「よし、こんなもんか」
「本当に本当にありがとー!入間のおかげで無事引っ越せそうだよ〜」
「でも、ベッドまでゴミに出しちまって、引っ越しの日までどうするんだ?」
「まぁ布団とかで適当に寝ますよ」
「たく、適当な奴だな」
入間の、無遠慮にからかう笑い方に、私はひどく安心していた。予定通り車を出してもらい、全ての粗大ごみを運んでもらい、集積所に出してもらった、帰りの車の中だ。今から海にも水族館にも行かない車の助手席は、こうも居心地がよく気軽なものだろうか。
「名前が引っ越すなんて、知らなかった。……まぁ、俺にわざわざ知らせることでもないか」
「……?」
寂しそうな横顔に、夕陽が差し込みあかく光っていた。私は何故か、急に居心地が悪くなって、身をよじる。
「……名前と俺は、結構いい友達、だよな。自分で言うのもなんだが」
「……うん。そうだね……」
「あはは、変な顔すんなよ」
「……もとからこんな感じの顔じゃい!」
たぶん、大丈夫だ。いつも通りの、私たちだ。適当にからかったり、意地悪言ったり、笑ったり。この前感じた違和感は、多分私の気のせいだったのだろうと思うくらいの、私たちの普通。
「……何か、安心したよ、俺は」
「うん?」
「名前がいつも通りで」
「えっと……」
「前にお前、言ってくれただろ、『入間しか友達いない』って。……お前が本当はどうだか知らねえけどな。俺にとっては、本当にそうだよ。こうして、たまに飯食ったり、困ったときに頼ったりする女の知り合いなんて、お前しかいない」
「……うん」
赤信号で、車は止まる。入間はゆっくりとブレーキを踏んだ。私は心臓がぎゅっと痛む。唐突に、自分が入間を傷つけているということに気がついたのだ。入間のことは嫌いじゃない、というか、好きだ。でも、どうにかなるのは怖い。そんな自分勝手で子どもみたいな曖昧な態度が、入間を傷つけているのだと。
「……なんかごめん」
「いや、ごめんはやめてくれ。……情けなくなるから」
青信号で、車は発進する。入間は何でもないみたいに、いつも通りの苦笑を浮かべた。この会話が、まるでなんてことないものかのように。ビールの名前いい加減覚えろよ、と言ったときと変わらない苦笑を浮かべている。
「私は入間と、仲良く、ご飯食べたり、困ったときに頼ったり、たまに出掛けたり、そういう今の関係が、心地良いよ」
「……そうだな」
なんとなく、この会話が、今後の私たちの行方を決めるような気さえしていた。まっすぐ前を見る。夕陽はもうすっかり沈み、空全体が暗くなり始めていた。私はもう入間を傷つけたくない。ちゃんと態度を決めなくちゃいけない。次に会うとき、どんな顔をして入間に会うのか、決めなくちゃいけない。私はヒントを求めるように、入間の方を窺い見た。
「……今日手伝ったのは、貸しだと思って良いのか?」
「うん。すごい助かったよ。何でもするよ、何でも言って」
「……なら」
私は息を呑み、じっと耳を傾ける。入間の次の言葉が、私たちの関係を決める、と言っても過言ではないような気がして。
「次はまた、俺の休日に付き合え。浅草でどうだ?」
……え、それ、どっち?