歩幅は二宮さんに合わせて大きく。無駄な話は一切なし。遠回りはせず最速で家に着く道を選ぶ。この三つさえ守ればなにも起こらずに家に帰れるはずだから。大丈夫。落ち着いて。
いくら考えたところで私には隣を歩く二宮さんがなにを考えているかなんて分からない。
来馬さんに送って行きなよと言われた二宮さんは暫く無言だったが私がどうしようか戸惑っていると「帰るぞ」と一言だけ発し外に出て行ってしまった。
鈴鳴支部からずっと私と二宮さんの間には一メートルの間がある。バクバクと心臓はうるさいし頭の中は真っ白だけど、二宮さんの隣を歩くことを苦痛に思わないのはきっと私がまだこの人のことを嫌いになりきれていないから。
「あ」
普通は聞こえないくらいの、不意に漏れてしまった本当に小さな呟きはこの静かな空間では隣を歩く人の耳にしっかりと入ってしまうもので、二宮さんの顔がこっちを向いたのが目の端でしっかりと見えた。
「なんだ」
「いえ! 何もないです」
「……そうか」
猫がいただけだから二宮さんに言うほどじゃないと思ったけど言った方が良かったかな。
いつもと同じだ。私がはぐらかしたら必ずそれ以上は追求してこない。犬飼とは正反対。けど、二宮さんの気遣いは優しすぎていつも苦しい。
「咲耶はさ、結局周りに甘えてるんだよ」
迅さんにそんなことを言われたのはいつだったけ。確かーー何度も犬飼に誘われてイライラしてしまって、思いっきり怒鳴ってしまった時だ。
「何ですか急に」
「咲耶が自分のことで精一杯なのは分かるけどもうちょい周りを見てみろってこと」
「さっきのことで私に説教してるんですか? ならちゃんと犬飼には謝りましたし、迅さんには関係ないです」
今考えたらすごい馬鹿で失礼なことを言ってるわけだけど、あの時は本気で思っていたから本当にどうしようもない。
「そーじゃなくて。鳩原が居なくなったのはお前だけじゃないだろ。犬飼だってチームメイトが居なくなったんだ」
「そう、ですけど…….」
「咲耶はそれだけじゃないけどさ。辛いのはお前だけじゃないんだ。あ、周りに甘えるなって言いたいわけじゃないからな」
「違うんですか?」
「甘えてることを自覚しろってこと。咲耶が辛いのはみんな分かってるからどれだけ甘えても誰も怒らないさ」
あの時迅さんにはどこまで視えていたのだろう。というか二宮さんは甘えてもいい人に入っているのかな。
「……あ、の二宮さんは…私が……人を撃つのは、嫌い、です…か」
喉に声が張り付いて外に出て行かない。心臓は今にも破裂しそうだし唇も手も震えてる。二宮さんは黙り込んだままで呼吸すら上手くできない。
少しだけ視線を上げると思いっきり目が合って確実に口から心臓が出たと思った。
二宮さんと目が合うなんていつぶりだろう。
「お前はどうしたいんだ」
「え、私が…ですか」
分からない、とすぐに返事することもできたけど二宮さんの問いへの答えには正しくない気がした。多分私が何と答えるかは、二宮さんと私にとってすごく大事なことだ。
そもそも私が人を撃たなくなったのはとても単純な理由だ。「未来が人を撃てないから」。それだけ。未来は撃つのが怖いと言っていたけれど私がそれを理解できたことは一度もなかった。
未来が怖いと感じることとは逆に私は何も感じなかった。ゲームのような楽しさを覚えるわけでもなく未来のように怖いと感じることもなく。私のSEが関係しているのかは分からないが、そのせいで未来に共感することもアドバイスすることもできなかった。
それから未来がボーダーにいる時は絶対に人を撃たなくなった。何故か、撃ってはいけないとそう思ったのだ。なるべくバレないようにしていたけど当真やユヅルは気づいていたし、ユヅルに至っては理由まで聞いてきたものだからすごく困った。
「人を撃つことを躊躇ったりはしません。人を撃たなかったのは未来が撃てなかったからですし」
二宮さんは何も言わずに話しを聞いていた。
「けど未来が居なくなってから人を撃つと……安心できるんです。自分に言い聞かせれるというか」
同時に怖くもなる。毎日人を撃つなんてそんなことなかったから。もうここに彼女が帰ってくることはないのだと、底なしの絶望感に襲われるから。
「どっちがいいのかは正直分かりません。どっちも楽だしどっちも苦しいので。……すみません。ハッキリしてなくて」
「いや……お前の好きな方を選べ」
二宮さんとこんなに喋るのは半年ぶりだ。緊張は大分和らいで前のようにとは言えないけど少し戻れた気がする。
「ただ、苦しくなったらすぐに言え。俺に言いにくいなら犬飼でも辻でも氷見でも誰でもいい」
頭の上に一度だけ乗せられた手は大きくて温かくて、ほんの少しだけ泣きそうになった。