数合わせで合コンに行く話

日勤を定時で上がれるなんて、いつぶりだろうか。椅子に座ったまま伸びをすると、これから夜勤に入る部下が「たまには早く帰ってください」と言って、残り僅かになった書類も持っていってくれてしまった。こんな時間に放り出されたところで、特にやりたいことはないのだが……と思っていたところで、スマホのバイブが着信を告げた。

「……もしもし」
『わ!入間!出てくれた!今大丈夫?!』
「電話なんて珍しいな。急用か?」
『うん、ちょっと助けて欲しくて……』

名前に助けを請われるなんて、輪を掛けて珍しい。良い意味で、名前は俺を警察官扱いも、MAD TRIGGER CREWの二番手扱いもしなかった。

「俺にできることかわからんが、まぁ言ってみろ」
『えっと……すごく言いづらいんだけど……今夜って空いてたりする?』
「何だよ、何かあるのか?」

言いながら、俺はかぶりを振った。名前に誘われることが嫌なわけじゃなかった。寧ろその逆だが、この手の誘いに期待して、裏切られたことがこれまでに何度あっただろうか。二人で食事に行けばそれは男女の仲、なんて古い考えはとっくの昔に捨てざるを得なかった。名前に誘われて一喜一憂している数年前の俺に言ってやりたい。名前にとっての俺は、良くも悪くも、とても良い友人なのだと。

『……怒らない?』
「さっさと言わないなら切るぞ」
『あー待って待って!……そ、その……うぅ……』

名前は言いづらそうに唸り声を出した。

『……合コン、今日7時からなんだけど、男子1人足りなくて……』
「……お前、もしかして……」
『お願い!他に頼れる友達いないしさ、頼むよ〜!今度奢るから!ね?』

ハア、と大きくため息を吐いた。俺は、合コンなんて物に興味もないし、参加する意味など1mmもない。

「……ったく、集合どこだ?」

それでも、名前の困った顔は見たくないと思ってしまう。俺はきっとバカなのだろう。



「えへ、ほんとごめんって。何でもおごるから機嫌直して」

学生ぶりの合コンは、ただただ気疲れするだけで何の収穫もない、暇とエネルギーを持て余しただけの若者の集まり、それだけだった。それでも、学生の頃に参加した朧気な記憶と比べれば、露骨なマウンティングの取り合いや、酒の飲み比べ、性的なからかい等がなくなった分いくらかマシか。
俺はなんとか名前の言う合コンをこなし、解散した後に、名前と適当な居酒屋で飲み直していた。妙に洒落た、でもどこか垢抜けない、値段ばかりが高いチェーン店のコース料理は口に合わなかった。どうせ居酒屋なら、雑な店の方が性に合う。

「……ったく、無駄に疲れたよ。意味もない愛想振りまいて……。これなら残業していた方がマシだったんだが」
「で、でも可愛い子いたでしょ?さっきこっそり聞いたらさ、みんな入間のこと格好いいってめっちゃ褒めてたよ!今頃取り合いしてるんじゃないかなぁ?」
「……そうかよ」

へらへらと笑う名前の顔がこんなにも憎らしいと感じるのは初めてだった。今日の合コンは名前が女性側の幹事、名前の男友達が男性側の幹事という形だったらしい。名前がてきぱきと会を仕切ったり、男の幹事とやりとりする様子は、俺にはとても新鮮に映った。つい先日名前が零していた『入間しか友達いなくなっちゃったよ』という言葉を思い出し、ちりと胸が痛むのを感じた。俺は名前の良い友達ですらなく、“良い友達のうちの1人”なのだと、思い知らされたのだ。
だから俺は苛ついていた。目の前に居る名前に対して、どうしようもない思いを抱いていた。だからこれは、完全に八つ当たりだと、わかっているのだが。

「お前は、俺があの中の誰かと付き合うと思っているのか?」
「え、えー……と……なくはない、んじゃないかな……?」
「名前はどうだ?あの中の誰かと付き合うつもりがあるのか?」
「い、いやぁ、私は友達の付き合いで行っただけだし……?」
「じゃあ、何か。名前も意味を見いだしていない会に俺を呼んだのか?」
「そ、それは……」

ふと、ガタガタと貧乏揺すりをしている自分に気がついた。足の動きを止め、深呼吸をする。ここで名前に嫌味をぶつけ続けるのは得策ではないだろう。落ち着け、と自分に言い聞かせて、眼鏡がずり落ちないよう弦の部分を指で少し上げる。

「……いや、すまない。キツく言い過ぎた。名前に恨み言を言っても意味がないし、行くと決めたのは自分だしな」
「あ、ううん。私こそほんとごめんね。埋め合わせするよ、ほんと」

名前はホッとしたような顔をして、目の前にある砂肝を口に放り込んだ。俺もビールを喉に流し込む。飲み慣れた味が、妙に心地良い。

「埋め合わせって言ってもなぁ」
「何でもするよほんと!重労働でも何でも!」
「……んなもんねぇよ」

俺がため息をつくと、名前は「じゃ、じゃあ欲しい物とか」と今度はあからさまに焦った顔で言った。表情をくるくると変える名前が、だんだん哀れにすら思えてくる。

「じゃあ、」

と、俺は口を開いた。埋め合わせをしよう、埋め合わせをしよう、と焦る名前を見ていられなかったから、という建前で、必死に自分のプライドを守りながら。

「近いうち、どこか平日空いてるか。……休日に付き合えよ。俺もたまには遠出してリフレッシュしたいからな」

言ってから、これではまるでデートの誘いではないかと気付いたのだった。


(2021/11/20)

指切りはロマンス未満/matinee