音のない、静かな、セカイ。
ツンとした冷たい空気が、頬に触れる。

名前は、暗い闇の世界から、光を求めてゆっくりと瞼を上げた。

————しかし


瞳に映る世界にも、また。
光など存在しなかった。


———身体が…怠い。


名前は、自らの置かれた状況を理解しようと腕を持ち上げた。

…刹那。


ガチャン。


「……えっ!?」


暗闇の広がる、広いのが狭いのかもわからないこの部屋に、鈍い音が響き渡る。(厳密には、部屋かどうかさえもわからないのだが。)


ここは…どこ……?


少しずつ意識がはっきりとしてきたあたしは、自分の身体が拘束されていることに気付く。

「なっ、なによこれ…っ!?ここはどこなの!?誰がこんなことを…っ」

名前の必死な抵抗は虚しく、手首と足首を締め付ける鎖が鈍い音を立てるだけだった。

あたしは———

———どうなっちゃうの…?


***


眼を覚ます前。

あたしはいつも通り、並森中で日常を送っていた。……はずだった。

並中の生徒(と思わしき)の力のないチンピラ達に囲まれた午後1時。

しかし、これもいつも通りのことだった。


並中の風紀委員長、雲雀恭弥の妹である名前は、女ということもあり、兄を恨む連中に目をつけられて校舎裏に呼び出されることが度々あった。

その日に名前を囲んだ男連中は20人強。

正直、面倒くさい。
いつものことながら、こいつらよく飽きないなぁ…なんて思ったりもする。

兄貴の恨みは兄貴に晴らせっての。
まぁ…それができないからあたしに喧嘩売ってるわけなんだけど。

でも。

女だからって舐めてもらっちゃ、困る。



「よぉ姉ちゃん、アンタに恨みはねぇが、お前の兄貴には世話になったからなぁ〜。今日はたっぷり可愛がってやるぜw」
「先輩、この女よく見たら可愛くないっスか?w」


「はぁ…どいつもこいつも雑魚しかいない…。なんでこんなヤツらにばっかりモテなきゃいけないのよ…」

ボソッと呟いたあたしの本心からの一言に、目の前の男たちはどうやら火がついてしまったらしい。

「あぁ?!テメェ今なんつった!?」

連中のリーダーらしき大男が、持っていたバットを振りかざした。


———その刹那。



カキンッ!!!!!



バットは床に転がり、その隣にはバットの持ち主だった(はずの)男が倒れ呻いていた。



「あんたたちの憎い仇の妹に浴びせられたトンファーのお味は如何?」


そう。名前は兄譲りのトンファーの使い手だったのだ。
その腕前は………兄である雲雀恭弥が認めるほど。

名前は兄を慕っている。
だが、だからこそ兄の背中を追うことをやめ、自分の力で道を切り開いて生きてきた。

しかし…雲雀家の血とでも言うのだろうか。
このトンファーだけはどうしても、彼女の手にしっくりと馴染んでしまっていた。

そんなプロの殺し屋顔負けの名前に、ただのチンピラが敵うわけがなかった。


「うおぉぉぉお!お前ら!!一斉にかかれ!!!」

「何人でかかってきたって、無駄。」

凛は男どもの攻撃を華麗にかわして、トンファーを容赦なくぶち込む。
その戦う姿は、さながら蝶のようであった。

「急所は外しておいたわ。起きたら全員保健室に向かうこと♡」


男たちを一掃したあたしは、蹲る彼らに向かってウィンクしてみせた。
……といってもまぁ、聞こえてないと思うけど。

「さてと…面倒ごとは片付けたことだし。教室に戻ってツナたちとお弁当の続き食べなくちゃ。」

早く戻らないとお昼の時間が終わってしまう…そう思ったあたしは歩みを早めた。


その瞬間———


「っ!?」


背後の物陰から男が1人、勢いよく飛び出してきたのだ。
どうやら、先程一掃したと思っていた男どもは、全員ではなかったらしい。


「うおぉぉぉぉッ!!!」

ドゴォッッ!!

