やがて訪れるいつかの日のために


 寒々しいほど晴れ渡る青空の下、頬を撫でるひんやりとした空気に震え、茉莉はぐるぐる巻きにした大判ストールに隠れるように首を竦めた。紅葉の綺麗なこの季節によく映える暖色のそれは、中学時代の友人と色違いで購入したお気に入りである。
 10月の末ともなれば、もうすっかり人肌恋しい季節だ。特に朝方などは体温の移った布団から離れ難いなど、寒い時期特有の悩ましさは、茉莉だけでなく、その他大勢の人々をも参らせていることだろう。しかし、現在茉莉が向かっている場所にいる人々に限っては、よく冷えた今朝であっても、そんな悩みを覚える余裕はなかったかもしれない。
 目的地に辿り着き、建物のエントランス前で目的のものを確認すると、茉莉は思わず笑みを零した。口元はストールに埋もれて見えないが、やわらに下がった目尻が彼女の喜びを象徴している。偶然隣にいた白いブレザーを羽織った男子生徒は、独特の雰囲気を身に纏う美女のその様子に頬を染め、言葉もなく見惚れてしまう。
 そんな熱視線には構わず、茉莉は肩にかけていたトートバッグを持ち直すと、最重要の目的を果たすべく一歩、二歩と進み、そして三歩目で不意に足を止めた。遠目に捉えた凛々しい立ち姿に、わずかに目を瞠る。
 白地に紫を差し色にしたジャージ。遠くからでもわかる長身。<白鳥沢学園>の名が記されたその大きな背中。そのすべてに、茉莉は僅かな緊張と、体の底から湧き上がるような高揚感を覚えた。
 瞼を閉じれば鮮明に浮かぶ、しなやかに反らされた背に、力強く振り下ろされる左腕。三色のボールは砲弾の如く地面に叩きつけられ、その圧倒的な力の前に誰もが言葉を失う。コートに君臨する絶対の王者。荘厳なまでに美しい一羽の白鷲。
 ――あの人を倒した先の景色が、見たい。
 エントランスで立ち尽くしていた茉莉は、その背中からふと視線を逸らし、目的を果たすべく目指す場所へとローファーの足先を向ける。鈍い光を混ぜ込んだリノリウムの床が、人混みを抜ける茉莉の足音を強く強く響かせていた。
 全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称春高バレーの宮城県代表決定戦は、ここ、仙台市体育館で行われる。そして最終日の今日、決勝戦のカードは白鳥沢対青葉城西――どちらも茉莉にとって馴染み深い人物たちが在籍する学校だ。特に後者には中学時代にお世話になった恩人がいる。
 しかし茉莉はどちらかの応援をしに来たわけではなかった。
 両校の応援団の向かいに位置する観客席の前方で、黙々と三脚を設置し、ビデオカメラを起動させる。室内であるためダッフルコートはすでに畳まれて傍に置かれ、首にぐるぐる巻きにしていたストールはブランケット代わりに膝にかけられていた。
 茉莉は膝上に置いたノートパソコンの仕様を再度確かめると、二階席からアリーナをすいと見下ろす。選手たちはまだどちらも来ていない。主役不在の会場内では、観客席のざわめきとテスト中らしいブザーの電子音、そして本番前特有の緊張感とが所狭しとひしめき合っている。
 ふっと息を吐き、カーディガンの袖に隠れていた腕時計をちらりと目をやった。秒針の刻む正確なリズムは頼もしくもあり、もどかしくもある。時間は誰にでも平等であり、残酷だ。誰の願いにも応えてくれない。
 しかしどう足掻いたとしても、あと数時間の内に勝敗は決するのだ。

