手作りピッツァは面倒くさい!


土曜日の昼下がり。何をするでもなく、ただダラダラとテレビを見て、お茶をすすって、のんびりとした週末の始まりの予兆を味わっていた。テレビの中では、女優の卵や芸人のリポーターが話題の店に行って一押しメニューを食べ比べ、口々にテンション高くテレビ向けの感想を言い合っている。

「あー、」

それは、何軒目かのカジュアルなイタリアンレストランだった。若いシェフのおすすめ通り、リポーターが何種類かのピザを食べ比べる。専門店に相応しく、質の良さそうなサラミやらチーズやらが贅沢に飾られ、見ているだけでも良い匂いがしてきそうだった。そして私は、

「ピザ美味しそー。食べたくなってきちゃった」

と、言った。これはよくある、言ってしまえば目新しさのない、使い古された感想だ。隣で一緒にテレビを見る者と、情緒を共有するための常套句だ。しかし、これが、思わぬ事態を招いた。

「じゃあ、作りましょう。ピッツァ」
「……ん?」

私は耳を疑った。隣で大真面目な顔をしてそう言ったのは、他でもない幻太郎だ。彼は料理上手ではない。どころか、料理をしているところを見たことがない。というかこの人ピザとか食べるのか?間違えた、ピッツァだ。いや何だよピッツァて。急に発音良いのまじムカつくな。

「食べたいんでしょう?ピッツァ」
「うん、ていうかさ、それって別に今すぐ何がなんでも食べたい的な話じゃないんだよ。ただの気分の話なんだよ。そんで、食べるとしたら手作りじゃなくていいんだよ。今の宅配ピザってすごく美味しいし、」
「ピッツァです」
「うん、何そのこだわり」

このように、幻太郎が謎のこだわりを見せるのは何も初めてではない。暇なときは適当に付き合うし、それが思わぬ新発見に繋がることもある(この前も謎こだわりが発動して、皿を作りに陶芸体験まで行ったが普通に楽しかった)。しかし、自宅でピザ作り、となれば話が少々違ってくる。まず第一にめんどくさい。第二にめんどくさい。第三もめんどくさいし、飛んで第百もめんどくさい。

「めんどくさ。それに材料ないでしょ。やったことないから失敗する自信あるし……」
「何言ってやがんだ?俺っちはイタリアのピッツェリアで10年間、ピッツァの修行に明け暮れてきたのさ。いつだってピッツァ作りに必要な材料は手元にある。いいか?極上のピッツァは極上の生地から。そして大事なのは釜だ」

幻太郎は何故かふんぞり返って偉そうに腕組みをして不敵に笑った。もしかするとピッツァ職人っぽさのつもりだろうか。

「釜職人が作った特製の釜を使って、一気に焼き上げるんでい」
「……嘘でしょ」
「はい嘘です」

あまりにも下らない出鱈目に、思わず吹き出してしまう。こういう所を可愛いと思ってしまう、私の敗けだ。幻太郎も恐らくそれをわかってやっているのだからたちが悪い。

「もー、しょうがないな。そこまで言うなら作ろう」
「嬉しいです。ちょうど、ベランダのルッコラとバジルが収穫時なので」

そう言って幻太郎は立ち上がるので、ようやく合点がいった。そういえばちょこちょこと水をあげる姿を見かけたっけ。ややあって、ベランダから戻ってきた彼の手にはこんもりとした緑の山が盛られた籠が抱えられていた。ここまできたら、もうやるしかない。私が一つため息を吐くと、幻太郎はニヤーッと笑った。こうやって最終的には私が折れることを、彼はよくわかっているのだ。

「残りの材料、買いに行こう」
「あら、随分張り切ってくれているみたいで」
「誰のせいよ?」

二人連れ立って、休日の雰囲気が揺蕩う街に歩き出す。そうだ、せめて生地は冷凍の出来合いのやつを買おう、と心に決めながら。



買い物袋に詰め込まれた大量の荷物を持って帰宅した頃には、すでに時間はお昼に差し掛かっていた。空腹を訴える自分の胃を宥めてキッチンに直行し、買ったものを並べていく。トマト、ピーマン、玉ねぎ。ベーコン。シュレッドチーズ。そして、強力粉、薄力粉、ドライイースト(出来合いの生地はあえなく却下された)。

「さて、何からすればいいんですか?」
「……え、自分で言い出したのに知らないの?あなたピッツァ職人なんでしょ?」
「はて?麿は西洋の食べ物には疎いでおじゃる〜!ぴっ、つぁ?とは何でおじゃるか〜?」
「幻太郎に任せきりにしようと思ってた私がバカだったっ!」

仕方なく、自分のスマホでクックパッドを開いた。ピザの作り方なんて、私だって知るわけがない。どうやら、最初に生地を混ぜるみたいだ。それから……えっと……

「何?!ぬるま湯が必要?!時間置いて発酵させる?!わーめんどくさっっっ!!!!」
「怒らないで欲しいでおじゃる〜!」
「頼むからせめてピザ職人出てこい!」
「ピッツァです」
「うるせえ!」

幻太郎は愉快そうにからからと笑った。ここにいるのが乱数や帝統なら、彼の酔狂な思い付きにこうやって付き合ったりしないだろうし、彼だってここまで強引な真似はしないだろう。ああ見えて気遣いやさんで、みんなに合わせて自分は後回しにすることが多い彼が、こうして幼子みたいに我が儘を言うのは、多分私に対してだけだ(……なんて、そう思いたいだけなんだけどさ)。

