of a kind




「おい!帰って来てんなら連絡しろっつったろーが」

一年ぶりに見るバカは相変わらずのバカヅラだった。私が来ていると聞いて客間まで走って来たらしく、肩で息を整えている。お寺を満たす線香のにおい、畳の手触り、バタバタと廊下を駆けるバカの足音、これだけで、ナゴヤに帰ってきたことを実感するには充分すぎるくらいだ。

「なんであんたにわざわざ連絡しなきゃいけなのよ」
「あ?や別になんとなく、深い意味はねぇつーか、まぁ拙僧は一年ぶりにその阿保ヅラを拝みに来ただけだからな」

わざとらしく私の顔の前で合掌しやがった。うぜえ。ヒャハハというこの悪魔のような笑い声さえも聴き慣れてしまいもはや安心感すら覚える。空却は昔から変わらない。あいも変わらず、可愛いくらい不器用な男だ。連絡を寄越せと言う意味も、走って会いにくる意味も、私は知っている。
「一年ぶりでもうぜーな、さすがクソ坊主」と悪態をつけば、「お前にだけは言われたかねぇってーの!」と肩をバシバシ叩かれた。痛えよ。しばらく笑って満足したのか、私のすぐ隣にドカッと座って「おかえり」と言った。相変わらずお前は距離が近いんだっての。「ただいま」とこたえながら空却の顔をちらりと見ると、頬杖をつく指の隙間からほんのり赤い頬が見えた。自分で近くに座っといて照れてんじゃねーよ。

「そーいや名前お前、彼氏とかできたんか?」
「……できてない、てかできてもお前に言わないし」
「ひゃは!ダッセ」

ぱっと明るくなる顔。そんなあからさまな話題を出しといて、あからさまに喜ぶな、バーカ。

「うっざ。空却もどーーせ彼女いないんでしょ」
「るっせぇなァ!拙僧はその、アレだ。僧侶だから、そういうんは良いんだよ」
「ハハハ、そういうことにしといてやるか」
「おいコラ名前テメェ!」

ギャーギャー文句を言いながらも、顔は上機嫌そのものだ。私だって、こうしてコイツとふざけ合ってる時間は楽しくないわけじゃないし、空却に彼女がいないことに少し安心した自分がいるのも確かだった。こいつには口が裂けても言ってやらないけど!

「ははーん?ここ数年、帰ってくるたびにやたら粧し込むようになったなァとは思ってたんだが、それで未だに彼氏のひとりも出来てねえとか……クク、可哀想なヤツ」
「うるっさいなもう、私が化粧しようが彼氏作ろうが勝手でしょ」
「あ?勝手なワケあるか!」
「いやなんでよ!空却にどうこう言われる筋合いないし」
「筋合いとかじゃねぇんだよ、なんかこう、とにかく!気に入らねえ!」
「はあ?!なんだそりゃ」

なんだそりゃ。どんだけ素直じゃないのよ!その気に入らない理由ってやつを、さっさと認めてさっさと言ってしまえばいいのに。バーカ。
この終着点の見えないくだらない論争(にも満たない醜い言い争い)に終止符を打つべく、「この話終わり。空却と喋ると疲れる」と言ったら、「珍しく気が合うなァ!拙僧もそう思ってたところだ」と返されて、無性に腹が立った。……落ち着け私。素直になれないガキのただの減らず口なんだから。気を鎮めようと、テーブルの上に置いてある蜜柑を手に取り、無心で剥き始める。空却は剥かれていく皮をむすっとした顔のまま見ていた。眉間の皺すごいぞお前、と口から出かけた言葉を飲み込んで、取り出した実を一粒口に放り込んだ。

「わ、甘〜!やっぱ空却んちの蜜柑、甘くてほんと美味しいわ」
「おうよ、あたりめーだろ」

空却は、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。いくら言い争ってむくれた顔をしていても、その数分後にはケロリとしている。波羅夷空却は、そういう人間だ。

「まだまだあっから好きなだけ持って帰れよ。おばさんも喜ぶだろ」
「いいの?!」
「おー。後で袋持ってきてやる」

まぁ拙僧は毎日食いすぎて飽きちまったけどな。なんて言いながら蜜柑を手に取り、「いただきます」と綺麗に手を合わせた。伏せられた長い睫毛に、心臓が高鳴る。こどもの頃からだ。どんなに悪態をつこうが下品に笑おうが、この瞬間の空却だけはどうしたって美しかった。……そのはずなのに。ぱちりと開く瞼から覗いたぎらぎらと光る金色は、まるで知らない人のようで。なぜだか心臓を抉られるような痛みが走って、咄嗟に空却から目を逸らした。

