黄身は流れすぎないくらいの固めの半熟。白身はしっかり焼き。ソーセージはボイルしてから少し焼き目をつけるだけ。いつのまにやら自分好みと違う朝食を作る方が上手くなったのだと、気づいてしまったのはつい最近のことだ。嬉しいんだか悔しいんだか、内心複雑なところだが、不思議と悪い気はしなかった。あ、醤油だけは譲れないけど。

「目玉焼きにはソース!決まっとるやろ」
「ありえない」
「ソースもありえそーッス!ってな……ぷぷ」
「朝から愛想笑いさせないで」

ありえない、って最初のころは思ってたけど、本当はもうソースだって嫌いじゃない。もちろん醤油がいちばんだけどね。簓のための完璧な目玉焼きを作りながら、素直じゃない私は、かわいくない強がりをする。こんなにもあんたに染まりきってる私を、あんたに気づかれたくないだけ。

「させないでって、自分1ミクロンも笑てへんやん」
「愛想笑いさえ諦めたの。てかお皿出してよ」
「ほいほい2枚やね。はぁ、名前ちゃん朝から冷たいわぁ〜。あ、もしかして死んどるんとちゃうん?」
「ありがと。まずもう昼だし、死んでたらあんたのために目玉焼き焼いてないでしょ」
「そらそやな!名前ちゃん生きとってほんまによかったわぁ」
「いや目玉焼き目当てって。薄情か」
「朝食だけに超ショック〜ってか!」

簓はひとりでツボりながら、きつね色に焼き目のついたパンをトースターから取り出して、マーガリンを塗り始めた。私は黄身を割らないよう、慎重に目玉焼きをお皿に乗せる。よし、完成。我ながら完璧な仕上がりだ。お皿をテーブルに持って行くと、簓はマーガリンを仕舞いながらこちらを振り返った。

「あ、名前ちゃんのパンはそっちな。マーガリンたっぷり名前スペシャルになっとるから」
「ふふ、ありがと」
「えっここで笑うん?」

ツボおかしんとちゃう?って、あんたには言われたくないわ。私好みなマーガリンたっぷりのトーストを齧りつつ、目玉焼きを少し箸で切って頬張った。ああ、やっぱり醤油がいちばんなのだと、毎週確信する瞬間である。
我が家の休日は、ゆったりお昼近くまで寝て、遅めの朝ごはん兼お昼ごはんから始まる。流しっぱなしのテレビからは下らないワイドショーの下品な言い争いが聞こえてきてなんだか憂鬱な気持ちになる。というところまでがセットで、日曜日のはじまりを形作っていた。学習もせず毎週毎週、見たくもないワイドショーから始めるのだから、私たちふたりは正真正銘のアホなのだ。天気予報が見たいと言うと、すでにわかっていたように簓はパンを頬張りながら手元のリモコンでチャンネルを替えた。

「あ、今日あったかいんだ。しかも晴れだって」
「どっか行きたいとことかあるん」
「んー特にないなあ」
「ほんなら今日は簓さんとまったり過ごそか」
「簓、ずっとうるさいからまったりって言葉と相性最悪だよ」
「なんやと!今ちょっと、それもええな〜みたいな顔しとったやん!バレとんで〜?」
「バレてないし」
「いいやバレとる!簓さんに嘘はあきまへ……ん?」
「まったり過ごそっか、簓」
「……アカンでそれわざとやろずるいわ」
「ふふ」

簓は心臓を射抜かれたみたいなポーズでオーバーにリアクションした。「私の勝ち」と笑うと、「なんやそれ!?いつ始まった何のゲーム!?」とツッコミながらも、「次は負けへんで!まだたったの一敗やからな」と乗っかってくれるのだから、本当に優しい。甘すぎやしないかと、ときどき心配になるほど。


「ええよ、洗い物今日は俺の番」

カチャカチャと、シンクに食べ終わったお皿を置いていく。私はテーブルを拭きながら、今日の天気が晴れだということを思い出していた。

「いいの?じゃあ洗濯物干しちゃおっかな」
「えー?ゆっくり休んどって〜ゆう意味やったのに」
「いいって。じゃあ今日は簓がお皿洗いの当番で、私が洗濯物の当番ね」

すると納得したように「ほんなら頼むわ、ありがと」と、緩やかに微笑んだ。簓は、これ以上言っても私が引かないことをわかっているのだ。
ピー、ピー。ちょうどいいタイミングで、洗濯機から脱水の完了を知らせる電子音が聞こえる。

