半年もあれば私の横に彼女がいないことにも慣れてくる。ただいつまでも気持ちが晴れないだけで。後は、時々どうしようもなく虚しくなるだけだ。
雨が降り続けるマップのせいで視界が悪かったのが原因だと思う。それにカメレオンのせいで気づけなかったし仕方ないんじゃないかな。
別に、言い訳を考えるこの動作に意味などはない。
『トリオン供給機関破損 緊急脱出』
柔らかいマットの上に体が落ちた。ボスっと間抜けな音を出して空気が抜けていく。暫く天井を見つめていたが何もしないままでいると二宮さんに怒られるかもしれない。それはなるべく避けたいので体を起こし頼り甲斐のある後輩に声をかけた。
「ごめん氷見ちゃん」
「気づかなかった私の責任です。橘先輩が謝ることではないです」
氷見ちゃんはそう言ってくれるが二宮隊で一番緊急脱出の回数が多いのは私だ。別に狙撃の腕が下手ということではないのだがチーム戦になるとどうしても体がうまく動かない。
切り替わったモニターに映った犬飼の姿に眉をひそめた。あれが始まったのは未来がいなくなった日から四ヶ月程経った頃だった。
「ねえ咲耶って今ソロだし狙撃手だしさ、うちの隊入らない?」
親友がいなくなった上、隊が解散したせいで荒れていた私を見かねてかなんなのか、その日から犬飼は何度断ってもしつこく私を誘い続けた。
迅さんに聞いても笑うだけ、二宮さんに言っても「好きにしろ」の一言、辻に話しかけようとしても逃げられ、氷見ちゃんは曖昧に微笑むだけ。先に折れたのは私だった。
「わかったって! 入ればいいんでしょ……」
「そ! じゃあ入るための条件ね」
「条件?」
ニコーッとお手本のような笑顔で笑う犬飼とは反対に私は口角を上げる事すらしなかった。
あれだけそっちから誘っておいて条件を出してくるとはやっぱりこいつは図々しい。
「人を撃たないで」
「……どうして」
狙撃手の仕事は遠方からのチームの手助けだ。
「人を撃てなかったら狙撃手の意味ないじゃん」
「でもさ咲耶ハトがいなくなる前までは人撃たなかったじゃん」
「たまたま……でしょ。未来じゃあるまいし人くらい撃ってたよ」
見透かすような犬飼の目から逃げたくて吐き捨てるように言った。ナイフで抉られたのかと錯覚するほど私にはその言葉が深く突き刺さった。
「じゃあ言い方変える。ハトがいた時だけ撃たなかったでしょ」
上手く息が吸えない。こいつは悪魔の生まれ変わりなのか。明らかに動揺している私を気にもせずに喋り続ける犬飼に腹が立ってその澄ました顔を殴ってやろうかと思った。
「別に責めてるとかじゃなくて俺はーー」
「橘さーん!! 」
「うわぁー……」
呼ばれた方を振り返れば予想通りいつもの二人組だった。まだバクバクしている心臓を落ち着かせるために深く息を吐いた。
犬飼もこれ以上話す気はなくなったようで「明日迎えに行くから」とだけ言い残して去っていった。
「あーなんかお邪魔しちゃいました?」
「いや全然。それでどうしたの?」
「模擬戦してください!」
弾バカと槍バカはいつまでも健在らしい。しかし狙撃手と攻撃手では不利というか模擬戦の意味があまりない気がするのだが。
「ダメっすかね?」
後輩という生き物は先輩の天敵といってもいいと思う。お願いをされてしまえば多少の無理をしても叶えてあげたくなるしつい世話を焼きたくなる。未来のお節介焼きが移ったのかな。
「一人三回までだからね」
「やったー! さすが咲耶さん!!」
一回勝てたら良いかなと思っていたのに犬飼のせいで鬱憤が溜まっていたのか六戦中四勝できた。
「ポイントありがとね、弾バカ君槍バカ君」
「今日の咲耶さんハンパなかった」
「今までで一番強かった」
戦闘中でも犬飼のあの言葉が頭から離れなくて、否定するために無心で供給機関を狙ったのは誰にも言えない。
「橘」
抑揚のない冷たい声が頭に響いてハッとした。声をかけたのは二宮さんだ。考え事をしている間にもう終わっていたらしい。
「はい。……あの、今日はすいませんでした」
二宮さんから一度も怒られたことはないがどうしても強張ってしまう。私の緊急脱出の回数は目に余るものがあると自分で思うしそろそろ怒られるんじゃないだろうか。
未来がいなくなるまでは普通に接していたのに今は目を合わせることすらできない。
「……明日は任務が入っている。忘れるな」
「はい。分かりました」
一度二宮さんにお辞儀をしてから氷見ちゃんに声をかけた。犬飼が何か言いたそうにこちらを見ていたがこれ以上ここにいると窒息死しそうで、荷物を引っ掴んでさっさと廊下に出た。