「大包平…」
「うん、大包平」
「おおかねひら…」
「そう、大包平」
大包平、と何度も繰り返す鶯丸はまるでインコのようだった。彼の頭に手を伸ばし、鶯色の髪を梳きながら、私は語り始めた。
***
「おおかねひらってなに?」
「通話初っ端からなんやねん」
タブレットから発せらる馴染み深い女性の声、それは同じ国に拠点を構えるうちの本丸の良きライバル、基頼り甲斐のある先輩審神者こと我がお姉様のものだ。
「遂にうちにも鶯丸がきてね、」
「ほんとドロップ鍛刀運ありすぎやろ、爆ぜろ」
「爆ぜません。鍛刀とかじゃなくて連隊戦の報酬」
「あぁ、」と納得した姉。
その時、襖が開かれた。出陣部隊の帰還だ。顔を向けると紙を一枚だけ持っている加州がいた。
私が姉と通話中だと気付いたのだろう。声を出さず執務机の上にそれを置く。ごめんねというハンドサインと共に頭を下げる私に向かって笑って手を振り、早々に部屋から退出した。
ほんと気遣いのできる良い子である。
「てことはもう一万いったんだ」
「うん、そっちは?」
「うちはまだ五千くらい。無料分しか出陣してないからね」
「ほー」
連隊戦についてお互いの現状を軽く報告し合う。
約五千の差があるとはいえ、こっちは小判を使用しているのにそれでも半分しか差がつけれていないのか。相変わらず優秀だなと茶を啜った。
「それで、大包平だっけ?」
「そうそう、なんか聞き覚えあるな〜って思ってたんだけど、そういえばそっちの鶯丸もおおかねひらって言ってたなーって思い出して」
同じ国ということもあり、姉の本丸には度々お邪魔したことがある。
その際、彼女の近侍を勤めていた鶯丸ともお話をしたことがあるのだが、彼との話題は大半がおおかねひらのことだった。
ひたすら相槌を打つだけだった話の内容はほとんど覚えていないが、ただその人のことを話す鶯丸の表情はとても輝いていたのは覚える。
本日ようやくうちにも鶯丸が来た。そしてやっぱり彼も同じようにおおかねひらと言っていた。
鶯丸との交流を深めるためにも、おかねひらについて多少なり知っていた方が良いだろうと思い、知っていそうな姉に電話をかけたのだ。
「なるほどね、あんた刀関係詳しくないもんね」
「歴史に関しては一部だけ突飛つしてるけどそれ以外は教科書の知識ぐらいしか…」
彼等の前の主に関しては詳しかったりするが刀工や刀派などについての知識は私は一般レベル以下しかない。
おおかねひらも恐らく刀の名だとは思うが、私の知識の中にはその名はなかった。だから姉に助けを求めたのである。
「教えてください、お姉ちゃん」と姉からは見えていないだろうが頭を下げると画面の向こうからため息が聞こえた後、言葉が紡がれた。
***
「大包平。池田家に長く伝来されていた古備前派の太刀。」
こくんと頷かれた頭から手を退ける。
大きく一呼吸した後、鶯丸は身体ごと私へ向き直した。
「すまない、少々取り乱した」
「いーえ、お気になさらず」
「主は、大包平について詳しいのか?」
「いや、それぐらいしか知らない。古備前派だから鶯丸とは関連があるんだよね?」
堀川派や粟田口派、左文字派など同じ刀派が互いを兄弟と呼んでいるのは知っている。戦装束や内番服もお揃いだ。
「その通り。奴とはまぁ、兄弟みたいなものだ」
そう笑む鶯丸の表情はとても穏やかで姉の本丸の彼と重なった。彼にとって大包平はとても大切な存在なのだとよく分かる。
「しかし、この本丸にあいつの姿は見えなかったが?」
首を傾げる鶯丸に私は待ってましたと言わんばかりに得意げに話した。
***
「…だから全国の鶯丸は大包平の顕現を待ち望んでいるわけ」
「へー」
想像より熱く鶯丸関連のことを一通り説明してくれた姉。ずっと黙って聞いていたからか第一声はとても気の抜けたものになった。
鶴丸や一期など関連のある刀もいるが同刀派。兄弟刀となれば思いは別格だろう。
「三日月さんもまだだし連隊戦終わったら鶯丸のために鍛刀再開してみるかね」と世間話程度で言ったはずなのに返ってきたのは女とは思えないくらい低い声だった。
「なんでや阿呆。鶯丸のためって言うんなら連隊戦がんばりぃや」
姉はちょくちょく方言が出る。大体そうなるときは私へのツッコミや罵り合いのときだ。
「連隊戦?」
「またなーんも知らんのかい」
疑問に思う私を鼻で笑う。「しゃーないな」と言う声とともに聞こえるがしがしという音は姉が自身の頭を掻いているのだろう。
呆れているときに姉がよくする癖だ。
姉の言う通り、何も知らないことは自分がよく分かっている。無知の知ってやつだ。だから何も反論せずに姉の言葉に耳を傾けた。
***
「連隊戦、政府が確定報酬として用意している刀は貴方を含めて三振り。御歳魂一万で貴方。五万で徳川の霊剣ソハヤノツルキ。そして最高報酬の十万で、」
鶯丸の喉がこくり、彼が息をのむのに合わせ鳴る。私はゆっくりと間違えることなく言葉を紡ぐ。
「大包平。彼を迎い入れることが出来る」
合う視線。私の言葉を噛みしめるように閉じられた瞼。
それはゆっくりと開かれ、再び合った彼の目は潤んでいるように見えた。
「そうか…。顕現してこんなにも早くあいつに会えるときがくるとはな」
「まだ先だけど、彼は絶対うちの本丸に来るよ。みんななら成し遂げる」
目を瞑れば思い浮かぶ出陣メンバーの顔。全員が笑顔で一振りの刀を私へ差し出す絵が容易に想像できる。
彼等が私のために全ての報酬を持ち帰ってくることは確実。それが可能なことだと誰よりも私自身が分かる。だから、
「軍議で言ってた勝負なんて気にせずに、鶯丸は鶯丸の出来ることで彼等を支えてあげて欲しい」
時折吹く風により揺れる葉の音がやけに大きく聞こえるほどの静寂。
私と彼の間に言葉はなかったが、互いに交わる視線から彼の意思は伝わってきた。
「…それが主からの初の命か?」
「命令というか、お願いというか」
「悪いが売られた勝負は買う質でな、気にせずにと言うのは難しい。だが、」
ふわり、風に連れられてきた葉が一枚。私と鶯丸の間に落ちる。
「俺自身のためではなく、本丸の、主の為にその命、拝命しよう」
鶯丸のその微笑みは今日見た中で一番慈愛に満ちていた。
彼はもうとっくにうちに染まっていると感じた冬の夜。
私は湯呑みに残っている冷めきってしまた茶を煽った。
緑茶は熱いほうが美味いと彼は言ったが私にはこの緑茶は優しく、どこかあったかい特別な味がした。