透きとおる最果てに届きそう




どんどんどんどん!という、鼓膜を破壊するようなものすごい音で目が覚めた。最悪の目覚めだ。家全体が揺れたかと思うほどのノック。こんな乱暴な訪問者は、私には一人しか思いつかない。
どんどんどん。一旦、無視してみる。どんどんどんどん。無視無視。どんどんどんどん。……一瞬間が開いて、今度はけたたましい音で、ピンポンピンポンピンポンピンポンとチャイム連打ときた。……流石に無視しきれず、インターホンの受話ボタンを押す。

『おい、てめえ!無視してんじゃねえ!』
「……は一やっぱ空却じゃん。出て損した。二度寝しよ」
『てめふざけん、』

わざとらしく、話している途中でインターホンを切ってみれば、再びピンポンピンポンと呼び出し音の嵐が私を襲った。……う、うるさすぎる。仕方なく、もう一度受話ボタンを押せば『てめえ!!!』とバカでかい音量の罵声が飛び込んできた。というか、インターホンではなく直接ドア越しに声が聞こえてきている。このままではご近所問題にもなりかねないので(ていうかもうなってるか)、しょうがなくカギを開けた。チェーンをかけておくという幼稚な抵抗も考えなくはなかったが、火に油を注いで後で困るのは結局自分だとわかっているのでやめておいた。

「たく、最初から素直にこうしてりゃよかったんだよ」
「……無理やり押し入っておいてよく言うよ」
「あ?無理やりじゃねーよ、てめーが入れてくれたんだろ」
「空却あんた、将来DV野郎にならないよう気を付けなよ」

そう言うと、空却は本当にわからないという顔をして、「あ?何だよそれ」と言う。「いや、横暴すぎるし失礼すぎるから」「こんなことてめーにしかしねーよ」……いや、嘘だろ。十四君とかにも同じようにやってんの知ってるぞ、私は。

「はー、相変わらず面白えもんのねぇ部屋だな」
「うるさいな。何しに来たわけ?」
「別に何も」
「何の用もないのにあのクソうるせーノックで私の安眠を妨害したわけ?」
「用事はあるぜ、名前の安眠を妨害する」

なんつーはた迷惑な生臭坊主だ。あとで灼空さんにチクってやろ。
それから空却は、我が物顔で我が家を闘歩し、勝手にお湯を沸かし、茶の用意をし始めた。もう文句を言うのも面倒くさくて、私はただぼーっとそれを眺める。空却が滝れるお茶はおいしいので、それ目当てというのも否めない。

「ほれ、熱い茶でも飲め。これで目え覚めんだろ」
「……眠りを邪魔した本人が、よく言うよ」
「てめえこそ眠ってなかったクセに、よく言うぜ」
「……いやいや、今何時だと思ってんの?6時だよ?寝てたっつーの」
「拙僧にはお見通しなんだよ。クマもひでえし、白目は真っ赤じゃねーか。どうせ、馬鹿みてえにぴーぴ一泣いてたら夜が明けてたんだろ」
「……馬鹿みてえには余計だっつーの」

湯呑に口をつけると、緑茶のいい香りが鼻をくすくぐった。暖かい湯気が、まるでいたわってくれるみたいに、頬を撫でる。
……ばか、今泣いたら負けだ。泣くな私。

「……折角安眠妨害しにきたのに、私が寝てなくて残念だったね」

と、苦し紛れに捻くれたことを言ってみる。空却は「んなくだらねー理由でわざわざ来るわけねーだろ」と言う。そりゃそうだ。

「……じゃあ、どんな高尚な理由でわざわざうちまでいらっしゃったのよ」
「ああ?んなもん、決まってんじゃねーか。失恋していい歳してぐずぐず泣いてんのを優しーく慰めに来てやったんだろ」
「………ぜんっぜん『優しーく』ないんだけど?」
「ナゴヤじゃこういうのが優しさなんだよ、覚えとけ」
「全国的な方の優しさでお願いしたいんだけど」
「あー?」

緑茶が効いたらしい。だんだん、目が冴えて、頭痛が収まってきた。目が腫れているのが、自分でもよくわかる。昨日さんざん泣いて、もう涙は枯れたと思ったのに、今また溢れ出しそうになる水分を慌ててひっこめる。

「優しくなんてしたら、お前また泣くだろーが」

慌てて、私は空却から顔をそらした。きょろきょろと、どこを見たらいいのかわからなくて、部屋に面白いものが何もないことを今更後悔してみたりして。


2022/7/17
title by Garnet

.