ハッピー・コンティニュード



仕事で疲れ切った身体を引き摺ってなんとか盧笙家に辿り着くと、呼び出した本人はコタツに首まで潜っていた。顔だけ出して「来んの遅いちゅーねんどアホぉ」などと家主よりも寛いだ体勢で罵倒してくるのだから冗談じゃない。

「もー、仕事だって言ってんのに急に呼び出したのアンタでしょ」
「しゃーないやんか〜だってボクぅ、今を時めく超絶怒濤売れっ子芸人簓クンやもん」
「もん言うな!こっちだって予定とかあんだから前もって誘えって言ってんの」
「おい簓、お前のせいでコタツ狭いねん!しゃんと座らんかいアホ!ほら名前もいつまでも立っとらんとはよ座り」

盧笙にありがとうとお礼を言ってコタツにお邪魔しつつ、中で伸ばされた邪魔くさい足を蹴飛ばした。「イタ!俺の美脚に何すんねん!」という声が聞こえた気がしたが、人の家で図々しく首まで浸かってる方が悪いのでそんなものは無視だ。テーブルには宅配ピザのチラシが広がっていて、珍しいなぁなんて思っていると「今日は時間遅いからピザにしたんよ。お前の好きなジェノベーゼも入れたったで」と盧笙が微笑んだ。なんて気の利く男なのか。好き。結婚しよ。そう言うと、お前頭でも打ったんか?という露骨に嫌な顔をされたがそんなところも最高だ。
……あっ、そういえば。ここに着いた時、ドアの前に置き配の荷物があったので玄関の中に入れたことをふと思い出した。私はよいしょと立ち上がり、玄関まで段ボールを取りに戻った。

「なんこれ?俺こんなん頼んだ覚えないで」

見覚えのない箱に首を傾げる盧笙に、ようやく上体を起こした簓が声を上げた。

「あ、それ俺や」
「は?なんでやねん」
「いやいやほんとになんでやねん」

ふたりともそんな怖い顔せんとって〜!と言いながら段ボールを奪い取りガムテープをビリビリと開け始めた。自由か?

「ジャジャーン!ニンテンドー Switchや!」

開いた箱の中から、最新の人気ゲーム機(本体)が顔を出した。いや、ますます意味がわからないんですけど。

「あんなあんな、今度バラエティの特番でゲーム対決せなかんねん。せやからキミらふたりに俺のゲームの練習付き合うてもらお思ってん」
「え?まさかそれでわざわざ本体買ったの?」
「おん」
「神様は金持たす人間えらい間違うてもうたんやな」

我々の冷たい言葉に耳を貸すこともなく、簓はゲーム機をテレビに接続して勝手にいろいろ設定し始めた。「おい俺んちのテレビやねんぞ」と言いつつ許している盧笙にも問題があると思うな、私は。というかそもそもそんな下らないことで呼び出されたのか?この男は人のことを何だと思っているのだ。一般人だって別に暇なわけじゃないんだぞ。ふたりでブツクサ文句を言いながらもインターホンが鳴ってピザを受け取ったりお酒を注いだりなんやかんやしているうちに設定が完了したようで、悔しいことに今は3人でコントローラーを握りしめている。

「俺あんまゲームとかせえへんからマリカー初めてやねん」
「ウッソそんな人間いんの?」
「うっさいわ。なぁなぁ、盧笙はあるん?一緒にマリカーやる友達おったん?」
「おるわ失礼やなしばき倒すぞコラ!!」
「ツッコミ怖っ!ほんま?えぇ〜初心者俺だけかいな、練習やからどうかお手柔らかに頼んますぅ」



「逆走!逆走してる!!簓ー!!」
「ハァ?!えっコレ逆走なん?!うせやん、ちょ、待ってえや?!てか逆走てどこ見たらわかるん!?」
「お前画面よお見てみい、書いてあるやろアホw」
「えほんま?ほんまか?……ホンマや!!」
「ねえほんとに笑わせないでこっちの運転も荒くなるから!!www」
「せやったら俺の妨害成功してるっちゅうことやんな?!」
「そういうゲームやないねんww」

マジ、こんなに下手クソな人、初めて見た。誰が予想できただろうか、まさかあの器用な簓がこんなにもゲームが下手だなんて。それだけで既に笑える。アルコールも手伝って気分が高揚している私たちは、息が出来ないくらい爆笑しながら必死にカートを走らせた。もはや笑いすぎてレースになってない。カーブのたびに身体ごと大きく捻る簓が目に入っておちおちピザも食べていられない。なんだこれ、最高か。

「ギャーー!なんやこれ道せまっ!!うおっ!ちょま、危ない!危な、また落ちたーーーーッwww」
「ねえ!落ちる寸前に甲羅飛ばさないで!一矢報いようとすんな!!」
「ブフ!!ゴホッゴホッ!おまいら人がピザ食ってる時ホンマやめwww」
「も〜アカンわこのゲーム腰痛なってくる」
「お前が身体捻りすぎとるだけや!」




