まちかどは燃える


燦々と太陽が笑ってる晴天より、誰かがしかめた顔みたいに冴えない、曇り空の方が好きだ。そんな私を笑ったりせずに、優しく「わかるよ」と言って、同じように曇り空を愛してくれるような人が好きだ。
……今のところ、そんな人は現れてくれないままなのだけれど。

「あはは、名前、また空見てるー」
「うっさいなー」
「曇り空なんか見て何が面白いんだか」

ゴールデンウィークまっただ中、委員会の仕事で呼ばれて行った学校の帰り道は、いつにも増してどんよりしていた。まだ夕方前だと言うのに、辺りは夜みたいに暗い。こういう空が、好きだった。きっとこの気持ちは、誰にも理解してもらえないだろう。いつもにこにこ笑っている友達はみんな優しいけれど、どこか遠くに感じてしまう。

ばいばーい、と賑やかに女友達と別れたあと、私は一人とぼとぼと帰路を歩いていた。近くの運動公園では、どこかの学校が合宿に来ているのだろうか、運動部の人たちの声が聞こえてきていた。

「……あの」
「は、はいっ?!」

空を見上げながら、歩いていた。だから、目の前に人がいるのに気がつかなかった。声を掛けてきた男の子は、とても身長が高く、目つきがきつくて、このあたりでは見たことのない真っ赤なジャージを着ていた。

「地元の人?」
「えっと、はい」
「近くにコンビニかなんか、ないっスかね?」
「あ、ちょっと歩くんですけど、こっちまっすぐ行って、国道ぶつかったら左に曲がる……とあります」
「あー、そっちか!反対側探し回ってたわ」
「えーと、ちょうどそっち方面に行くので……案内しますか?」
「良いんスか?じゃあ、お願いしよーかな」

赤いジャージの彼は、小さくぺこっとお辞儀をして、ニヤッと笑った。とりあえず歩き出すと、どんよりした空気が含む湿気の匂いに、自然と心が落ち着く。

「高校生ッスよね?この辺っすか?」
「高校は向こう側なんですけど、家がこのあたりで。……貴方はこのあたりの人じゃないですよね?」
「俺は東京からちょっと合宿で」
「東京から……それは遙々ですね」
「アハハ、そうそ。そしたら色々足りないモンが出てきちゃって。急遽コンビニにさ」

それから彼は少し悪戯っぽい顔をして、「だからコンビニに行きたいのは本当。ナンパじゃないよ」と付け足した。私は急に何だか恥ずかしくなって、少し歩を早める。でも彼は全然気にしてないみたいだった。下を向いて歩くと、コンパスの違いが否応なく身に染みた。

「あのさ。……えーと、苗字サン?」
「え……?」
「ごめん、名前、鞄に書いてあったからさ。……ナンパじゃないって言ったのに、説得力ねぇよなー」
「あ、いや、そんなこと、ないです。……黒尾さん」

ジャージの胸元に書かれた名前を読み上げると、彼はあははと大きく笑って、私をじっと見た。私は極力前を見て、コンビニまでの道のりを思い出すような振りをした。

「さっき、上、見てたの?」
「……空、見てました」

正直に言うほかなかった。こんな初対面の男の子に言ったって、多分理解してもらえないだろうけど。ずり下がる鞄を持ち直して、ちらと空をもう一度見た。先ほどまでどんよりと曇っていた空に、いくつか晴れ間が見えてきていたので、私は内心、あーあ、と思う。

「空?曇ってるのに?」
「曇り空が好きなんです。……どうせ理解してもらえないと思いますけど」

ふてくされたように言うと、黒尾君はすぐ否定するようなことは言わなかったので、少し驚いた。どうせまた、笑われたり、変な子扱いされたりするだろうと思っていたのだ。私は黒尾君を見上げ、表情を見ようとしたが、その時黒尾君が口を開いたのでそれは遮られることになった。

「うん。理解はできないけど」

私はまた驚いて、黒尾君を見る。笑われたり、変な子扱いされたりするのは慣れっこだけど、ここまではっきりと理解できないと言われるのは初めてだ。

「でも苗字サンは曇り空が好きなんでしょ?」
「はい……」
「俺はね、真っ赤な夕焼けが好きだよ。苗字さんとは好みは違うけどさ、みんな違ってみんな良い。的な。なんてね」

ちょうど、雲の切れ間から、赤い夕陽の光が射し込んできて、街を照らした。真っ赤なジャージが照らされて、まるで燃えているかのようだ。

「その方が、『わかるよ』なんて嘘っぱちで言うよりも、よっぽど誠実でしょ?」
「……そう、だね」
「んじゃ、誠実ついでにもう一つ。嘘はやめて本当のことを言おうかな」
「嘘?」

黒尾君は、とても愉快そうに情熱的に微笑んだ。燦々と笑う太陽でも、しかめ面の曇りとも違う、夕焼けみたいに、色んな色を含んだ笑み。

「本当は、コンビニに用があるなんて、嘘だよ。これは、ナンパです。苗字さん」

燃えるような赤を宿すまちかどに、私達ふたり、佇んでいる。たぶん真っ赤になっているであろう私の顔を、誤魔化してくれているのなら、夕焼けも悪くないな、なんて。上の空で、考えながら。


2021/8/21

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