  ***

 肌を凍てつかせるような冷気に、茉莉は長い睫毛を震わせた。寒い。端的なその言葉は、しかし茉莉の心からの叫びでもある。まだまだ寒くなるのだと思うとそれだけで気が滅入りそうだ。茉莉は赤らんだ両頬を格子柄の大判ストールにうずめた。
 11月も半ばの今日、茉莉は古巣である北川第一中学校、通称・北一に訪れていた。
 年季の入った校門を抜け、運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏を背に、慣れ親しんだ校舎をひとり見上げる。公立校らしいコンクリートの校舎には築年分の跡がところどころ残されていて、茉莉は覚えのあるそれらを見つけるたびに安堵に似た色を浮かべた。
 
「ただいま」

 小さくひっそりと呟いた言葉は、当然誰に聞かれることもなく、冬の気配が潜む静寂へと溶けてゆく。なぜかそれは茉莉を妙に落ち着かせなくさせた。ここはもう懐かしい場所であるというだけで、茉莉のいるべき場所ではないということなのかもしれない。
 来客用の靴箱にローファーを揃え、傍に備え付けられているスリッパを履き、姿見に映る制服姿と履物のちぐはぐさに思わず苦笑して、申し訳程度に髪や首元のリボンを整えると、茉莉はようやく人の気配もまばらな廊下へと足を向ける。下校時刻を幾分か過ぎた構内は閑散としていて、特に誰とすれ違うこともなく職員室へと辿り着いた。
 簡素な作りのドアを儀礼的にノックすれば、向こうからもまた入室許可を示す間延びした形式通りの言葉が聞こえてくる。

「失礼します」

 茉莉は立て付けの悪いドアを横に動かし、相変わらず冷暖房が完備されたそこへと体ごとくぐらせる。ああ、ここが楽園か。身に沁みる暖かさにうっとりしつつも、大判ストールとダッフルコートを片手に、茉莉は目的の人物を探して視線をうろつかせる。するとちょうど茉莉の死角になる休憩室から、壮年の男性がマグカップ片手に姿を現した。
 すぐに「あ」と声を零した茉莉と違い、男性の方は黒いブレザーの制服を着こなす目鼻立ちのはっきりした美女の正体が掴めず、二人の間にしばしの沈黙が落ちる。しかし次の瞬間、日本では珍しい色の瞳を確認したことをきっかけにして、男性の脳裏で眼前の美女の顔がかつての教え子のそれと重なり、それと同時にその場に茉莉の二倍ほどの声量の「あ」が轟いた。

「白石か!」

 想定以上の大声にくらりとしながらも、茉莉は気丈に笑顔を作って「ご無沙汰しています」と頭を下げた。

「つい先日、こちらに戻ってきまして。今日はご挨拶に伺いました」
「おー、そうか! それにしても随分と髪を伸ばしたな。一瞬誰かわからなかったぞ」

 誤魔化すように笑った男子バレー部の監督に、茉莉も照れくさそうな笑みを浮かべて応えた。中学時代は肩に届かない長さだった黒髪は今や背中の半ばほどまであるし、緩やかに巻いてあるため、確かに以前とはかなり違った印象を与えるのだろう。親愛なる従姉には太鼓判を押されているので、新しい髪型が似合っていないということはないはずだが、過去の自分との違いを指摘されるのはどこか面映い。
 大きな声を出したため数名の教員たちが懐かしの有名人の来訪に気がつき、室内がにわかにざわめき出すと、すぐに監督が応接間の使用を申し出てくれた。茉莉は是非もなく了承を示す。久しぶりに会えた恩師と気兼ねなく話せるなら、それに越したことはない。
 仕切りを置いて簡易的に作られたスペースで、コーヒーまで淹れてくれた監督に頭を下げ、茉莉は世間話もそこそこに本題に切り込んだ。

「中総体の結果、聞きました。準優勝おめでとうございます」

 そう言った茉莉の裏表のない笑顔に、どうしてか監督は打ちひしがれた表情で視線を落とした。その反応に茉莉は目を瞬かせる。
 なぜ、そのような顔をするのだろう。近年激戦区である宮城県の二位というのは誇るべき結果ではないのだろうか。確かに去年の全国大会出場より一段格は落ちるだろうから、手放しに喜ぶことはできないにしても、そんな顔をするような悲惨さなどないはずだ。それとも去年の栄光の立役者の一人である茉莉が言ったことで、嫌味に取られてしまったのだろうか。 
 困惑に眉根を寄せた茉莉の様子を受け、監督は試合中に見せるような据わった目で、思わず背筋が伸びる緊張した声で茉莉に問うた。

