鶯丸と平野を見送り終わると電源を落としたタブレットを再起動する。
黒い画面が一気に発光するのを眺めながら、慣れた手つきで操作を進める。
見慣れた数字の羅列を押し、プルルルルと定期的になる電子音が途切れるのを待つ。
電子音が途切れ、「はい」とタブレットから声が聞こえるのと「出陣部隊が帰ってきたぞ〜うわぁ!」という御手杵の声の後、ぼちゃんという音が同時に聴覚を刺激した。



***

「鶯丸、どうぞ」
「あぁ」

縁側で中庭を眺めている鶯丸のそばに茶と厨から貰った茶菓子を置く。
早速、茶を飲む彼の横に座る。
星が散らばる空を見上げ、さっきまでのことを思い返してみた。

休憩を挟んでからも出陣した回数、5回。本日の連隊戦出陣回数は合計10回を記録した。結局、今回も1万を超えたこと以外は御歳魂に関する報告は受けなかった。
出陣メンバーを労い、改めて鶯丸を連れてきてくれた礼を言う。
頑張ってくれた皆へ私が出来たのは光忠と歌仙といった料理が得意な者と一緒に少しだけ豪華な夕餉を振る舞うことだけだった。
いつもより数品多くなっただけの夕餉は鶯丸を全員に紹介し、和やかに終わった。
その後の軍議(軽めの戦績報告会)は通常通り陣営に分かれて座したが議論の対立は出陣部隊vs後方支援部隊となった。
骨喰が言っていた通りで正式に出陣メンバーから布告があったのである。
彼等は出陣部隊は全ての報酬を私に献上するまで出陣する。しかし貯蓄してある小判が減少するのはいただけない。だから俺たちが出陣する分を遠征先や日課ででる政府の支給から賄えと、簡単に纏めるとそう主張してきたのだ。


「最終日に集計して小判数が減ってたら、俺等の勝ち」
「逆に増えていたらそっちの勝利。ね?簡単でしょ?」
「普通にこちら側が不利じゃないですか」


可愛い顔して煽る加州と安定を視界に入れず、冷静にそう言う宗三。

出陣側のこれからの出陣ノルマは1日12回。政府からの支給で6回分は無料だが残り回数分は自腹だ。
通行手形3枚セットで1000両。1日に2000両は確定で消費される。
対して支援側は日課をこなして確実に手に入るであろう600両分を差し引いて1日に1400両以上、稼がなくてはいけなくなる。遠征による小判の回収などいわば運だ。
宗三の言う通り、支援側が不利じゃないかと私も思う。


「なんだ、籠の鳥は自信がないのか?」


比較的、穏やかな宗三の瞳がぎんっと鈍く光った。細めらた視線の先、ドヤ顔の長谷部が笑う。


「たかが1400両稼ぐこともできないのか」
「…うるさいですよ、貴方だって遠征先の小判収集率はご存知でしょう」
「俺なら…」


私の方へ向き直る長谷部が柔らかだが確固とした意志のある藤色の目が笑う。その顔は、


「そのくらい造作なく成し遂げてみせます、主」


例えば金刀装を拵えたとき、遠征先で大成功を収め、大量の資材を持ち帰ったときに彼が見せる、


「どうぞ、出陣以外も長谷部をお使いください。必ずや貴方の期待に…」


自信たっぷりに満ち溢れた笑顔だった。


「ふ、ふふっ…」


長谷部に思わず見惚れていると上がる声。


「上等ですよ、受けてやろうじゃないですか、その勝負!敗北した際には嘸かし愉快な芸を披露してくれるんでしょうね、芸者犬様は!」
「よう言いやったがやき!宗三!わっしも加勢するぜよ!」


「あそこまで言われちゃ、やらないわけにはいかないよね。伽羅ちゃん」
「ふん、勝手にしろ」


「まったく…風流ではないね」
「歌仙…。指を鳴らすのも風流、ではないと思う」


宗三に感化された陸奥守を筆頭に上がる支援組の声。
それを見て、含みありげに笑みを描いた出陣組。
あぁ…この流れは、と思っていたら案の定、広がる言い合い。
特に騒がしい中でも一際目立つのは長谷部と宗三の煽り合いだ。


「誰が芸者犬だ、貴様ァ!勝負事の前に押し切るぞ!」
「なにが出陣以外もお使い下さいですか、こんな短絡的な煽りに応じるから馬鹿なんですよ、貴方は!だから中傷になるんです!」
「貴様こそ遠征を日課分こなしただけで疲れただの休憩をくれだの、夕餉をしっかり食べないからそんな軟弱なんだ!今の3倍以上の量を食え!そしたら体力も増えるだろう!」
「貴方の食欲と化け物なんですから同じにしないでください!だいたい、」


