残された世界で僕たちは


突然、教室中に、ワハハと大きな笑い声が響いた。馬鹿で餓鬼な男子たちが、集まって馬鹿笑いしているのだ。教室中の人たちが一瞬そちらに目を向け、そしてすぐに目を逸らした。基本的に真面目な人が多いクラスだ、と、思う。私もそうだ。まあ、あの人達を除いて、だが。耳障りな声に極力邪魔されないよう、目の前の本に集中するよう努める。

「……あはは!お前……」
「……うるせーって……」

何分経っただろうか?完全に本の世界に没頭していた私を現実に引き戻したのは、やはり彼らの声だった。クラスのみんな、顔をしかめて俯いている。でも誰も、彼らに声をかけられない。目立つ彼らの中でも、一際目立つ長身の彼が、威嚇するように、ぐるりと教室を見回した。

ぱち。目があった。
私は慌てて目を逸らす。すると彼も、観念したように視線を仲間内に戻した。

自習時間の終わりを示す、キーンコーンというチャイムの音がけたたましく辺りに響いた。みんなはすぐさま鞄をひったくって、散り散りに教室を出た。先ほどまで騒いでいた男子たちも同様に、我先にと家路に向かって行った。

「……なぁ」

教室に残ったのは、気付けば彼と私だけだった。私は席を立たずに本を読んでいたが、彼は無遠慮に、目の前の机にドカッと座った。仕方なく、本から目をあげて彼を見る。黒髪で、長身で、バレーボール馬鹿で、優男で、目を奪われるような輝きを持つ彼。

「……何でさっき無視したんだよ」
「……あんたたち、うるさすぎ」

そう応えると、黒尾は満足そうにニイッと笑った。

「迷惑そうに顔しかめながら本読んでる名前、ウケた」
「あんなやつらと馬鹿みたいにつるんでたら、あんたの品性まで下がるよ」
「そうだなぁ」

くっくっと愉快そうに黒尾は笑った。ひょいっと机の上から降り、すぐ隣の席に座ったかと思うと、手を伸ばしてきて私が持っていた文庫本を取り上げた。

「あー、早く、卒業してぇな。そしたら名前ともっといられる」

そしたら、本なんかよりももっと広い世界を見せてやるよ。彼はとても小さな声でそう言って、静かに口づけを落とすのだった。

2021/3/27

.