羽ばたきさえ忘れなければ



最悪。最悪。最悪だ。全てのことが最悪だ。

まずその1。中学最後の試合で負けた。それは、まあいい。いやよくない。でもまあとりあえずいい。練習もちゃんとやってきたし、これが私たちの全力だ。悔いは、とりあえず、ない。

その2。試合に負けた直後、失恋した。厳密に言えば、失恋すらしていない。ちょっといいなぁ的な感じで思っていた男バレのキャプテンがうちの女バレのキャプテンと手を繋いでいるところを見てしまったのだ。勝手に片想いして、勝手に失恋。ウケる。いやウケない。

その3。勝手に失恋した直後、それなりにショックを受けて体のバランスを崩しかけた私は、咄嗟に足を変な方向に出して全体重を支え、グキッと変な方向にやってしまった。結果、捻挫。最後の試合の後で良かったわねぇなんて先生の呆けた言葉に、確かにそうだなと思った。いやそうじゃないだろ。でも確かにそうだ。少なくとも試合前じゃなくてよかった。

……そして、その4。
これが、いちばん最悪で、信じがたい、ていうかあり得ない、でもなぜかあり得ている、地獄絵図。捻挫をして歩けず、先生が連絡してくれた保護者の迎えを待っていたはずの私の目の前に、背を向けてしゃがむ、大きな背中。

「なんで徹がいんのよー……」
「あはは、案外元気そうだねぇ」

やたらに爽やかに、そして意地悪に笑う、徹は私の兄、岩泉一の、幼い頃からの幼馴染だ。必然的に、妹である私も小さい頃から嫌という程見ている、腐れ縁も腐れ縁。

「せ、先生は、家族を呼んでくれるって」
「うん。本当は岩ちゃんが呼ばれたけど、岩ちゃんは今日先生と会議だからこの俺が頼まれて来てやったんだよぉ。折角来てやったのに、何か文句あるわけ?」
「文句、あるに決まってるじゃん!あーもう、お母さんかお兄ちゃんが来てくれると思ってたのに、なんでこんな時に徹に会わなきゃいけないの……?」

涙目になって徹を睨み付けると、徹は、はは、と余裕そうに笑った。この間にも、姿勢はしゃがんだまま、手のひらだけを急かすように動かしている。

「いーから。早く乗って。帰るんでしょ」
「だって……」
「大丈夫大丈夫、名前が重いのもう知ってるから」
「バカ徹っ!」

怪我をしていない方の右足で徹の背中を軽く蹴ると、「もお!岩ちゃんに言いつけるよ!」と徹が言った。……これ以上ここでぐずぐずしていてもしょうがない。既に、チームメイト達は帰ってしまっていて、体育館に残っているのは私だけだった。仕方なく、片足で立ち上がって徹の背中におぶさると、徹はひょいっと立ち上がる。

「うわ重ッ!」
「う、うるさい!」
「嘘だよ。軽いって」

徹は事もなげに言って笑い、歩き出した。いつもよりも高い目線に、眩暈を覚える。

「試合には負けたって?」
「負けたよ」
「名前、レシーブへったクソだもんね」
「うるさいなぁ」
「試合で転んで怪我したの?」
「……違う」

「だよねえ、試合見てたけど、そんな様子なかったもん」なんて徹は言う。てことは、先生に呼ばれてお兄ちゃんの代わりに迎えに来たなんて嘘じゃないか。そんな私の思考を呼んだのか、徹は「有望な後輩がいないか偵察に来るのも、エースの仕事なの。そしたら偶然、名前が怪我したって聞いて、心配したんだから」と付け足した。私は、多分、傷心で、ちょっとパニックになっているんだと思う。自分でも何故かわからないけど、私は咄嗟に「失恋したから」と呟いていた。

「失恋で捻挫?」
「……ショックでよろけてグキッて」
「告白したの?」
「してない。……だから失恋っていうか、片思い終了?的な?」

少しの沈黙が流れた。徹はいつもへらへらしてるクセに、どうして静かに黙ってしまったのだろう。

「……バカだね」
「うるさいなぁ。バカで悪かったね」
「いやいや、バカなのは名前じゃなくてさ」
「はぁ?」

体育館からバス停まで、わずか数十メートル。私をおぶって徹はゆっくりと歩いている。私からは徹の顔は見えないし、徹からも私の顔は見えない。

「……俺なら名前の告白、断ったりしないのに」

ぴたりとくっついている背中とお腹が、やたらに熱く感じる。歩くリズムに合わせて揺れる身体と、一緒になって揺れる心に。最悪だったはずの一日が、熱に浮かされ溶かされていく。


2021/10/2
title by 誰花

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