「決勝戦は見たか?」

 それに対する茉莉の答えはノーだ。今回の訪問の目的の一つが、いけ図々しくも、スカウティング用に録画してある決勝戦のビデオを見せてもらうことだったのだから。
 首を横に振る茉莉に、監督は厳しい表情のまま重い息を吐いた。それは監督が試合の正念場でよく見せていたもので、茉莉も嫌な胸騒ぎを覚えて表情を難しいものに変える。

「見ればわかる」

 それだけ言って、監督は席を立った。録画用の機材は部室にあるので、それを取ってきてくれると言う。願ったり叶ったりの申し出に、茉莉は当然積極的にその役割を買って出たが、監督は「決勝の試合を見るまで部員に合わない方がいい」と意味深な念押しで茉莉を場に留まらせた。
 ロンリー・コーヒーブレイクを楽しむにも楽しめなかった数分後、差し出されたビデオカメラ。そこに淡々と流し出された映像に、茉莉は驚愕に目を見開いて絶句する。
 ――なに、これ。
 暖房の効いた室内であるというのに、頭からつま先まで、冷却スプレーを浴びせられたように冷えていくのがわかった。この状態を人は<血の気の引く>と形容するのだろう。
 茉莉の双眸に映ったのは、監督の意味深長な忠告が理にかなったものだと証明する、あまりにも衝撃的な光景だった。

「これ、は……」
「私の指導力不足だ」

 なんとか言葉を絞り出そうとした茉莉を遮って、監督は重々しくそう言い切る。指導力不足。短い言葉に込められた苦悩と悔恨の影の濃さに、茉莉はしばし言葉を失った。
 
「あいつらにも、お前にも、申し訳が立たんよ」
「そんな……」

 茉莉は思わず口を開いたが、なんと続けていいのか皆目見当がつかず、押し黙る。監督はそんな茉莉に失望したりせず、むしろ慰めるような優しい眼差しを向けていた。

「白石がそんな顔をすることはない」
「…………」
「そもそも兆候はあったんだ。それなのに私はそれを甘く見て、支えきれず、御しきれず……あんな結果を招いてしまった。まだ中学生のあいつらがどんな気持ちで毎日部活に来ていたのかと思うと、自分が情けなくて仕方がない」

 敗因は指導者の自分の落ち度にあるとまで言われ、茉莉はますます二の句が継げなくなった。監督の握り拳は力を入れ過ぎて白くなっている。自責の念に震える肩のらしくなさに、茉莉はどうしようもなく居た堪れなくなって、黙って俯き、覆すことのできない過去を記録した媒体を責めるように見た。
 中学生の茉莉も何度か使用したビデオカメラには、茉莉の親愛なる後輩たちが決裂する決定的瞬間が捉えられていた。影山飛雄とその他の面々との間に、誤魔化せないほどの亀裂が入った瞬間。
 試合序盤から不穏な空気は漂っていた。セッターである影山とスパイカーたちとの息が合わず、何度か稚拙なセットミスが見られ、その都度影山が露骨に苛立っているのが感じられた。影山一人が、周囲を顧みていない。求めるばかりで応えようとしていない。そんな印象を与える立ち上がりだった。
 そして第1セット、相手のセットポイント。運命の分岐点。果たして、影山があげたトスに応える者はいなかった。
 間に合わなかったわけではない――端から誰も跳んでいなかったのだ。
 誰にも繋がらないボールが、何に阻まれることもなく地面に落ちた、その音が、あまりにも虚しく、痛ましく、耳の奥で繰り返される。
 あれは無言の拒絶だ。
 した方もされた方も、どれだけ痛かったことだろう。
 茉莉は耐え切れずに顔を両手で覆う。
 茉莉の見たコート全体の映像では、遠すぎて、あの瞬間の後輩らの表情をうかがい知ることはできない。しかし想像には難くなかった。全国大会出場の懸かった大切な試合で、しかも最終学年の彼らがああせざるを得なかったのなら、それだけ追い詰められていたということだ。状況は切迫詰まっていた。無責任な行為だと彼らを批判するなんて、少なくとも茉莉には出来ない。
 ――もうお前にはついていけない。
 聞こえたはずもない声が、耳にこびり付いて離れなかった。