「あ、呼ばれてる」
「いつまで待たせんのや!って洗濯機はんもご立腹やでえ」
「えー?!うちの洗濯機はん、気ぃ短過ぎ」


洗濯物をカゴに放り込んでリビングに戻ると、洗い物を終えた簓が自分の出ているバラエティ番組の録画をゲラゲラ笑いながら見ていた。いやあんたは出てんだから全部知ってるでしょ。以前そうツッコミを入れたとき、「オモロイもんは何度見てもオモロイねん」と言っていたことを思い出した。簓はパフォーマーでありながらも、同時に観客としても自分のことを見ている。彼の真の凄さはそういうところにあるのだと、そのとき強く感じたのだった。あんたは私なんかの隣で寒いダジャレ言ってる場合じゃないよと、かわいくない言葉を返したんだっけ。それにしても、「あはは!!あーヤバイ!腹筋取れてまう!!」って。2回目にしてそんなに爆笑できる?逆にすごいわ。

「その番組、まだ私見てないから録画消さないでおいてね」
「はいよー!あ、洗濯物干す?手伝おか」
「いいよいいよ、そんなにないし。洗濯物の当番は私って言ったじゃん」
「寂しいこと言うなて。ほな俺はカゴから取り出して渡す係や」
「何その係いらんわ!」

ええやんええやん、と立ち上がって、本当に一枚一枚服を渡す係をしてきた。全く意味ない。全く意味ないけど、この感じ、嫌いじゃないなあ、なんてね。

「ほい、これは俺のオキニのシャツ」
「はいはい」
「おおきに〜ゆうて!ぷ、くく」
「はい、無視しまーす」
「お次は〜……ジャジャーン!名前が着回しに困ったとき必ず登場するシンプルイズザベストTシャツ〜!」
「い、いちいちいいからそういうの!」
「お、図星やろ!2日にいっぺんくらい着てんとちゃうコレ」
「うるさいなっ!」
「ハイお次は〜〜?ワァ〜オ!簓クンのダンディおパンティ、ア〜〜ンド名前ちゃんのセクスィ〜おパンティや」
「ほんっっとにうるさい!」

しっしっと簓を追い払い、最後に残ったシーツを干していく。ああ、もしも簓と結婚したら、こんな感じなのかな。……なんて。馬鹿げたことを考えながら。風に吹かれて視界を覆った前髪を左手で掻き上げる。洗濯物が揺れるたびに、物干し竿に反射する太陽がちかちかと眩しい。忙しない平日には耳を傾けることのない、子どもの声や鳥のさえずり。身体を包み込む昼下がりの風が気持ちよくて、余韻に浸るようにうっすらと目を細めた。ゆっくりと瞬きをひとつ、すると、簓のこぼした小さな声が、私の鼓膜を掠めた。

「……こんなんもう、結婚してんのと同じやんか」
「え、」

どき、と大きく鼓動が鳴る。私と簓を隔てるように、シーツが大きく膨らんだ。簓の表情は見えない。どんな顔をしている?私は、今どんな顔をしている?

「……なにー?簓、何か言ったー?」

咄嗟に背を向けて、わざと声を張り上げる。かわいくない、本当。わかってる。けれど、もう一度聞きたいと思ってしまったのだ。

「あ、いや何も!何も言うてへんよー!天気ええなあって!」

ああ、もう。かわいくないのはお互い様じゃない。自然と緩んでしまうこの頬が、もうバレてしまってもいいやって思った。
部屋に戻ったら、もう一度聞かせてもらわなくちゃ。それから、勝負は私の負けだって、早く伝えてあげなくちゃね。


幸せはきみのかたちをしているのだ



「簓、さっきの話だけど」
「さっきの話?何か話してたっけか?」
「結婚ってやつ」
「いや聞こえてたんかーーい!!」


2021/5/15
エセ関西弁お許し下さい……

.