正直に言うと、今すぐ帰りたい。ふかふかのベットに転がって、タオルケットに包まれて、眠りたい。欲を言えば、その前に爆豪くんが作るハンバーグが食べたい。前日のハヤシライスがかけられためちゃくちゃ美味しいやつ。
「みょうじ!来るぞ!」
『ッッ!!』
とんでもないパワーでゴリ押ししてくる化け物を、死柄木弔は"脳無"と呼んだ。ご丁寧に自分も名乗ったあとに、歪んだ笑顔で アレと戦ってみて、なんて。
「おい!何発行けるんだ!?」
『に、にはつでむりですげんかいです』
「チッ・・とんでもねぇな」
あ、舌打ち。ちょっと傷つきましたわたし。めんどくさそうに呟いた相澤先生を横目で見れば、肘が痛々しいことになっていた。
『相澤先生、それ、ひじ』
「俺の心配はいい、集中しろ」
『っ、はい』
個性伸ばしは雄英に入ってからいくらでも出来るからって、陸と海がわたしに教え込んだのは"狼"の方の個性だけ。パパから受け継いだ"吸収操作"の方は正直、ほとんど使い物にならない。でも、そんなことも言ってられない。わたしが脳無とらやのパンチを受けて衝撃を吸収しないと、パワータイプじゃない相澤先生が重症を負ってしまう。それは、だめだ。ママにぜっっったい怒られる。
『きゅうしゅうして、にがして、くりかえすしか・・!』
「キャパは超えるなよ!ぶっ倒れても今は介抱出来ん!」
『わかってます!!!』
二発以上あいつの打撃を吸収したら、たぶん、いや間違いなく瀕死だ。下手したら即死。きょんちゃんたちのことが心配で陸と海を救護に回したのはしくった。わたしの頭じゃ、ろくな打開策が浮かばない。
「なまえは複合タイプなのか・・」
ふと聞こえた声は、腹が立つぐらいに楽しそうだった。観察なんて、いいご身分ですね。あ、だめだめちゃくちゃイライラしてきた。
『ッ、しつ、こいっ!!!』
「みょうじ焦るな!一旦体勢整えろ!」
『え、ッ、ぐっ・・!!』
やらかした。油断した。そう思った時にはもう、目の前まで脳無の拳が迫っていた。なんとか片腕でガードしたけど、当然耐えきれるわけもなくて吹っ飛んだ。5メートルぐらいは軽く飛ばされて、視界が揺れる。頭打ったかな、でもそれより腕が尋常じゃなく痛い。でも手を握ろうと力を入れてみても入らない。だめだこれ、折れてる。
「みょうじ!!」
『だ、いじょぶ、です』
「んなわけあるか!」
『おれただけ、ひだりてはいきてます』
「お前・・」
もう、いいや。ちまちまやるの、めんどくさくなっちゃった。腕も折れちゃったし、このままだと相澤先生と二人してお陀仏だ。死柄木弔がわたしをどうしたいのかは分かんないけど、どっちみち連れて行かれたら死にたくなるもん。深く息を吐いて、集中する。陸の許可は出てないけど、今使わずにいつ使うの。少しずつ意識が保てなくなって、混濁していく。最後に見たのは、相澤先生のらしくない程に驚いた顔だった。
*
あいつの母親は、俺の学生時代の先輩だ。個性は母娘揃って"狼"で、その最終形態が獣化だということは知っていた。あの人は、ハイイロオオカミの名に相応しい灰色。でもみょうじは、ミルクティブラウンの毛並みをした狼だった。
「みょうじ、!」
『ガルルルルッ』
「!?」
体長2メートル程の、狼。人間の姿から完全に狼へと形態を移したみょうじの目には、殺意しか浮かんでいない。そこでやっと気付いた。こいつはまだ、獣化の姿になった自分を制御しきれないんだと。そして恐らくは、キレたのだと。
「脳無、殺すなよ」
「・・・」
「多少痛めつけるのはいいけど、出来るだけきれいなままで持ち帰りたいんだ」
人をなんだと思ってやがる。なんで敵のボスがうちの生徒に唾つけてやがるのかは知らねえが、そう簡単に連れて行かせるわけないだろ。視線をみょうじに戻せば、とんでもないスピードで脳無に体当たりをして一緒に吹っ飛んでいた。あのアホ、あの姿になっても戦い方は雑なままか。とりあえず、現状では力負けしないぐらいには脳無を圧倒している。ただ一つの懸念、あの姿でいられるリミットを俺は知らない。
「くそっ、キャパは超えるなとは言ったが・・」
だからと言って、暴走していいとも言ってないぞ俺は。そう頭の中でだけ愚痴りながらも、情けないことに俺にはあの化け物と渡り合うパワーは無い。となれば、標的は一つ。
「脳無はなまえに丸投げか?イレイザーヘッド」
「うちの生徒を舐めるなよ」
呑気に観戦していたこいつをどうにかしよう。序盤に肘をやられたことで、大体の能力は察しがつく。一度は破られた個性だが、時間稼ぎぐらいはしてみせるさ。だから、みょうじ。頼むからあの人に顔向け出来ないような事態にだけはなってくれるなよ。
20180916