 ***

 ずいぶんと長い間顔を伏せていた気がする。
 ゆるゆると両の手のひらから視線を上げた茉莉の向かいで、監督は弁解の余地などないと強張った顔をしていた。しかしそれでも、両目は揺るがない真っ直ぐさで茉莉を見つめている――ああ、指導者の目だ。中学生の時から、茉莉はこの目を見るたびに身が引き締まる思いがした。茉莉もこの目をして選手たちと相対しなければいけない立場なのだと、何度も自覚させられた。

「……影山、今はどうしてますか?」

 詮無い後悔に苛まれているばかりではいけないと、茉莉はおそらく一番打撃を受けたであろう後輩の名を口にする。茉莉にとっても思い出深い、心底楽しそうにバレーボールに向かい続けていた才能溢れるあの後輩は――仲間に背を向けられたあの子は、一体どうしているのだろう。

「引退してから、部活には顔を出していない」

 監督は努めて平静に言葉を紡ぐ。

「ただ、地域のクラブで練習はしているらしい。高校でも続けるそうだ」

 茉莉は後者の言葉に安堵の息を零した。

「進学先は青葉城西ですか?」
「いや……一応、声はかけてもらったんだが」

 青葉城西高校、通称・青城(せいじょう)は県内で指折りの強豪校であり、また伝統的に北一の選手の大半が進学する高校でもある。つまり北一の選手が青城に進学すれば、自ずとチームの顔ぶれは見知ったものになるということだ。
 それを影山が厭うたとするのなら、彼らの現状は言わずと知れる。

「あの子たち、仲直りできていないんですね」

 他の可能性もあるにはあるが、茉莉はなんとなくそう直感した。監督は否定も肯定もしない。彼は難しい表情で何かを思案した後、ふと思い出したように口を開いた。
 
「そういえば、影山は白鳥沢を受けると言っていたな」
「? 推薦ですか?」

 白鳥沢学園高校もまた県内で知らぬ者はいない強豪校で、特に茉莉の一学年上に在籍する<怪童>牛島若利は全国区のエーススパイカーである。セッターの影山がそんな大エースにトスを上げたいと思うのは、確かに当然の希求かもしれない。さらに厚い選手層に加え、白鳥沢は指導も設備も一級品だと聞く。良い環境には良い人材が集まるものだ。バレー選手として突出した才を持つ影山が惹かれるに十分な要素が白鳥沢には揃っている。
 ――でも、今の白鳥沢のプレーを見る限り、あそこの方針と影山の希望はそぐわない気がするんだけどなあ。
 先日観戦した決勝――白鳥沢対青城。あの試合を見る限り、今の白鳥沢では、影山の持ち味である強気なセットアップは宝の持ち腐れとなるだろう。先方とてそんなことは重々承知だろうに、それでも推薦枠を寄越したのだろうか。
 ――求められてるのはセッターとしての影山より、影山の総合力なのかな。
 影山のセッターとしての能力は他の追随を許さないほどだが、それはイコールでその他の技能が凡庸であることを意味しない。むしろ全ての分野において影山は人並み以上に秀でている。どのポジションをもカバーし得る才覚は、なるほど、王者と讃えられる白鳥沢が欲してもおかしくない。
 しかし、監督は茉莉の疑問に首を横に振った。それはつまり、影山が推薦ではない方法で白鳥沢を受験するということだ。より詳細に述べれば、あの超難関と言われる一般受験を自力で突破しようとしているということだ。
 簡素な造りの応接間に、言葉にし難い沈黙が落ちる。
 周知の事実ではあるものの、あえて言葉にしていいものか。茉莉は悩んだ。逡巡の末、無言の間の気まずさを紛らわすためにマグカップへと手を伸ばす。しかしそれはすでに空っぽで、茉莉は仕方なく引きつった口元のまま言葉を探した。

