ゆりかごを揺らす吐息



今日の仕事は、決して良い仕事とは言えなかった。クロロが狙っていたとある財宝を見つけたまではよかったのだが、それは完全な姿ではなく、半分程は失われた状態で、完全な姿を欲していたクロロを落胆させた。その割に財宝の守りはかなり固く、我々はたかだか半分の財宝のために、随分沢山の命を奪わなくてはならなかった(これは8割方フェイタンのせいではあるが)。私は旅団員ではないけどたまにこうしてクロロに雇われて仕事に参加する。これまでにも何度か雇われて、上手く行くときもあれば、上手く行かないときもあった。……だが、私が知る限り、その中でも今回の仕事は初めて『失敗』に部類されるものではないだろうか。

「……あー、後味悪いなぁ」

と独り言を言うと、シャルとフェイが不思議そうに、というか呆れ顔でこちらを見た。……私だって、こんな仕事をしてるくせに人殺しが苦手だなんて、異端な存在だってことは言われなくてもわかっている。それでも、たかだかこんなことのために失われる命について考えて、気分が暗くなるのだ。

「おい、名前」

まばらに各々解散しようというような流れの中で、声を掛けられた。振り向かなくてもその声の主はクロロと判ったが、私はあえて緩慢に振り返る。家や木々、そして動物の肉が焼ける臭いに顔をしかめる私を見て、クロロは嘘臭く笑った。

「なによ」
「随分機嫌が悪いじゃないか」
「……あなたこそ、お宝が半分でさぞがっかりしたんじゃないの?」
「いや、そうでもないさ」

クロロは喉をくつくつと鳴らして笑った。妙に上機嫌だ。左手には今日手に入れた半分の財宝が入った木箱を抱え、右手はくるくると車のキーを弄んでいるのに気がついた。私がそちらを見たことに気付き、クロロはにやりと笑った。いや、怖いよ、笑顔が。

「……で、何?もう解散でしょ?」
「この後予定あるか」
「……は?」
「ないなら乗れ」

有無も言わせず、クロロは助手席のドアを開けた。……どうせ、この後私に用事がないことは承知の上なのだろう。ため息を一つ吐いて助手席に乗り込むと、クロロはそれを見届けてから運転席に乗った。犯罪集団のお頭の運転する車なんて嫌な予感しかないが、ここは彼の常識的な面を信じるしかない。

「どこに行くの?」
「ま、どこだっていいだろ」
「……何か怖いんですけど」
「怖いならママのいる家に帰るか?」

からかうようにクロロは笑う。私が無言でいると「冗談だよ。スネるな」とクロロは更に笑いながら言った。座席に深く腰掛け、身体を沈める。

曲がりくねる山道を抜け、街中を走り、再び田舎道に出る。クロロの運転は意外にも安全運転だった。高速道路の入り口に差し掛かった頃、流石に不安になってクロロを窺い見る。目的地がどこなのか、何のために自分は連れ出されているのか、全く検討がつかないままだ。

「そろそろ目的地を教えてくれてもいいんじゃない?」
「もうすぐ着く。大人しく待ってろ」
「……子ども扱いですか」
「ああ、そうだ。まったく、手の掛かる子どもだな」

相変わらずクロロは上機嫌だ。ややあって車はインターで高速を下り、下道を走り始めた。いつの間にか空は暗くなりはじめている。昼と夜のはざまに閉じ込められたこの時間は、視界が悪くてどうも苦手だった。昔の人が『誰そ彼』と呼んだのも頷ける。窓を少し開けると、潮の匂いが鼻腔に広がった。「……海?」と呟くと、クロロは「まぁ、待て。そう急くな」と言うのみで、疑問に答えてくれることはなかった。倉庫街のような所を抜けると、車は海辺に出たが、すぐに再び内陸に入り海は見えなくなった。そのまままた、細い上り坂を走っていく。

「もうすぐだぞ、おぼっちゃん」
「もー、せめてお嬢ちゃんにしてよ」
「ははは、子どもなのは認めたか」
「ハイハイ、どーせ子どもですよ」
「そういう所だよ」

昔から、クロロはこうだ。私といくつも歳は変わらないはずなのに、いつだって子ども扱いしてくる。それが嫌で、私はずっとクロロに追いつきたかった。追い越したかった。だから私は、みんなで流星街を出るときに旅団に誘われたのも断ったのだ。クロロの庇護下にいるのはもう嫌だった。自分一人の力で何かをやり遂げて、自分一人の力で生きたかった。しばらくは、それは上手くいっているように見えた。……いつの頃だっただろうか、それは全部、クロロが裏で手回しをして、ちょうど私の実力に見合った仕事が偶然・・私に舞い込むように操作されていた、ということに気がついたのは。それから、私は一人で生きようと頑張るのをやめてしまった。素直にクロロに仕事の斡旋を頼むようになったのだ。私の能力に合った仕事を紹介してもらえることもあれば、今日のように、旅団の手伝いをさせてもらうこともあった。慣れ親しんだ、ぬるま湯のような地獄にどっぷり浸かって、子どもとしての恩恵を享受しているのだ。

