眩むようなレプリカの宇宙




もともと、ゲームはあんまり得意な方じゃない。というか、苦手だ。子どもの頃は、兄が進めるドラクエを後ろから見てるだけで楽しくて、わくわくした。だから、至と付き合い始めた当初は、一緒に楽しく過ごせるかなぁなんて、不安に思ったりもしたけれど。

「っしゃ!確定演出キタコレ」
「うわ至ずるい!私ももう10連だけ引こうかな……」
「沼へようこそ、ゆっくりしていってね」

……まさかこうして、至の部屋に入り浸り、一緒にMMORPGに沼れるくらいになるとは、予想していなかった。まあ、沼るとは言っても、私は大した動きはできない。基本は、至(とたまに万里くんやシトロンくん)にくっついて行って、バフをかけたりおこぼれをもらったりするくらいのものだ。それでも、至と一緒に何かをできているという事実が、ただ嬉しい。

「なんか良い装備出た?」
「狙ってた大剣出た。これで勝つる」
「お、ずっと狙ってたもんね!他は?」
「んー、あとは……微妙だな。グラはいいけど紙装備」
「残念だね。アバターは良いの出なかった?」
「いや、アバターはとりま現行で行く」

狙っていた大剣が出てはしゃいで振り回す至を尻目に、私もひっそりともう10連回した。狙うはSSRの鎧だ。これがあれば、もっと至たちに迷惑をかけずにダンジョンに繰り出せるようになる。

「……」
「名前はどうだった?」
「……ほしいの出なかった」
「物欲センサー乙」

残念ながら、ガチャの神様は私には微笑まなかった。仕方なく、ハズレばかりの内容を一つ一つ吟味してみる。……と、一つだけ、目を引くものがあった。なんてことない、髪型のアバターだ。

「これ、至に似てない?」
「?」
「さっき引いたの。Rだけど。やっぱ至に似てる!これあげるから、たるち付けてよ」
「いや、俺のたるちはこのまま角刈りで行く」
「えー?!てか何で角刈り?!」

至のアバター、『たるち』は何故か角刈りで、ムキムキで、屈強な男だ。万里くんたちがふざけて勝手にいじったのが始まりだったみたいだが、至は案外これを気に入り、それ以来ずっと使い続けている。

「折角至っぽい髪が出たのになー。使ってほしかった」
「……てかそれ出会い厨御用達のアバターだから」
「えっまじで?!じゃあ使わないで!」
「たるちにはそんなチャラついた髪型は必要なっしんぐ」

機嫌良さそうに、至は早速クエストを選び始める。手慣れた手つきで選ばれたのは、魔物討伐の中級クエストだった。私も無理なくついていけるクエストを当たり前のように選んでくれることに、至のさり気無い優しさを感じる。

「まぁ、角刈りも格好いいけどさー」
「でしょ?」
「でも外見よりも中身だよね。たるちは、中身がイケメンだからいいの」

何となしに言うと、至がこちらをまじまじと見ていることに気がついた。それから、徐々に口角が上がり、明らかに意地悪な笑顔になる。

「それって、『たるち』の話?……それとも、『至』の話?」
「〜〜!!」

意識せずに言った発言が、まさかこういう風に取り上げられるだなんて思ってもいなくて。顔がかっと熱くなるのが自分でもわかった。下手に誤魔化すのも、それはそれでなんだか悔しい気がして。

「どっちも、だよ……!」

……どうにでもなれと、半ばヤケクソな気持ちだった。自分で言っておいてなんだけど、顔から火が出るくらい恥ずかしくて、ゲームに集中するふりをする。……が、画面の中のたるちの動きが止まっていることに気がついて、至の方を振り返った。そこにはまさかの、私なんかよりももっと顔を赤くしている至が、いて。

「ちょ、不意打ち……」

耳まで真っ赤にした至が、コントローラーを手放して手で顔を覆っている。私は目を疑った。こんな、珍しい眺めは、もう一生拝めないかもしれない。

「な、何で至が赤くなってんのよ……?!」
「まさか名前がそんなに素直に言うと思わなくて……」

赤くなりながら言う至は、いつもの飄々とした、余裕そうな至とはまるで別人みたいだ。まさかそんな素直な反応が返ってくるとは思わなかったのは私の方で、そんな至を見て、鼻歌が零れそうなくらい、嬉しかった。SSRの鎧は出なかったけれど、至のこんな一面を見られたのだから、SSRよりももっと価値がある。あんまりじっと見ても可哀想なので私がゲームに視線を戻すと、至もどこかほっとした表情で、画面に視線を向けた。モニターの中の『名前』と『たるち』が、魔物討伐の中級クエストに向けて、荒野を走り抜けていく。

「……ねー、本当に魔物こっち?」
「ん、地図にはそう書いてある」
「全然いないけど……」
「いいから」

そんなどうでもいい会話をしながら、ふたりで荒野を駆け抜ける。ふと、画面の中の『たるち』と至を見比べる。見た目は決して似ていないけれど。私にとっては同じくらい、頼れるパートナーだ。

「魔物、倒せるかな」
「まぁ、なんとかなるっしょ。とりあえず、名前は俺を信じてただ着いてきてくれればいいから」
「……ね、ねえ至、それってさ」

先ほどの、赤くなった至の顔を思い出す。あんなレアな至、もう一度見たいに決まってる。

「『たるち』の話?……それとも、『至』の話?」
「…………名前って、けっこー意地悪だよね」

赤くなった至の顔は、見えなかった。気付けば私は、至の腕の中にすっぽりと収まってしまっていたのだ。

「どっちも、に決まってるでしょ」

そして私たちは、優しく啄むように、キスをした。ゲームの中も、現実も、大して変わらない。違うのは、私たちが触れ合えるかどうかだけだ。

2022/2/12
title by Garnet

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