骨喰に渡した通行手形により、本日5度目の出陣が始まる。
指示の準備をしようと定位置に着こうとすると見える身体。
俯きながらも骨喰から撫でられた箇所に手を置いて笑う可愛い平野の隣。
引き締まっているであろう体格がよく分かる戦装束を身に纏い、私の湯呑みを上品に啜る彼はうちにはまだいない筈の、
「茶が冷めているな。緑茶は熱い方が美味いだろうに」
「鶯丸!!?」
私の声と隣から突如聞こえてきた声、両方に驚いた平野の顔は鳩が豆鉄砲を食ったようだった。
***
「やはり緑茶は熱いのに限る。冬が寒いものとは知っていたが実際に感じると違うものだな。大包平にも教えてやりたいものだ、なぁ平野」
「そ、そうですね。鶯丸さま」
平野が入れ直してくれた茶を一服して縁側から中庭を愛でている彼は我が本丸新参者、鶯丸だ。
縁側で寛ぐ姿はすでに古参並である。本当は随分前から本丸に居たのかと疑ってしまうほどの馴染みっぷりであった。
突如現れた鶯丸に動揺するも、始まってしまった連隊戦。
彼の相手を平野に任せ、とりあえず出陣に集中した。やってきた10戦目。最終戦の勝利を見届けてたからタブレットの電源を落とした。
出陣も私も一旦、休憩タイムだ。
座布団を鶯丸分用意して部屋の中に招く。
私の隣に平野が座り、前に鶯丸が着くのを見届けると話を始めた。
「お待たせしました。えっと、鶯丸さんで宜しいでしょうか?」
「あぁ。古備前の鶯丸。名前については自分でもよく分からんが、まぁ宜しく頼む」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
口上の結びを無事終える。これで正式に鶯丸はうちの本丸の刀剣男士となった。ふうと一先ず息をつくと平野からお茶を差し出された。
礼を言って一口。淹れたての熱いお茶を頂く。身体に廻る熱により、落ち着きを取り戻した。
「それで鶯丸さん、まずお伺いしたいことがあるんですが…」
「堅苦しいのは性に合わん。気軽にしてくれ」
「…えっと、じゃあ遠慮なく。鶯丸はいつからここに?」
一番疑問に思ったことを聞いてみた。骨喰を見送り、振り返ったらすぐいた鶯丸は一体いつからこの場にいたのだろうか。
「いつからと言われても、俺は最初からいたぞ」
爆弾発言に力の抜けた手から湯呑みが滑り落ちる。
中身を溢れることなく、湯呑みをキャッチした平野は長谷部並の起動の速さだ。
「ひ、平野気付いてた?」
「いえ…。お恥ずかしながら気付きませんでした」
偵察値の高い平野に気付かれないまま隣に座るなんて芸当が、起動値も偵察値も高くない太刀に出来るものなのか。もしかして、と自分の考えに背筋が凍る。
考えを追い出すように頭を振っていると平野が言葉を続けた。
「隣に気配がしましたが、無害なようだったので気にしていませんでした。まさか、鶯丸さまだったとは気付かず…」
「お待たせしてしまって申し訳ありません」と謝る平野に「気にしてないさ」と鶯丸が笑う。
「平野とはそれなりに共にいたが、あんなお前を見るのは初めてだったぞ。鶴丸じゃないが、良い驚きだった」
「恥ずかしいのでやめて下さい…」
穏やかに笑い、茶を嗜む鶯丸と羞恥に顔を赤らめる平野。2人は旧知の仲なのだと歴史に疎い私でも分かった。
2人から醸し出される雰囲気にマイナスイオンを感じる。
新たな私の癒しを発見した。
「気付かなかったってそういう意味だったんだね」
「はい、骨喰兄さんとの話に集中していたのもありますが失態です。お付きの者としてはお恥ずかしい限り…」
「無害かどうかの判断まで出来るなんてやっぱ平野は頼りになるね!」
「そんな!も、勿体無きお言葉!精進致します」
更に頬を染める平野は彼自身が短刀達で栽培しているトマトのようだった。
鶯丸が最初からいたのならば、連れてきたのは間違いなく骨喰だろう。
彼から受け取っていた報告書に目を向ける。
そこにはいつも通り簡単にだが明確な戦績が纏められていた。最後の文章に【御歳魂数1万突破。報酬は鶯丸】と記されている以外は。
「書いてあるんかい!」
報告書にきっちり記されてあるけども、一言連れ帰ったぐらい言って欲しかったかな、骨喰!そんな思いの現れからか手の中の報告書がくしゃりと歪んだ。
