中傷者を出しつつも戦線離脱者は零。
次で9戦目。敗北の兆しは無さそうだと平野に伝えると力んでいた肩が少しだけ落とされた。
「良かったです…」
「皆、戦場に慣れてきたみたい」
「油断は禁物ですよ」
平野が再び張り詰める。彼の言うことはごもっともだった。
***
連隊戦初陣、惜敗を戦績に刻んでから早3日経った。
超難の想定以上だった戦場切り替えも敵の部隊編成もわれてしまえば、対策は簡単に取れた。
第三部隊はそのままに、第一部隊と第二部隊の変更を行い、部隊を入れ替えるベストなタイミングを試行錯誤。
その結果、全員無傷とはいかないが10戦目までいけ勝利することが出来るようになった。
編成、交代での対策はすぐ取れたが早々に埋まらないのが相手との純粋な戦力差。
難までなら苦戦は強いられないけれど超難の敵の強さは別格で今のうちの戦力では一部の者しか超難には臨めなかった。
全員出陣してもらうつもりだったのに自分の慢心により、期待させてしまって申し訳ないと謝る私にそれならば自分達は自分達の出来ることを精一杯やるとすぐさま返されたときは号泣ものだった。なんで皆そんなに良い子なの。全員抱きしめたい。
固定になってしまった連隊戦メンバー以外は日課の遠征と出陣、内番等を積極的に行ってくれている。
部隊交代の指示をするために執務室に篭りがちな私に茶を出す係なんかもいつの間にか出来ていた。
9戦目も勝利し、いよいよ10戦目。
平野が置いた湯呑みを取り、一服する。程よい温度で口に入れた茶は気温により冷えていた身体に心地良い温もりを与えてくれた。
最高練度の者達でも敗北を記した敵がいる、後方支援のメンバーの間に初陣後その話が広まった。
自分達より練度上なアイツ等が勝てなかった敵がいるなんてと闘志が高まる者もいたが大半が言いようのない不安をその胸に宿した。
特に短刀達は如実で勝利を持ち帰るようになった今でも超難に出陣している最中はどこか落ち着かない様子だ。
そんな中でも平野は群を抜いていて出陣中、その身を常に張り詰めさせながら私の隣にいることが多い。
政府からの報酬の最高値は御歳魂10万。まだまだ目標値は遠い。やるからには全力で方針なので10万を達成するまで連隊戦には出陣し続けるだろう。
その長期間ずっとこのままでは平野が倒れてしまう。
本人に直接言っても「大丈夫です。お気遣い感謝します」の一点張り。
どうしたものかと彼の兄と頭を悩ませている。なにか息抜きになることでもあれば良いのだが…
「あ。平野、見て」
平野と共に画面を覗く。
白人戦。最後の敵を倒し、誉をとったのは骨喰だった。
「誉、骨喰がとったよ」
「骨喰兄さん流石です!」
「ね、かっこいいね」
「俺達は大丈夫。だから心配はいらない」とどこか平野に似た言葉が聞こえた気がした。
***
「失礼する」
出陣部隊の帰還を平野と一緒に待っていると障子越しに見えた影。
返事を返す間もなく、開けられた襖から現れたのは先の戦いで誉をとった骨喰だった。
「おかえりなさい、骨喰」
「お疲れ様です」
「あぁ、戻った」
軽く交わされた帰還の挨拶の後、渡されたのは一枚の紙。
「先の戦績と報酬だ。隊長から預かった。続けて出陣してくる。通行手形をくれ」
「わ、わかった」
通行手形が閉まってある棚へ向かう。
私が引き出しを開けるとき、平野が骨喰へ声をかけた。
「本日の出陣はお止めになられてはどうでしょうか?」
「何故?」
「先の出陣で4度目です。そのように連続で出陣していたらお体に障ります」
「大丈夫だ、問題ない」
「でも、」
淡々と返す骨喰にたじろぐ平野。
平野の言う通り、今日はもう4回出陣している。しかも休憩なしの連続出陣。持っている手形を渡してしまえば通算5回目になる。