「……とりあえず、書いてある通りに生地混ぜた。ちょっと置いて発酵させるみたい」
「名前おめえ、ピッツァ職人の才能あるじゃねーか!」
「その間に野菜とベーコン切ろう」
「あらぁ無視ですね」

私も、幻太郎も、普段料理をするような人間じゃない。左手はわざとらしく猫の手で、包丁が奏でるリズムもかなり覚束ない。玉ねぎはどこまでが皮でどこからが食べられる部分なのかよくわからないし、ピーマンの輪切りは酷く不揃いだ。でも、こうして不器用な肩を二人並べて作業をするのは、なんだかくすぐったくて悪くないな、と思った。意外に大きく骨張った彼の手が、手際悪くトマトのヘタを取るのを眺める。

「トマト、潰してるの?」
「切ってるんですよ」
「包丁の切れ味が悪いみたいだね」
「いいんです、胃に入ったらどうせ同じです」

バジルは洗って、フードプロセッサーにつっこむ。ウィーンと機械的な音をさせながら攪拌していくと、ふわ、と良い香りが鼻孔をくすぐった。ジェノベーゼソースを作り終わったら、生地を確認する。確かに、さっきの倍くらいに膨らんでいる。指でつつくと、優しい弾力に跳ね返された。「そろそろいいみたい」と声をかけ、まな板とめん棒に粉を振る。生地の塊をどんと置き、幻太郎が生地をのばしていく……のだが。

「全然伸びなくない……?」
「というか、伸ばしても伸ばしても縮みますね」
「もっと力を入れたら?」
「そうするとちぎれます。ほら」

実際に、ちぎれた所を見せてくれる。粉と水の分量を間違えたのだろうか?それとも発酵が足りない?全てにおいて素人なので、何が原因で、どう対処したらいいのかてんで検討がつかない。

「とりあえず、水足してみる?」
「そうですね……形にならないことには、どうしようもないですもんね」
「うーん、びしゃびしゃ」
「もうちょっとよく捏ねましょう」

素人二人が、素人なりに対処法を考えて実行する。この危険性がわからないでもなかったが、とりあえず今は丸く形作らないことには何も始まらないので仕方がない。どうにかこうにか、試行錯誤していると、なんとかピザのような形になった。とりあえずこれで良いということにして、ジェノベーゼソースを塗り、具を載せていく。色とりどりの野菜の鮮やかさと、ジェノベーゼの豊かな香りが食欲を誘った。

「あとは焼くだけだね」
「釜職人の釜はないですが」

幻太郎が、いつの間にか予熱していたオーブンの扉を開けた。普段は使わないが、こんなときばかりはオーブンつきのレンジを買った過去の自分に感謝だ。天板にピザを載せ、ゆっくりと熱々のオーブンの中に入れる。窓の奥に見える生のピザに、何と無しに手を振ってみる。次に会うときは、美味しい手作りピザになっているはずだ。

——8分後。

「こ、これは……」
「ふむ。これは見事に……」

オーブンから、天板ごと取り出す。再会したピザは、それはもう猛々しく……

「真っ黒焦げですね」
「失敗、した……」

試しに、菜箸でピザの耳部分をつついてみる。真っ黒なそれは、小さくつついただけで、ほろほろと崩れてしまった。見るに堪えかね、隣にいる幻太郎の顔を見た。偶然、同じタイミングで幻太郎もこちらを見て、目があった。

「あ……あはは」
「あははは」
「こんな……こんな失敗、ある?」
「あはは、これは本当に……なんと立派な失敗……」
「あは、あはは!ねえ、こんだけ手間掛けた結果これ?」

思わず、原因不明の笑いがこみ上げた。散らかり放題のキッチンに、空っぽの胃、そして丸焦げのピザ。3つ揃ってそしてその3つ全てが、面白くて可笑しくてしかたがない。幻太郎も珍しく腹を抱えて笑っていた。無駄とわかりつつ、ピザカッター(これもさっき買った)を出し、8等分に切る。具が乗っている部分は食べられなくもなさそうだ、と思いかじってみる。

「熱っ!てか硬ッッッッッ!!何コレおせんべい?!?!」
「どれ麿も一つ……。ふむ、確かに硬い。石のようです」

どう頑張っても、食べられたもんじゃなかった。それでも、一瞬でも食べ物が入ると勘違いしてしまった胃を止めることはできない。二人のお腹が同時にきゅるきゅると鳴ったので、また二人で大笑いした。少し落ち着いてから、もう一度真っ黒焦げの部分をつついた。崩れ落ちるそれを眺めていると、日々のストレスなんてどうってことないような気がしてくる。

「はい。完了しました」
「ん?何が?」
「宅配ピザの注文です」

「随分高くつくピッツァですこと」とからかうと、幻太郎はにやりと笑った。さて、ピザが来る前に、この粉だらけで荒れ放題のキッチンをせめてもう少しマシにしなくちゃいけない。幻太郎を見ると彼は既に包丁の片付けを始めていた。私は、残ったジェノベーゼソースをタッパーに入れて冷蔵庫に入れた。まだまだ片付けには時間が掛かりそうだし、相変わらずお腹は激しく空いている。でも、たまにはこんな休日も悪くないかな、なんて、幻太郎には言わないけど。

2021/5/29
これ書いた後にARBでの幻太郎料理好き設定を知りました……という言い訳……

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