連隊戦の最大の目的。御歳魂集めにおいて。実は現在状況を知らされていない。
最初は超難クリアへのリベンジに燃えていて気にするところではなかったというのが本音だが、編成変更により安定して勝利出来るようになってからは流石に気になり始めた。
しかし確認しようにもどうやらその御歳魂、実体を保っていられるのが何故か戦場でだけみたいで本丸に帰ってくると消えてしまうらしい。
数は政府側が管理し、達成数に応じての報酬が配られる。
政府だけじゃ不安だと頼れる我が初期刀様と帳簿係を自身で担っている長谷部がカウントをしていると聞いたけど彼等にいくら尋ねても教えてくれなかった。
本人達曰く、「俺達から主へのサプライズプレゼントってやつでーす!」らしい。
一回の出陣で収集できる数と連隊戦終了日を基に1日のノルマ表まで作る長谷部の優秀さ。
出陣だけでも大変なのに何万を超える魂数えなんてしなくていい、私に任せてくれと長谷部に伝えるも「主は何もお気になさらず、全て俺にお任せください」と何度言っても聞き入れてもらえなかった。
「せめて何か褒美を、」と言うと「では、…」と長谷部が頼んだものは週に一度、私とお茶をする時間だった。勿論と即答すると嬉しそうに笑った長谷部はとても可愛いかった(因みに皆には内緒らしい。何故かは知らない)。
という訳で報酬についての詳細も知らないダメな審神者である私は御歳魂関係について一切知らないのである。
資材やら、小判、団子などうちの本丸に足りない物が次々と持ち帰られてくるのは知っていたがまさか刀までも報酬に入っているとは思いもしなかった。しかもレア4と呼ばれる希少な太刀。
「これは驚いた…」
「あぁ。俺もだ。平野はこんなに赤くなれるんだな。きっと大包平も驚くに違いない。鶴丸の奴もいたらそう言っただろうな」
多分というか間違いなく、私と鶯丸の言う驚きは同じではない。
否定するより先に聞き覚えのある刀について聞いた。
「さっきから鶴丸の名前が出てるけど鶯丸は鶴丸とお知り合い?」
「あぁ。奴ともそれなりに長い間、共にいた」
鶯丸の入手番号は40番。白陣に配属されるだろう。見た目通り鶴丸は白陣営だ。同陣営に旧知の仲がいるのは新参者には心の拠り所になるだろう。
鶴丸にもやっと同陣営の後輩が出来るし、鶯丸のことは鶴丸に任せようと決める。考えが纏まったら後は早い。
「平野、鶯丸に本丸の案内をしてあげて。それが終わったら陣営のこととか色々鶴丸に説明してくれるように頼んでくれるかな」
今日は畑当番だから多分畑にいるはずと平野に伝える。
彼は「はい」と応えた後、少し眉を寄せた。
「どうした?」
「いえ、喜んで拝命させていただきますが、少々不安が…」
「不安?」
「鶴丸さまだけに説明を任せるのは些か…」
言葉を濁す平野の「あー…」と苦笑いで同意する。確かに鶴丸1人ではきちんと説明しきれるか不安だ。
年の功か常識や礼節はしっかりしている驚きお爺さんは、冗談に関しては常識がない。嘘か疑わぬくらい上手いこと良い塩梅の嘘を話に混ぜる彼に新刃の全てを任せるのは冒険に出すぎか。
「平野も一緒にいてあげて。鶴丸が違うこと言ったらすぐに正せるように」
「はい!お任せ下さい!」
分かりやすく表情が晴れやかに変わった平野は茶をとうに飲み終えていた鶯丸の手を取り、執務室を出る。お役目を任されたこともあるが、鶯丸と話せるのが嬉しいと全身から気持ちが溢れている。短刀達のこういう幼い一面は見ていて、とてもほっこりする。
「行ってらっしゃ〜い」
ひらひらと軽く2人に向けて手を振る。
平野に手を引かれた、鶯丸の髪に隠れた右目と目が合う。
「もう少し君とゆっくり語りたかったんだがな、主」
主。縁を結んだとはいえ、来て間もない彼からそう呼ばれたことに胸の辺りから茶の温もりとは違うぽかぽかしたものが身体中に廻る。これが心が震えるということなんだろうなと手を握る。
「お話なんてこれからいつでも出来るよ。またここにおいで」
「分かった」と茶を嗜んでいるときとは別の笑みを浮かべ、平野と共に曲がり角の向こうへ消えていった彼はもうとっくにうちの子になっていた。