このまま出陣するにしても一度、休憩は取るべきだろうと押され気味の平野を援護しようと口を開く前に言葉は骨喰に殺された。
「兄弟、その情は無用だ」
「無用…」
「三部隊とも疲労はないし、士気も落ちてない。油断もしていない。全部隊勝利を収め魂の収集もしている。心配する必要など何処にもない」
「中傷者や戦線離脱者が絶えないと聞いております!」
「戦で怪我を負うのは当たり前のこと。それに怪我をしても帰還する際に癒える。この戦で折れる可能性は皆無だ」
「しかし破壊しきれない刀装を持つ敵や高速槍など倒せない強敵がいるともっ!」
熱くなる平野の言い分を物ともせず返す骨喰。
いつも冷静で大人しい平野がここまで声をあげてるのは初めてみた。自分の未知との敵と戦っている仲間のことを心配していたのがよくわかる。兄弟ともなれば尚更。
そんな平野に対し、骨喰はどこまでも平常だった。
「敵を倒すだけが戦じゃない。完全に倒しきれなくても総合的に比較して損害の少ない方が勝つ、それが戦だ。初陣は此方側の損害が大きかった。でも今は零とは言えないが少量の損害で勝利を収めている。それは全部…」
骨喰が横目で私を見る。細められた瞳にどくりと心臓が一跳して持っている通行手形を反射的に握りしめた。
「主のためだ」
俯きがちだった平野の顔がその言葉により勢いよく上がる。
2人の大きな目がしっかり合うのがわかった。
「全部隊が主の為により良い戦果を求めている。この本丸の奴等が主のために躍起になるのはよく理解しているだろう。先輩」
平野のことを兄弟ではなく、先輩と言った。
陣営関係なく、自分よりも本丸に先に来た者を先輩、自分より後に来た者は後輩と呼ぶ制度がいつの間にか出来ていた本丸七不思議の一つ(因みに紅白陣営もその一つ)である。
平野に最初とは違った雰囲気が張り詰めたのを感じた。
「今回、紅白陣営関係なく連隊戦に挑むことになった。それについて異議はないが今までと比べると競い合う相手が敵だけなのはつまらない。ならば、俺達出陣部隊が此度、競う相手はお前達だ」
少し張り上げた骨喰の声は空気の入れ替えのために開けられていた中庭側の襖を通り抜け響く。
風が吹いてないのに茂みが揺れたり、廊下からぎしりと軋む音が聞こえた。
「後方支援に勤めてくれたお前達の成果を上回る戦果を出す。主のためにも、お前達のためにも…負けない」
骨喰の声だけが波紋のように広がる。
彼がこんなに喋るところも初めてみた。本当は多弁だったか。それとも伝えたいことが多かっただけなのか。私には判断しかねないが一つだけ、わかったことがある。
それは、
「僕も…いえ!僕達も負けません!」
骨喰が伝えたかったことが平野に届いたこと。
あの軍議のときのように彼の瞳には光が散っていた。
「あぁ、負けないぞ。兄弟」
「はい、骨喰兄さん」
そう言って笑う平野のを見たのは久しぶりだ。私と彼の兄が心配していたことは骨喰が見事解決してくれた。本日の誉は間違いなく彼である。
「心配は無用だと言ったが、気持ちは嬉しかった。礼を言う」
平野の頭を撫でるその手はとても優しい。存分に彼の髪の触り心地を堪能し終えた骨喰は軽い挨拶し合って立ちっぱなしだった私の元へ来た。
「主。通行手形」
「えっ!あ、はい。これ!」
私から通行手形を受け取ると彼はそそくさと執務室から退室しようとする。
一瞬、惚けたが遠ざかる背中に声を飛ばした。
「頑張ってくれてありがとう!でも休憩なしは流石にキツイだろうから次帰ってきたら出陣は一旦休憩!主命だよ!」
骨喰はこちらを振り返ることはなかった。返事をすることなく、ただ右手をあげて曲がり角へ消えていった。