君達、私ちゃんと知ってるからね。本当は月に2回一緒に月見酒してるの目撃してるからね。
その他にも白熱する両者の主張。
競い合う相手がいるのは確かに良いことだと思うが彼等のは熱が入りすぎではないかと毎度この争いが起きる度に思う。姉の本丸の刀剣男士達は全員が和やかなのに。これもやっぱり個体差かなと苦笑した。
最終的に軍議は強制的に終らせたが思い出しただけでなんだか疲れた。
今頃それぞれ作戦会議しているであろう両組を思い、自分の肩を揉む。

横目でちらりと彼を見る。鶯色に覆われた髪から彼の表情を窺うことはできない。
なかなか本音が見えない人。
半日、鶯丸を見ていた私の感想である。
彼は穏やかに笑むばかりで喜以外の感情を表に出さない。
まだ来たばかりだからと言われれば仕方ないが、彼は新参者が初見で確実に驚くであろうあの軍議の有様を見てもただ1人優雅に茶を啜るだけだった。
同じ平安刀の鶴丸や岩融ですら驚愕したのに顔色一つ変えなかったのだ。
これは驚きだな、今日で何度鶴丸のセリフを借りたことだろう。大半が鶯丸関連であることは確かである。
笑顔は好きだ、ずっと見ていたいしこちらも幸せな気持ちになる。
でも折角、人の身を得たんだから色んな表情の鶯丸を見たいと思うのはまだ早すぎることなのだろうか。
彼に倣い、茶を啜る。小腹を満たす程度に持ってきた茶菓子にかじりついた。


「どう?うちの本丸は」
「賑やかだな。こうして静かに茶を飲める時間は主の側でしか過ごせそうでないと思うほどに」


言葉に隠された彼の真意は良か不可か。どちらなのだろう。


「…騒がしいのは嫌い?」
「いや、嫌いではない。ただ静寂も好きなだけだ」


湯呑みをなぞる鶯丸の指先は優しい。彼にとっては場の空気も物も総じて愛でる対象なのだろう。
慈愛深い神様。そんな彼の微笑以外を拝みたくて堪らない。


「俺はいつから出陣だ?」
「まだ先かな。連隊戦が終わるまでは内番とかで本丸に慣れてもらうことが優先になると思う」
「そうか」


聞いていて気持ちの良い音がたつ。飲み干しなくなった湯呑みに急須でお代わりを注ぐ。


「周回地獄というもの当分先か」
「ん!!?」


鶯丸の言葉に思わず手が滑るがなんとか急須を落とさずにすんだ。


「なにそれ周回地獄って!」
「鶴丸から聞いた。太刀は練度が一定以上を超えるまではひたすら同じ戦場に単騎で出陣する習わしだと」


あの驚き爺、大袈裟に言いすぎだ。
確かに我が本丸は戦力のためにも新参者が来たら特が着くまで出陣してもらうようになっている。
しかし単騎ではない。6人で出陣してもらう。
平野こうのをしっかり正してくれなくては、と思うがそういえば初期組の特付けは単騎で行っていた。間違いだと思わなかったんだろう。やはり鶴丸、侮れない。


「主のその様子を見る限り、違うみたいだな」
「全部が違わないわけではないけど単騎じゃないから安心して」
「そうか。では、俺の初陣は誰と一緒なんだ?」


飄々としている彼でも、やはり初陣のメンバーが気になるもんなのか。
そりゃ初めてはまったく知らないやつより気心しれたやつと一緒の方が良いに決まってる。


「もう決めてるよ。鶯丸とも面識があるやつだから大丈夫」
「俺と?一期や平野あたりか?それとも鶴丸?獅子王?」


挙げられる名前に首をふる。
「じゃあ誰なんだ?」と顔をこちらに向けた。
鶯丸の表情がよく見える。私は緩む口角を抑えきれているだろうか。にんまりと笑ってその名前を言った。


「大包平」


ゆっくり、だが確実に大きく見開かれ丸くなっていく瞳。
潤いをもったその唇はうっすら開かれていく。
その表情を彼の直近の先輩が見たらさぞ喜んだに違いない。
今日という日が終わる刻、微笑み以外の鶯丸の表情が拝めたことに私の中の鶴丸が満面の笑みを浮かべて飛び跳ねた。


「どうだ!驚いたか!」