マーマレードにくちづけ



「ねえ、早く食べたらどう?」

ミネストラ、冷めるよ。ジョルノのその言い方の方がよっぽど冷たいと思ったけど、言うのはやめた。この人に口喧嘩では勝てない。口喧嘩以外でも勝てないけど。短い木のスプーンでかき混ぜると、表面に浮いたオリーブオイルがエメラルドみたいにきらきら光った。一口すする。案の定、もう冷め始めている。こちらを見るジョルノの可愛らしい巻毛が、呆れたように少し揺れる。

「ジョルノは今日、お仕事?」
「いや、僕は今日は休暇だよ。たまには休暇は必要でしょう?」
「そうだね」
「名前は学校でしょ。早く朝食を済ませて行かないと、遅刻になるよ」
「うん」

淡々と、諭すように話すジョルノの、彫刻みたいな唇を見つめる。私はまたおざなりにミネストラを一口すすっては、ジョルノの方に視線を向ける。

「ほら、急がないと」
「……うん」
「まだパーネも半分残ってる」
「……うん」

いくら言われても、ぜんぜん食は進まなかった。時計を見る。まだ、今からこの朝食たちを口の中に詰め込んで、逆流を恐れずバス停まで走れば、大学の講義にはギリギリ間に合うかもしれない。……でも。

「名前、どうしたんだい今日は。……熱でもある?具合悪いのかい?」
「ううん、そうじゃない……」
「ええと、君が望むなら、その辺のガラクタをダチョウにして大学まで送ってあげようか?」
「い、いや遠慮しておく……」

いくらジョルノが優しくても、私はもう大学に行く気なんて失ってしまっていた。こんなこと言ったら、多分ジョルノには学費がもったいないだの夢のために頑張れだのとうるさいことを言ってくることは目に見えている(私と違ってジョルノは真面目だ)。
「大学の何がそんなに嫌なんだか」ジョルノは見当違いのことを言った。いや、大学は楽しい。今日だって本当は休みたくない。学費だって惜しいと思っている。しかし私はそれを口に出さない。

「……とにかく、君が今急いで大学に行く気がないことは、わかった。僕がお節介すべきじゃあなかったね」
「うん、でも、昼過ぎには行こうと思ってるよ。夕方に講義が2つ入ってる。西洋史と、古典文学」
「そう。西洋史、面白い?」
「うん、面白いよ。古典文学はいまいち」
「かもね」

『午後からは行くのに、じゃあどうして今行かないんだい?』というジョルノの心の声が聞こえてくるかのようだ。さらさらと、気持ちのいい風が窓から吹き込んだ。こんな日は、ダチョウに乗って外を散歩するのもよかったかもしれない、と一瞬思ったけれど、やっぱりひどく揺れそうなのでやめておく。ふと彼のカップが空になっていることに気がついて、私は席を立った。「カッフェ?アメリカーノ?水にしとく?」どうせ自分のついでだ。

「カッフェ。ありがとう、けど……本当にどうしたんだい?体調も問題なさそうだし、大学も嫌いじゃあなさそうだ。……なのに何故学校に行かないんだい?」
「んー……」

こんな下らないことで講義をサボる。もしかすると、若くしてギャングのボスとなり、学業など棒に振らざるを得なかった彼からすれば、贅沢すぎる考えなのかもしれない。まあ、そこらの同級生たちは、私なんかよりももっと簡単に講義をサボって遊び回っているわけだし、考えすぎかもしれないけれど。私は答えを濁したまま、彼の前にカップを置いた。それから、すっかり冷めたミネストラをまた一口食べる。「これはこれで美味しい」と私が言うと、「馬鹿だね」と彼は優しく笑う。

「あのさ」

何かに気後れするように、ジョルノがおずおずと言った。組んでいた長い足を一度ほどき、また組み直す。

「……もしかして、朝の時間を僕と過ごすために講義をサボってくれたの?」

図星だ、なんて死んでも言ってやらないけど。赤くなった頬を隠せなかったので多分バレてる。


2022/5/1
title by 誰花

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