それは、わたしが生まれて初めて目の当たりにした狂気だった。初めて会ったあの時と随分雰囲気が違う。ぐつぐつと煮込まれたようなほの暗い狂気を宿した目が、真っ直ぐにわたしを捉えて離さない。

「なまえ、お前の言った通りまた会えた」
『ッ、』

授業中に突然の襲撃、黒いモヤの中からぞろぞろと出てきた異形なヤツらを相澤先生は"敵"だと言った。つまり、今わたしに向かって声を掛けてきたあの人も、敵。

「みょうじ!お前顔見知りか!?」
『あ、えっと、前にこうえんで、』

焦ったような相澤先生の声が、頭の中でガンガン反響する。いたい、くるしい、なんだこれ。上手く息もできなくて、バクバク早くなっていく心臓の音が不愉快でしょうがない。

『は、ッ、・・』

短く、浅く、少しずつ乱れていく呼吸。吸っても苦しくて、吐いても苦しい。段々と視界がぼやけて、もうダメかも、なんて目をぎゅっと閉じた瞬間。

「おいアホ犬」
『!』
「落ち着け、ンでちゃんと息しろ」
『ば、くご、くん』
「聞こえたか?息しろって言っとんだ」
『あ、うん、』

べしっと頭に衝撃。それと同時に振ってきた声も、力の強さも、いつも通り。それがどうしようも無くほっとして、さっきまであんなに上手くいかなかった呼吸が楽になった。

「アイツか?」
『ん、こうえんのひと、』
「・・、おいイヤホン女」
「っえ!なに?」
「こいつ今日使いもんになんねェ、出来るだけ近くにいてやれ」
「え、なまえどしたの大丈夫?」
『きょんちゃんごめん、だいじょうぶ』

呼吸は楽になっても、まだ体は上手く動かせそうになかった。悟られないようにしてたつもりなのに、ほんと目敏いな爆豪くん。

「・・向こうの狙いが分かんねェ以上、油断だけはすんなよアホ犬」
『、うん』
「チッ・・シケたツラしやがってクソが」

らしくない顔してんじゃねェよ、ってまた叩かれた頭。こんな時に不謹慎かもしれない、でも、そのいつも通りにどれだけ救われたか。きっと爆豪くんには分かんない。
使いもんにはならなくても、やらなきゃ。自分の身は自分で守る、もちろんきょんちゃんも守りたい。黒いモヤに飛び掛かった二つの背中を見守りながら、そっと覚悟を決める。本当の、戦闘。命を懸けた、戦闘だ。怖くないわけない。でも簡単に負けてやる気も、さらさら無い。

「っなまえ!離れないで!」
『きょんちゃん、また後で』

黒いモヤがわたし以外のみんなを包み込んでいく。ああ、やっぱりか。そんな気はしてたんです、うん。とりあえずきょんちゃんを百と上鳴くんの方へと押し出しておいた。間に合ってくれてたらいいんだけど、どうだろう。





「なんで残されたのか聞かないの?」
『聞いたらおしえてくれる?』

黒霧と名乗った黒いモヤの正体。さっきまで周りにいたクラスメイトをどこかへ飛ばしてしまった張本人。悩みながらもとりあえず戦闘態勢に入ったわたしは、黒霧さんとやらに彼の元まで運ばれてしまった。

「ふふっ、どうかな、なまえ次第」
『・・うーん』

目は相変わらずとんでもない狂気に満ちていたけど、爆豪くんのお陰でさっき程取り乱すこともなくなった。あとは、慣れた。

「単刀直入に言うと、お前が欲しい」
『・・?』
「俺に飼われてみない?ってこと」
『えええ・・』

まじか。マジでかこのひと、さっき自信満々にオールマイトを殺すとかなんとか言ってたよね。どう考えてもそっちが本命でしょ?わたしはついでだよね?

「みょうじ!呑気に敵と雑談してんじゃねえ!」
『あ!あいざわせんせいわすれてた』
「今はお前を守りながら戦う余裕はねぇぞ!なんとかしてこっち戻って来い!」

なんて無茶を仰る。目の前にはラスボス、その隣には人を簡単に違う場所へ飛ばせる黒霧さん。いや無理でしょ。

「呼ばれてるよ」
『・・みのがしてくれたりは』
「しないかな」
『ですよね!くっそ、もう、なんでわたし!とりあえずお手合わせねがいます!』
「いいね、そうこなくっちゃ」

敵を前にしてこんないつも通りなテンションで乗り切ろうとしてるのには訳があるんです。ちょっとさすがにパニックなんです。だからそんな、この距離でも分かるぐらいの眼力で睨まないで相澤先生!

『やるしかない!』

わたしの個性がどこまで通じるか、爆豪くんみたいに自信満々に"ブッコロス"なんて言葉は言えないけど。とりあえず死なない程度には抗わせて頂きます!


20180917