「白石、みなまで言うな」

 脳みそをフル回転させ、なんとか無難な言葉を頭の辞書から引き出そうとしている茉莉に、監督が力ない声をかける。考えただけで頭が痛いとばかりに額を押さえた監督に、茉莉も苦笑いを浮かべることしか出来ない。

「白鳥沢は県内一の進学校ですからねえ」

 文武両道を掲げる名門白鳥沢と、文の一文字に著しく欠けた影山。正直に言えばかなりミスマッチだ。それは同じく名門である青城との組み合わせにも言えることだろう。
 そこでふと思い浮かんだ素晴らしい考えに、茉莉は大きな瞳を輝かせた。

「影山をうちに誘おうと思います」
「うち?」

 急な申し出に目を瞬かせる監督を、茉莉は身を乗り出して見つめる。

「烏野です。県立烏野高校」

 それを聞いて、監督は茉莉の制服姿に改めて目をやった。青葉城西も白鳥沢も私立校らしい白のブレザーを採用しているが、目の前の茉莉はそれらと対照的な色に身を包んでいる。てっきり――部活のことを差し引いても――学力的に分相応なその二校のどちらかに行くとばかり思っていたのだが、と監督は内心首を傾げた。
 その一方で、監督は引っかかりを覚えた時の怪訝な顔で茉莉を見遣る。
 
「……あそこは、烏養先生が辞めてからはさっぱりだろう」

 監督の声には明らかな懸念の色が混じっていた。指導者としては当然、影山という天賦の才の持ち主を、現状芽のない学校になどやりたくないのだ。
 それを察した茉莉は逸る心を諌め、思いつきを口にした時よりも幾分か落ち着いた態度を取り戻す。
 
「そうですね。今年のIH予選も春高予選も、結果はあまり芳しくありません」

 ですが、と続けた茉莉の瞳は、強い輝きを持って先を見据えていた。
 影山の神がかった超絶技巧。恐れを知らない攻撃的なセットアップ。それがコートを縦横無尽に飛び回るあの小さな雛鳥と合わされば、烏野はきっともっと高みへ飛んで行ける。群れで互いの足りない部分を補いながら、<落ちた強豪・飛べない烏>などともう誰も口にできなくなるほどに、高く、高く、どこまでも遠くへ。
 これは奇貨だと、茉莉は彼の後輩を貪欲に欲した。まだ不確かにぼやけて見える未来は、影山という逸材の確保により、その輪郭をより明瞭にするのだ。

「烏野は、白鳥沢よりもずっと、影山を活かせるところです。――いいえ、私が必ずそうしてみせます」

 自信に満ちた眼差しで言い切った茉莉に、数瞬の間をおいて、監督はその厳(いかめ)しい表情をふっと和らげた。その顔に浮かぶのは信頼。それは、有言実行を信条としてきた茉莉と鬼監督が、二年の月日を費やして築き上げた関係そのものだ。
 監督の口を思わずという風に滑り出た言葉には、どこか安堵の色さえ滲んで聞こえた。

「白石がそう言うなら、大丈夫だろう」

 結露で僅かに曇った窓の向こう、大樹の枝から一枚の紅葉がひらりと枯れ落ち、空を舞う。赤く深く色付いた秋の夕暮れに、しわがれた鳴き声が木霊した。
 烏は列なり飛んでゆく。
 その先にどんな景色があるのかを知らず、それでも何かの前兆を予感して、ひたすらに求め、高く、先へ、飛んでゆく。
 


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