どれくらい経っただろうか。日付も変わり、時刻は午前1時。明日は休日だから良いものの、いい大人が3人で深夜までゲームを、ご、5時間……?んなアホな……。仕事で疲れた身体に、程よく酒も回って、さすがに眠くなってきた、気がする。

「おーい盧笙ー」

トイレから戻ってくると、簓がテーブルに突っ伏した盧笙の頬をぺちぺち優しく叩いていた。

「んー、さすがに寝てもうたか」
「先生お疲れだもんね」
「まあ酒も入っとったしなぁ」

「盧笙お酒弱いしねー」と言いながら、片付け始めようとテーブルの上に置いたままにしていた酎ハイの空き缶に手を伸ばした。その瞬間、簓がコントローラーを握り直したのが見えた。まさか、と思いテレビの画面を見ると、次々とコースが選択されていく。そしてついにはレースがスタートするカウントダウンが始まってしまったので、私は急いでコントローラーを引っ掴んだ。

「ちょ、簓!まってまって、何で勝手に始めんの!てかまだ寝ない感じ?!」
「おおすまんすまん、なんや名前がそろそろ寝よか〜みたいな雰囲気出しとったからオイコラまだ寝かさへんでゆう意思表示をやな」
「口で言え!」
「なあ酒ってまだあるんやったっけ?」
「あと何缶か冷蔵庫に、いやどんな話題の変え方だよ素人MCか」
「そうそう〜せやから先輩芸人にお前はひな壇がお似合いやとか言われますねん〜!て喧しいわ!」

この時間帯にそのテンションはさすがと認めざるを得ない。テンポよくノリツッコミをしながら、簓はドッスンを避けた。……避けた、のだ。

「……あれ?上達してんじゃん」
「まあな」
「……?お、おいおい、さっきまで何コース走っても上達の見込みナシだったのにここに来ての急成長か?!」

簓は「おー」と答えた。なんだ、それは。私には、その声が意味する感情がまるでわからなかった。急成長したのならばさっきみたいにもっとテンションを上げてくれないと、一体私は、どんなテンションで、どんな言葉を返せば?
目を離している間に、簓の操作するカートはアイテムやコース取りを駆使して加速を重ね、「現在1位」というアイコンが表示されていた。

「……え、?あ、は、反応薄すぎ!ってか上手すぎだし!?」
「あんなあ、名前な」
「いやこんなに上手かったら練習いらんだろ!!元々上手かったとかそういうパターンある?!こわっ」
「ほんまはな、俺、そもそも特番で勝つ必要もないんよ」
「急に何?!こわいこわいこわい」
「俺ら芸人はすぐ負けて番組オモロくするんが役割やから」
「え、?いやいやいやちょっとまって嫌です嫌です」
「ゲーム、口実に使うただけ言うたら引く?」

反射的に視界に入れた簓の顔は、画面を真っ直ぐ観たままくすりとも笑っていなかった。おまどんなボケかましとんねん、というツッコミの代わりに、「は、」と短い息が漏れる。

「は、やないよ。マジやで。引いた?」
「……なんで」
「なんでもなんもあらへんわ。盧笙が寝るまで俺が何時間待った思っとんねん。あ、ちゃんと画面見ときいや、そのままやと名前のクルマ穴落ちるで」
「いや今そんなことどうでも……」
「あ〜ほら落ちたやんかぁ!運転中はよそ見ゲンキンやで?」

簓はまた楽しそうな声で何か話しているが、私の頭の中はそれどころではなかった。口実?何の?盧笙が寝るのを待っていて、そもそも簓はゲームの練習なんて必要なくて……?
気づけば、唇に柔らかいものがふわりと触れた。目の前に簓の顔があって、元々混乱していた頭は、さらに整理不可能になっていた。もしかしてもしかしなくても、わたし今、キス、された、?


「……自分、さすがに鈍すぎるんとちゃいますのん」
「……えっと、あの、簓……?」

ようやく追いついてきた思考をかき混ぜるように、もう一度重ねられた唇。

「……好きやねんけど」

口で言え、なんていう野暮ったいセリフは貪り食われてしまった。
視界の端で光るテレビの画面には、表彰台で喜ぶ簓のキャラクターが映し出されている。ようやく離された唇で「意気地なし」と言葉を紡げば、「うっさいねんはよ気付けやどアホぉ」と小さな声が返ってくる。強い語気とは裏腹に眉尻を下げて私を見つめる簓が、どうしようもなく愛おしい。悔しいけれど、私は結局、このあかんたれに敵わないらしい。


2021/8/28
title by 誰花

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