「よし、着いたぞ」

駐車場とも言えないような、ちょっとした更地に車を止める。外に出ると、海辺特有の突風が吹き付けた。スカートがばたばたとはためくのを手で押さえつける。そんな私に構わず、クロロは茂みの方へと歩き始めていた。茂みの方を良く見るとちょっとした階段があり、どうやらそこから更に奥に進めるらしい。

「待ってよ」

と言っても、クロロが振り返らないことはわかっていた。必死で追いつこうと、彼の後に付いて階段を上る。大した長さの階段ではなさそうだ。すぐに木々のない、開けたところに出た。崖があり、その下には広大な海と街の光が見える。

「どうだ」
「どうだ、って……」
「中々綺麗だろう」
「うん……」

きらきらと瞬く夜景を見せるだなんて陳腐なことをクロロがするとは思っていなかったので、私は素直に驚き頷いた。彼らしからぬ行動に驚きはするけれど、不思議と嫌ではなかった。クロロに追いつきたい、追い越したいと思っているのに、私は彼のことをまだ何も知らないのだと思い知るのだ。

「……どうしてここに連れてきたの?」
「大した意味はないさ。暗い顔をしていたからな」

気付いてたんだ、と、驚きと同時に嬉しさがこみ上げた。クロロの前では、私は幼い少女になってしまう。頭を撫でる優しくて大きな手に、私は抗うことができない。

「それに、俺も用事があったからな」

そう言うと、クロロは木箱から先ほどの財宝(聞いた話によると、神木で作られた手細工らしい)、を取り出した。何度見ても半欠けだが、クロロは愛おしげにそれを撫でた。それからその財宝を崖の程近くの少し大きな石の前に置いた。大きな石は表面が綺麗に磨かれていて、まるで墓標のようだった。……というかこれは正に、誰かの墓、だろうか?

「これでいいだろう」

クロロはそう言うと、何かの液体を墓標にかけた。むっと血の臭いが鼻を突く。
……すると財宝が不自然に光り始めた。光は徐々に強くなり、目を開けていられない程まばゆく輝く。思わず目を閉じて、光が収まった頃に再び瞼を開けた。

「……!」
「やはりな」
「財宝が……」

クロロが拾い上げた財宝は、先ほどまでの不完全な形ではなく、欠けていたはずの半分が出現していた。「え……」と声を漏らすと、クロロは満足げに微笑む。

「実は作成者は知り合いでな。ここが奴の墓だ。死ぬ前に、作品にかけた念について話を聞いていた」
「じゃあ……」
「作成者の同意無しに作品を盗み出すと、念が作用して半分が消失するんだそうだ。欠けた部分を取り戻す方法はわかっていた。今日いた財宝を守っていた奴らは、作成者から財宝を盗み出した盗賊連中だったんだよ。そいつらを殺し、その証に十分な量の血を墓に浴びせる。これが財宝にかけられた呪いの念を解く唯一の方法だ」

クロロは今し方完全体を手に入れたばかりの手細工を木箱に仕舞い込んだ。残されたのは、場違いに煌めく夜景と海、そしてクロロと私と血まみれの墓標。風が吹いた。ざわざわと木々が鳴く。

「じゃあ、私をここに連れてきたのも、そのついでってわけ?」
「悪くはなかっただろう。この無駄に明るい街の灯りも、お子さまには宝石のように輝いて見えるものだ」
「……また、子ども扱いね」
「あはは、嫌か?子ども扱いは」
「あ、当たり前でしょ」
「俺は嫌いじゃないんだがな、子どもみたいなお前が」

クロロは微笑む。驚いて、返事をしないでいると、彼は大きな手で私の頭を撫でた。私はこの手に、抗うことができない。この手を、払いのけることが、できない。

「こうして、お前が子どもでいる限り、俺の物にしていられるからな」

私は小さく頷いた。ああ、ああ、気付きたく、なかった。この地獄みたいなぬるま湯のゆりかごを、私も欲しているのだと。こうして子どもでいる間は、クロロの手の中にいることができるのだと。


2021/9/11
title by 誰花

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