木兎さんに最近彼女ができたらしい


※赤葦目線

木兎さんが最近変だ。異常にテンションが高いのはいつものことだが、一向にしょぼくれモードに入らない。……いや、俺としてはそっちの方が有り難いのだが。大きな試合でいきなり落ちるなんてことがあったら困るから、おかしくなった原因だけはどうにか突き止めておきたい。俺はさり気なく木兎さんの周りを調べることにした。

「木兎ぉ?ああ、あいつ最近彼女できたらしいぜ」

木葉さんは面白くなさそうな顔で言った。どうやら、木兎さんに最近彼女ができたらしい。木葉さんは「赤葦〜俺彼女と別れたんだよ〜かわいい女の子紹介しろよ〜」と面倒くさい絡みをしてきたが、今はそんなことに付き合っている場合ではない。木兎さんの大事なメンタルが懸かっているのだ。俺には、相手がどのような人間なのかを知る義務がある。

1週間調べてみてわかったことは、相手は苗字名前という方らしい。3年1組。木兎さんと同じクラスで、目立つようなタイプではない。どう考えても、木兎さんと苗字先輩はタイプがかけ離れている。如何にして木兎さんと付き合うに至ったかは不明だが、木兎さんは心底惚れ込んでいるらしい。

「なぁなぁあかーしー。聞いてくれよ〜!名前ってマジ頭良くてさ〜、俺が知らないこと何でも知ってんの!俺が聞くと何でも教えてくれてさぁ」

追加情報。苗字先輩は博識らしい。それでいて、木兎さんを馬鹿にせずにいろいろと教えてくれるような心の広い人物。木兎さんは、俺が苗字先輩のことを認識したと知った途端に、とんでもない頻度で惚気てくるようになった。この話だって、結局は内容やオチがあるわけでもなく、ただ単に彼女を自慢したいだけだ。

「そんでさー、俺が、なんでそんなに名前は優しいのかって聞いたんだよ。そしたら名前がさ、光太郎くんには光太郎くんらしくいてほしいから、って言うんだよ。俺バカだから言葉の意味はわかんなかったんだけど、でもそんときの名前がめっちゃくちゃ綺麗だったから、俺思わずその場で、好きだー!って叫んじゃった!!」

苗字先輩は、優しくて、綺麗だ。(あと、木兎さんは、バカだ。)



苗字先輩のことを知れば知るほど、何故木兎さんと付き合っているのかが不思議に思えてくる。言い方は悪いが、木兎さんは馬鹿だ。きっとバレーのことしか考えていないだろうから、恋人らしいこともあまり出来ていないだろう。木兎さんが苗字先輩に惚れ込んでいるのはわかる。しかし逆はどうだ?苗字先輩は、木兎さんをどう思っているのだろうか。

昼休憩を知らせるチャイムが鳴る。購買のパンを買って教室へ戻る途中で、聞き慣れた声がしてふとそちらに視線を向けた。

「光太郎くん、あのね。今日は光太郎くんのためにお弁当作ってきたんだ」
「マジか!!名前が俺のために?!めーーっちゃうれしい!!!実は、俺も名前のためにお弁当作ってきてみた!!!」

まったく、とんでもない現場に居合わせてしまった。俺はそっと柱の陰に隠れる。というか、なんでアンタも弁当作ってきちゃったんだよ。

「え!光太郎くんが私に?うれしいっ!」

いや、今弁当4個になっちゃってんだろ!打ち合わせしとけよ!

「へへ、名前が好きって言ってた物にしてみた」
「えー!なんだろ?」
「じゃじゃーん!!!キムチと、マグロの刺身!!!!」

木兎さーーーん!!!!あんた、マジ正真正銘の馬鹿!!!
いやいやいや本当に何を考えてるんだあの人は!苗字先輩もさすがに反応に困るでしょうが!!

「うれしい……!!光太郎くん、私が好きなもの、覚えててくれたんだ……!!」

え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

「当たり前だろー!」
「ふふ、どおりで教室がキムチの良い香りに包まれてたわけだ〜」

教室をキムチの匂いで包むな!!

「でも、お刺身は生モノだからお弁当には向かないよ〜」
「あっ!!そっか!ごめんごめん。名前は物知りだなぁ〜!」
「次はちゃんと火を通してきてねっ」


……ダメだ。ツッコミが追いつかない。もう諦めて教室に帰ろう。なんだったんだあの人たちは。というか、なんなんだ苗字名前という人は!博識で優しくて綺麗な先輩は、実はとんでもない変わり者だったらしい。なんだよ!結局超お似合いなんじゃないか!あー、時間を無駄にした!!!

2021/6/26

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