蜂蜜みたいに甘くはないけど



今年の夏は猛暑になるでしょう、テレビの中で綺麗なお天気お姉さんが言っていたのをどこか遠くで思い出す。炎天下、遠くに見える陽炎を睨みながら、重くてばかでかい荷物をよいしょと背負い直した。
こんな日に、バレー部に差し入れをしようなんて考えた私が馬鹿だった。いつもお世話になってるんだから、たまには差し入れでも持っていってあげようかな、なんて奇特なことを考えた昨日の自分を引っぱたいてやりたい。せっせと手作りした蜂蜜漬けのレモン。これをまたばかみたいに重いガラス製の容器に入れた自分を、殴り飛ばしてやりたい。

「よう……やく……着いた……!」

こんな猛暑の中でも毎日毎日練習をしているのだから、バレー部の人たちはすごい。すごいというか、頭がおかしい。ひいひい言いながらやっとのことで体育館に到着し、開いている扉から顔を出して練習している彼らの様子を窺った。練習を邪魔しないように、休憩のタイミングになったら声をかけよう。

「あれっ?名前ちゃんじゃん!」
「あ、木兎さん、こんにちは。どうぞおかまいなく……」
「おーい!みんなー!!一旦休憩!あかーしー!名前ちゃん来たよー!」
「へっ?!ちょ、木兎さん……っ!?」

……と思っていたはずなんだけど。あれよあれよという間に練習が止まり、木兎さんを初めとするバレー部の方々が目をキラキラさせながらこちらに来てしまった。……我が彼氏様である、京治を除いて。

「差し入れ?!俺ら全員に?!」
「は、はい、一応、レモンの蜂蜜漬けを作ってみたんですけど……」
「かーっ!赤葦は本当愛されてるねー!」

木兎さんや木葉さんの羨望の眼差しとは裏腹に、奥で一人淡々とボールを片付ける京治は怖いくらいに無表情だ。……うん、あれは確実に、怒ってらっしゃるな……。

「名前ちゃんのお陰で元気100倍出てきたー!おっしゃ行くぜ!」
「木兎飛ばし過ぎんなよー」

皆さんが練習に戻る頃になっても、京治は一度も私と目を合わせることはなかった。……練習を中断させちゃったのが良くなかったのか、それとも京治に言わずに勝手に差し入れを持ってきたのが悪かったのか、蜂蜜レモンが悪かったのか……。とにかく後で謝ろう、と心の中で決めた。



終わりの時間まで練習を見学してから、校門の外で京治が来るのを待った。先に出てきた木兎さんと木葉さんに挨拶し、そのほか何人かの部員も見送ったあと、最後に出てきたのが京治だった。

「名前」
「け、京治……っ!ごめんなさいっ!」
「……何が?」

下げていた頭を上げて京治を窺うと、京治はきょとんとした顔をしていた。滅多に見られない彼の表情に、私は少し拍子抜けしてしまった。……もしかして、怒って、ない……?

「わ、私が練習を中断しちゃったから……」
「いや、あれは木兎さんがちょうど集中が切れてたタイミングだったし、しょうがなかったよ」
「蜂蜜レモンなんて場違いだったんじゃ……」
「夏場はビタミンCと糖分摂取が必要だから丁度良かった」

京治は淡々と、つまりいつも通り、優しく私の隣に並んで歩き始めた。ばかでかいガラスの容器が入ったトートバッグをさり気なくひょいと取り上げ、当前かのように持ってくれる。

「怒ってるように見えたんだけど……」
「……別に」
「そう……?」

そっけなく言う京治を見上げると、彼はどことなくいつもよりも鋭い目つきをして、前を睨んでいるように見えた。京治が怒ってないと言うならそうなんだろうけど、心配性な私は不安になってしまう。俯くと足下に長く伸びた影が落ちている。背丈の違う二つの影が、当たり前のように寄り添っている。

「あのさ」

急に立ち止まって、京治は言った。反動で、重たいトートバッグが余分に揺れる。

「……木兎さん達の前で、いつもあんな顔すんの」
「…………はい?何?」
「……だから、」

彼の言葉を理解できないでいる私に、京治は苛ついたように前髪を触った。

「…………あんな笑顔、俺以外の奴の前でするな、っていう、こと」

驚いて、京治の顔をまじまじと見る。京治は嫌がって顔を背けたけど、代わりに耳が少し赤くなっているのが良く見えた。ああ、ここに木兎さんたちがいなくてよかった。私だって、こんな京治、独り占めしたいもの。


2021/9/4

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