後頭部に重たい打撃。


(…っ、油断…していた……)


名前は苦痛の表情を浮かべながら、意識を手放した。






***






(思い出した…あのときあたしは後ろから殴られて……でも、)

でも、名前が今この状況を理解するにはあまりに説明不十分であった。



どうしてあたしはここに…?





「ようやくお目覚めですか。随分とのんびりやな姫君のようですねぇ…」


「誰ッ!?」


暗闇の中から突然、見知らぬ男の声が木霊する。
そして、闇の中からゆっくりと、男が姿を現わした。



「クフフ、さぁて。僕はいったい、誰でしょう?」


「…っ、…茶化さないで。あたしにこんなことしてタダで済むと思ってるの?!」

「おや、そんな状態で、僕にどんな仕打ちをしてくれるって言うんです?」

「ふざけないで!!!冗談だと思ってる?マジで殺すわよ、あんた」

キッと睨む名前を見て、男は満足そうに口角を上げた。

「いいですねぇ!!その顔!!その目!!僕はそれが見たくて君をここに連れてきたんですよ…!」

「っ!?なによそれ…!!馬鹿にするのもいい加減にして!!」

クフフ、と不気味な笑みを漏らすこの男を、名前は知らないわけではなかった。



六道骸。


兄、恭弥が最も危険視する男。
本人を見たのは初めてであったが、名前は直感でわかった。
この男が、"六道骸"だ、と。


脳裏にふと浮かんだ男の名を、名前は無意識的に低く小さな声で呟いた。


「…六道…骸…」



「ご名答!クフフ…おや、意外でしたねぇ。僕のことを知っているとは。
もしかして…"お兄さん"から聞いたのでしょうかね?」

態とらしくクフフと笑う骸。

「貴様ッ!!恭弥に何をするつもり!?悪いけど、あたしを餌に恭弥を脅したところで無駄よ!」

「クハハッ!そんなことはしませんよ。恭弥くんには大変お世話になっていますが、僕は貴女に用がある」

「えっ…!?どういうこと?!」

「貴女のお兄さんを調べ上げさせて頂きました。色々な情報を見ていた中で、ひとつだけ、気になる"もの"が。何だかわかりますか?クイズです」


「……わかるわけないじゃないッ」


嫌な予感。背中をゾクッと悪寒が走る。



「クフフ。ではヒントを。

僕は"それ"を見てこう思ったんですよ。


僕の玩具に相応しい、

と。

大事な妹が憎くて堪らない男の玩具になってしまったとき、あの男はどんな顔になるのか。
それが楽しみで仕方ない!

……さてと。

正解はもう解りましたか?

名前」


名前の全身を恐怖が押し寄せる。

怖い。これからあたしはどうなってしまうの?誰か、誰か助けて…!

…恭兄……っ


「で・す・が 。
手荒な真似はしませんよ。僕は君を調べるうちにどうやら惹かれてしまったようです。
僕はレディファーストですから。愛しい貴女に乱暴はしません。」

「…!なら…っ」


「時間をかけて恐怖を与えて、ゆっくりゆっくりと壊してあげますよ。僕のものにだんだんとなっていく貴女を見るのがとても楽しみだ」


絶望というのは、きっとこの感情のことを言うのだろう。


クフフ、と笑いながら骸はあたしに近づき、顎をクイっと持ち上げた。

か、顔が…近い…っ


「さぁ踊りましょう?僕の愛しい玩具。」


その刹那。
唇に何かが触れた。


一瞬何が起きたのか理解ができなかった。
が、一瞬後にそれが口付けであることに気付く。


あたしの…ファーストキスが……!
だけどそんなことより、息が…できな……っ…

意識が遠のき、窒息寸前で解放される。


「ッはぁっ、はぁっ…!ちょっとなにす…んっ…!」


抗議の声をあげようとした瞬間に、また口付けられる。
今度は、先程のそれよりも、深く、甘い、溺れるような口付け。


く、苦し…っ……————



あたしは、意識を手放した。



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