日日是好日

終夜


 冷房が少し寒いくらいに効いた部屋。
 二つくっ付けて並べて敷いた布団。

 ここの所寝つきが悪いという彼女は、夜な夜な目を覚ましてはこちら側の布団に入り込んで来ている。半分はわざと、残りは無意識だという侵入の気配に気づかないわけもなく、その度に抱き寄せてやっては、身体を擦り寄せて次第に夢の世界へ発っていくのだ。

「毎度入ってくるなら、いっその事初めから来てはどうですか?」
「えっ……いいの?」

 驚く彼女にひとつ返事で事は決まり、どうぞと布団の端をめくるとお邪魔しますの一言でおずおずと入って来た。逸る気持ちをどうにか抑えて迎え入れる。お互いの位置を確認しながら、果たしてこれで良かったのだろうかと今更になって不安になってくるのだから、格好つけて提案したのを既に悔やみ始めた。



 身体を冷やしてはいけないからって態々理由付けまでして、こちらに背を向ける彼女の体を包むように抱き締めて寝ようとするものの、それがなかなか眠りにつけない。鼻腔を擽るシャンプーの香り、洗濯したばかりのシャツの、正体がイマイチよく分からないお日様の香りは、同じ物を使っているはずなのに妙に意識をしてしまう。それより風呂上がりのせいなのか、はたまた密着しているこの状況からか腕の中の体温はいつもに比べ高いような気もする。いくら夜目が効くとはいえ、もう寝るだけだからと室内灯を消してしまった真っ暗な部屋の中では反対を向く顔色までは伺えやしない。

「主さん、こんなにくっついて寝て平気なんですか。」

 僕は平気じゃないんだけどって、付き合って間もない恋人達のような鼓動の速さを感じて欲しくて、更に擦り寄った。隙間なんてものは無い。だが返事だって貰えない。

 あ、そろそろ腕痺れるかも。彼女の首の下に差し込んだ腕の、枕の任を解くために起こさないよう、動かさないよう、そっと抜き出す。行き場を失った腕は更に痺れさすにもいかない為、仕方なく自身と彼女の間に入れ込んだ。密着までもが解かれ、すぅっと冷たい空気が通る。と、

「さむい……」

 うう、と突然聞こえた声。寒かったのか頭から触れていたつま先までをプルリと震わせ、そして身体ごとぐるりとこちら側へ向けた。起こしてしまったのだろうか、慌てる間に思っていたよりぱっちりと開いている双眸と視線が交わる。

「ごめんなさい、起こしちゃいましたか。」
「起きたってか……ほんとは寝てなかった。」

 えへへ、と悪戯が成功したかのように笑う。なんだ、彼女は元より狸寝入りだったというわけだ。ならば平気か平気じゃないかの時に寝息じゃなく生声で聞かせてくれないものか。これでは自分ばかり意識してしまっているようで格好がつかない。

「堀川くん、寒い。くっついて。」
「はいはい、暑いって文句言わないで下さいね。」

 あまりにも普段通りすぎる彼女をなるべく隙間が出来ないように引き寄せ、苦しくないようにふんわり抱き締めるとふふふと満足そうに笑った。

「堀川くん近いね。」
「そうですね。」
「ドキドキするけど、こうやってもらえると安心して眠れる気が、する」

 段々と小さくなる声。言いたい事だけ残すと次第に規則正しい寝息を立て始めた。今度こそ本当に寝付いたのだろう。少し視線を落とした先にいる彼女を、ぎゅっと力強く抱きしめたくなるのをぐっと抑える。起こしたとて、なぁに堀川くん寂しいのってけらけら笑うのだろうが、せっかく眠った所をすぐに呼び起こすのは忍びない。

「おやすみなさい、__さん。いい夢を。」

 起こさないようにほんの小さな小さな呟きは、静かな夜の闇に溶けていく。僕だけしか知らないその名前を大事に噛み締めながら、目を閉じ徐々に訪れる微睡みに身を任せた。