珍しい。何が珍しいって、あの殺生丸が、うたた寝をしているのだ。確かに今日はこの時期にしては暖かく、小春日和とでも言うのだろうか、のんびりと長閑な雰囲気が漂っている。……とはいえ殺生丸がここまで無防備な姿を誰かに見せるなんて、珍しすぎる。明日は蛙が降るんじゃないか?もしくはぼた餅か、花吹雪か。何にせよ、こんな光景は二度と拝めないだろう。そろ……そろ……と抜き足差し足で近づき、安らかに目を閉じるご尊顔がよく見えるよう、横になる殺生丸の前に陣取った。
「睫毛長……っ!はあ、黙ってりゃこんなに綺麗な顔なのに……」
「お前は何をしている?」
「ひぇっ!!!お、起こしちゃった……?!」
「私が無防備に眠るとでも思ったか?」
「うぅ……ですよね……」
殺生丸は横になったまま目を開け、こちらをギロリと睨んだ。怖すぎ。それでも、あの殺生丸が、雪遊びをしたいというりんちゃんの希望を聞いて良い場所を探してあげ、旅路を中断して遊ぶ時間を作ってあげ、その上自分は横になって長閑な空気を醸し出すなんてこと自体、めちゃくちゃ珍しい。珍しすぎて、邪見なんてさっき「嘘でしょ?!」と6回くらい言って6回殴られたくらいだ。
「でも、たまにはこうやって平和に過ごすのも悪くないよね。りんちゃんも喜んでるし」
「……お前はどうだ?」
「へ?私?」
「お前は喜んでいないのか?」
驚いて、私は殺生丸の顔をまじまじと見る。
「も、もちろん嬉しいよ……!どうしたの急に?」
「なら良い」
遠くの方で、雪遊びをするりんちゃんと邪見が、おーい殺生丸様、と呼んでいるのが聞こえる。どうやら大きなかまくらを作ったみたいで、大きな雪山の中から二人が顔を覗かせているのが見えた。可愛い、と思って眺めていると、急に手首を掴まれぐいと下に引っ張られる。
「えっ、ちょ、倒れる……!」
「お前もここで少し休んでいけ」
殺生丸は何でもないようにそう言ってまた目を閉じた。体勢を崩した私は、逆らうこともできずに殺生丸の隣にぽすんと座り込んだ。柔らかい雪が積もっていたお陰でお尻を痛めることもなく、二人で寄りかかるのに丁度いい大木が私達を支えてくれる、絶好のうたた寝地点だ。
「わ……!ここ、周りは雪なのに、どことなく暖かい……」
「少し休憩しておけ。私も少し眠る」
「へ……?さっき無防備に寝たりしない、って……」
私がそう言い終えるが先か、殺生丸はかくんと頭を私の肩に預け、すうすうと息の音を立て始めた。
え?!いやいやいや、ええ?!お気は確かですか?!な、なんて、なんて、珍しい、いや珍しいなんてもんじゃない。蛙が降っても、ぼた餅が降っても、花吹雪が降っても割に合わない。何かものすごいことが起きないと、世界の均衡が保たれない。ああせめて、私にできることが何かあるだろうか?命を捧げればいいのか?(混乱)と、おろおろしている私に、
「余計なことは考えるな。……お前は、そこに居てくれれば、それでいい」
なんて、静かな声で言うのだから。まるで花吹雪が舞っているみたいに、世界はきらきら輝いて、優しく私を包んでくれるのです。
2021/7/17
title by プラム