来ない明日がいとしいように


リヴァイ班に配属が決まって、一番驚いたのは誰よりも私自身だったと思う。

別に特別成績が良かったわけじゃないし、戦闘だってそこそこだった。調査兵団に志願したのだって、大層な理由なんてなくただ単なる気まぐれで、まぁ別にいつ死んだっていーや、なんていう、投げやりな気持ちで入団を希望したのだった。それから正式に入団が決まり、分隊長によって隊員が集められた。そこで同期や先輩方と顔合わせをして、リヴァイ兵長とも初めて顔を合わせた。そして、初めて顔を合わせたはずの、リヴァイ兵長に、開口一番、

「調査兵団はお前の自殺幇助をするための道具じゃねえぞ」

と言われたのだ。私はぎょっとして、その時持っていたグラスを滑り落としてしまった。ガシャンと物凄い音がして、周囲の人が心配して私の元に集まった。あたふたしている間に、兵長はいつの間にかどこか別の場所に行ったようで、姿を見失ってしまった。それで結局、あの言葉の意味を尋ね損ねてしまったのだった。

それから間もなく、配属が言い渡された。すぐに私はリヴァイ兵長の所に行った。もちろん、不満を言うためだ。

「リヴァイ兵士長!」
「……誰だ、お前は」
「新人の、名前・苗字です。配属に異議申し立てをしに参りました」
「配属は、決定事項だ。異議も、申し立ても、文句も不平も不満も聞かん」
「あ、へ、兵士長……!」

取り付く島もなかった。立ち去る兵長の背中を見る。そこには、自由を意味する重ね翼が大きく描かれている。私には、この翼は重すぎるのだ。重すぎて、重すぎて、今にもその重さで潰れてしまいそうで怖かった。……そう、私は怖かったのだ。

「……お前が、その馬鹿で幼稚ではた迷惑な自殺願望を曲げるまでは、俺の班にいてもらう」

リヴァイ兵長は、とても小さな声でそう言った。その言葉は、私に聞かせるつもりで言ったのか、聞かせないつもりで言ったのか、私にはわからなかった。

本格的に調査兵団の活動が始まると、私の戦闘能力の低さは一層浮き彫りとなった。いつも紙一重で死線をくぐり抜けては、命があることに安堵してしまう自分に辟易した。重すぎる翼を背負う覚悟も、捨ててしまう覚悟も、そのどちらも私は持てずにいるのだった。

「ちゃんと後方にも注意しろ、馬鹿!」
「は、はい!」
「9時の方向から大型が2体来ます!」
「総員、うなじを狙え!」

皆が、巨人を見据える。巨人が恐ろしい唸り声を上げた。身の竦むような咆吼が大地を震わせる。

「俺が奴らの目を引く。名前、お前は後ろに回れ」
「兵長、でも……!」
「いつから俺に意見できるようになった?新人」
「でも、でも、私——」

でも、私、巨人と戦って、死にたいんです、兵長。
そう、言いたかった。でも何故か、言わなかった。……いや、言えなかったのだ。私の目に映ったのは、兵長の非道く驚いた顔だった。兵長のそんな顔、初めて見たなぁなんて、暢気なことを思ったりして。瞬く間もなく、強く後ろに引っ張られる感覚がして、私は強い衝撃と共に気を失った。


「——!——!——……名前!名前!」
「……へい、ちょう……?」
「気がついたか。今どういう状況だかわかるか?」

気がつくと、私は兵長に支えられながら太い木の枝の上に座り、上半身は幹に寄りかかっている状態だった。いつの間にか、立体起動装置は外されている。周りは静かだ。兵長以外の班員も、近くの木の上に見える。どうやら、先ほどの巨人の掃討は済んだようだ。

「……あ、」

勝ったんですね、と言おうとして、喉から出てきたのは短い掠れ声だけだった。そういえば、上手く身体を動かせない。冷や汗が酷く、脈も異様に早い。

「……いや、いい。無理に喋るな」

兵長は柄にもなく優しい声で言った。その声で、私はようやく、ここで私は死ぬのだと、気が付いた。自分の腹部を見る。明らかに、出血は致死量に達していた。

「俺は、許さないからな」
「……?」
「お前は、ここで死ねて満足かもしれないが。俺は、それを許さない」
「……わ、わたし……」
「お前がその考えを曲げるまで、俺の班にいてもらうと言ったはずだ」

兵長がそう言うのを、私はまるで遠くの出来事みたいに聞いていた。確かに巨人に殺されて死にたいと思っていたはずの私は、その思いが叶おうという今になって、何だかとてもぼやけたものになっていた。今、私には、はっきりと、自分の身体が死に向かっていることがわかる。どうしてだろう、あんなにも焦がれていたはずの死が、目の前にあるというのに、私は、私は、どうしてか、涙が溢れて止まらなかった。あんなにも恐ろしかったはずの翼よりも、今は、死が恐ろしくて、恐ろしくて、仕方がなかった。私は、震える手で、兵長の手を掴んだ。ハッとした顔で、兵長が私の顔を覗き込む。いつにも増して、兵長の目は鋭かった。

「……わ、私、死にたく、ないです……」
「……!……名前、もう喋らなくて良い」
「リヴァイ兵長……」

焦ったように、青ざめた兵長が、私の手を握り返した。それが何だか妙に可笑しくて、動かない頬を動かして少しだけ笑った。多分、嬉しかったのだ。兵長が、危険を冒してまで、私を繋ぎ止めようとしてくれたことが。兵長が、周囲の目も気にせず、手を握ってくれたことが。兵長が、私を共に戦う班に入れてくれたことが。

「……死にたくない。兵長、と、一緒に、戦って、いたかった、から……。わたし、たぶん……兵長が、好きでした……。一緒に、生きたかった。……兵長を、愛してたから……」
「……名前」

もうこれ以上、喋れそうになかった。身体のどこにも、力が入らない。体中が冷えていく。兵長が握ってくれている右手だけが熱かった。

「……俺は、お前を死なせたくなかった」

そう言って、兵長は静かに、冷たくなりゆく私の唇にキスをした。
確かに、自由の翼は私には重すぎたけれど。この翼のお陰で私は兵長の傍にいられた。兵長と共に戦えた。兵長と共に生きられた。こんなに幸せな死に方が、他にあっただろうか。

2021/11/13
title by プラム

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