「名前は昔っからうちの蜜柑好きだったよな」

私はまだ空却を振り返ることができずに、蜜柑の方を見ながら「そうだね」と答える。

「スーパーの蜜柑よりもうまいとかなんとか言って喜んで持って帰りやがるしよ」
「だってほんとにスーパーのより甘いんだもん。毎年楽しみにしてる」
「お前なぁ……人んちのモン勝手に毎年の楽しみにしてんじゃねぇよ」
「でもなんだかんだ毎年絶対くれるじゃん?空却ってばちょー優しいから」

すると、ハハ、と嫌味のない笑い声と細められた目。

「本当にそういうとこ、こどものときから変わってねえよなあ、お前」

こどものように笑う姿に、なんだか少し居た堪れない気持ちになった。空却は今もずっと、私の内側にある「変わらない何か」を、手探りで探し続けているのだ。


「就活は?してんのか」
「うーん、そろそろ準備しないとなーって」
「へえ。大変なこって」

私は崩していた脚を直してもう一度正座をする。窓に視線を向けると、白く曇った空を背景に、庭の木々がざわざわと風に吹かれて揺れているのが見えた。

「迷ってるの」
「なにが」
「トウキョーか、ナゴヤ」
「あ?」
「どっちで就活するか」

聞かせるように、はっきりと言った。もう待ってなんてあげられない。あんたの知らない間にも、私はどんどん変わっていくのだから。空却は眉間に皺を寄せて私の目を見つめている。ねえ、そんなに引き止めたそうな顔するくらいなら、ちゃんと引き止めてよ。ちゃんと言葉にして、聞かせてよ。

「名前、お前」

空却は言いづらそうに顔を歪めた。私は、続きの言葉を促すように「うん」と頷く。


「お前、そんな引き止めて欲しそうな顔してんじゃねぇよ」
「…………は?」

は?え、今なんて?

「あのなぁ〜、前から思ってたけどよ、お前ほんと拙僧のこと好きだよなぁ」
「は?え?ちょ、ちょちょ、ちょっと待って、はぁ?!」
「なんだよ」
「いやいやいや逆でしょ逆!!私はずっと、空却どんだけ私のこと好きなんだよって思ってたんですけど!?」
「はああぁ!?!」

……戦争開始。
私も空却も立ち上がってほぼ取っ組み合い状態となった。
ふざけるな。なんなんだこいつ。意味がわからない。いや絶対私のこと好きだったじゃん。私がこんなバカを好きなわけがないじゃん。はあ!?

「名前、お前もっと自分の気持ちを自覚した方がいいぜ?!」
「私のセリフなんですけど!?」
「あ!?なんだと!?」
「完全私のこと好きって顔してたよずっと!!鏡見ろや!!」
「してるわけがねぇ!!お前こそ、拙僧と話してるとき自分がどんなツラしてるか自覚ねぇのか!?」
「え?!ど、どんな顔もしてなくない!?」
「テメェこそ鏡見ろや!」

え、自覚してないだけで私も空却のこと……とかそういうやつ?そんな馬鹿な。いや絶対にありえない。私は違うけど空却はちゃんと自覚した方がいい。マジで。
ふと窓を見たら、外は風も収まり晴れ間が出てきていた。おいおいなんだその大団円みたいな天気は。ふざけるな!

「あーークソ!誓って好きとかじゃねぇがお前があまりに引き止めて欲しそうな情けねぇツラしてっから仕方なく拙僧が引き止めてやる!ナゴヤに帰ってこいや!名前は拙僧が居ねぇと何もできねぇからなァ!」

あまりに上から目線の失礼な発言にはらわたがグツグツと煮え返ったがここは私が大人にならねばしょうがない。まったくもって不服だが仕方なくナゴヤで就職してやることにしよう。このどうしようもないバカは私が居ないとダメだからな!
空却の顔が真っ赤だったから、ほら見ろ照れてやがる!と思っていたら、「お前顔真っ赤だぞ」って言われた。そんなわけが、ない!!

2021/3/20

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