いとおしい世界の鼓動


庭の手入れをしておいて本当によかった。一昨日の自分を褒めちぎりたい。
仕事でお世話になっているイギリスさんが我が家にやってきた。事の発端は、先日の世界会議に日本さんの秘書として出席したときのことだ。

「なあ。苗字の家、庭園がすごいんだってな」
「へっ?!わ、イギリスさん!?」
「日本に聞いたんだが……、って、そんなに驚くことないだろ……!」
「す、すみませんっ!まさかイギリスさんに話しかけてもらえるなんて夢にも思っていなくてびっくりしちゃって……!」
「そ、そうか?……それで、庭園がすごいってのは本当なのか?」
「いや、その……庭はありますが、すごいって程のものでは……」
「おお、やっぱり庭園があるんだな!」
「えっと、あの」
「実は今日、日本の帰りに同行して俺も日本に行く予定なんだ。その……お前の家にお邪魔しても?」
「…………………………どうぞ。」

イギリスさんの押しに負けた。あんなキラキラした目で見られたら、断れる人間なんて存在しないだろう。でも、こんな平凡な家を見られる恥ずかしさと同時に、憧れのイギリスさんと親しくなるチャンスに喜んでいる私がいることも確かだった。そんな下心を悟られまいとどぎまぎする私を他所に、どうやら日本家屋に興味があるらしいイギリスさんは、門をくぐった瞬間から辺りを楽しそうにキョロキョロと見回していた。意識してるのは私だけなので大変恥ずかしいのだが、家に憧れのイギリスさんをお招きするのに平静でいられるわけがない。これは何の花だとかこれは何という様式なのかとか、とても楽しそうに聞いてくるイギリスさんの質問に答えることで精一杯だった。
喜んでもらいたくて引っ張り出してきた炬燵は大当たりだった。一通り庭園を眺め歩いた彼は、今は炬燵に入って蜜柑の皮を剥いている。

「こうやって庭園を見ながらコタツでミカン食えるとか、苗字の家は最高だな」
「イギリスさんの家も薔薇庭園がすごいと聞きました」
「おお、よく知ってるな!俺が毎日毎日大事に育ててきた自慢の薔薇だからな。春になったら見に来るか?」
「い、行ってもいいんですか……?!」
「あー、なんだ、その……お前が嫌じゃなかったら……だが……」
「是非行きたいですっ!」
「そ、そうか!」

イギリスさんは嬉しそうに蜜柑を1粒口に放り込んだ。ふと、イギリスさんの湯飲みが空になっていることに気づいた。

「わっ、空になるまで気づかずすみません!お茶、淹れてきますね」
「ああ、いや、いい!」
「?」
「俺が淹れる!……紅茶はあるか?」
「えっと……市販のティーバッグしか……すみません!そ、そんなの、紅茶の本場のイギリスさんには失礼ですよね……!」
「いや、それで十分だ」
「……でも……」
「俺もよくティーバッグのも飲んでるからな」

意外な一面に驚いているうちに、イギリスさんはご機嫌そうに鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。お客様をキッチンに立たせるなんて申し訳ない、と呼び止めたが、「俺はやりたくてやってるんだ」と言いくるめられてしまった。

「ほら、出来たぞ」
「!」

イギリスさんがティーポットから紅茶を注ぐと、湯気と共にフルーティな香りがふわりと広がった。いただきます、とひとくち。口の中に広がる爽やかな味わいと、鼻を抜けるほのかな甘い香り。……これ、本当に私の家にあったティーバッグですか……!?

「お、おいしい…………!」
「!そうか?!うまいか!?」
「はい、とっても!!私がいつも淹れてるのと同じティーバッグだなんて信じられないです……!」

イギリスさんは照れたようにそっぽを向いて、「当たり前だろ、俺が淹れたんだからな」とひどく小さな声で言った。その様子がなんだか可愛らしくて、くすりと笑うと、「おい、今馬鹿にしただろ!」とすぐにいつもの調子に戻ったみたいだった。



茜差す庭園は美しい。イギリスさんがあんまりにも褒めるから、自分の家の平凡な庭が、生まれて初めて輝いて見えた。ペリドットの瞳に焼き付いた茜が、まるで彼の中に私の一部を残せたような気がして嬉しかった。
イギリスさんをお見送りしようと靴を履く。お車ですかと聞くと、ここまでで良いと断られてしまった。大事なお客様にそんな無礼なことはできないと何度言っても、「紳士を立ててくれよ」とまたも上手く言いくるめられてしまった。どうも私はイギリスさんのお願いに弱い、らしい。

「紅茶、ご馳走様でした」
「お前の家のティーバッグだろ」
「私にはあんなに美味しく淹れられませんから」
「次はお前に本場の紅茶を淹れてやるよ。……だからまた、来てもいいか?」
「……へ?」
「あーまて、今の無し!」

きょとんとイギリスさんを見上げるが、影になっていて表情は見えない。

「え、えっ、そ、それ、あの、どういう意味、」
「……そこまで言わないとわかんねぇのか」

自惚れてもいいのだろうか。彼のために、庭の手入れをして、彼が来るのを待っていてもいいのだろうか。場違いなくらいにきらきらと輝くペリドットが、私の世界に鮮やかな魔法をかけてしまったから。

2021/7/3
title by プラム

.