野生の本能と動体視力を兼ね備えてるだけあって、筋は悪くねえ。ただ、持久力の無さと攻撃の雑さが頭を抱えるレベル。

『あしたぜったいきんにくつうだ』
「お前エネルギー出す時に手ぇブレるのなんとかなんねェのか」
『ん?』
「修正しねぇと下手したら味方まで巻き込むことになんぞ」
『ほう、こんとろーる・・』

大した脳みそが詰まってないことは知ってるが、全部俺が教えても意味なんてねえ。自分で気付いてこそ、跳ねる力もある。でも、まあ、アホ犬には無理か。

「基礎トレは毎日やれ」
『うん』
「腕の筋力少なすぎて支えきれてねぇ」
『うん』
「あとクソ雑な性格なんとかしろや」
『く、くそざつ・・』

大袈裟に落ち込むアホ犬は放置して、考える。ある程度の土台は基礎トレを続けりゃあなんとかなる。男の俺とは違って、筋肉を鍛えるだけじゃなくバネを生かせるような基礎トレメニューはすでに組んでやった。あとはもう、性格の問題。人のことをとやかく言えるほど俺も気が長い方じゃないことは自覚してる。けどこいつは、またそれとは違う。自分のキャパを把握してるせいで、限界が来る前に力技で事を終わらせようとしやがる。

「相手の手の内を読む、予測する、最悪の場合も想定する、そんぐらい出来て当たり前だボケ」
『よむ、よそく、そうてい・・』
「全部一気にじゃなくてもいい、どれか一つぐらいは、」
『できるよ』
「あァ?」

考えるような素振りをしたあと、さも当たり前だとでも言いたげに目を丸くして俺を真っ直ぐに見たアホ犬。

『よむは、りくがとくい』
「白い方か」
『うん、よそくはかいがとくい』
「・・ハスキーは」
『てんはまだなんにもできない!』
「ダメ犬じゃねーか」
『かわいいよねえ』
「ンな話どうでもいいわ、出来るってどういう意味だ」
『よむのも、よそくも、やろうと思えばできる』
「じゃあなんでやらねぇんだ正真正銘のアホかお前」
『こうげきにしゅうちゅうすると頭がまわりませんばくごうくん』
「上等だコラ 頭も鍛えろってか」
『え、べんきょうはやだ』
「ンな事言ってる場合かクソ犬!」
『あだっ!?』

空っぽな頭を思いっきり引っぱたいても、イライラは治まらなかった。出来んならやれや!攻撃でいっぱいいっぱいになって頭が回らねぇなんざ出来ねぇのと大差ないわクソが。

「お前今日家来い」
『・・とてもいやなよかんがする』
「分かってんじゃねェか、こうなりゃもうついでだ、頭の方も鍛え直してやらァ」
『っきょひします!』
「聞こえねェ」
『あ、あたままできんにくつうになる』
「大した脳みそ詰まってぇだろ」
『つまってるよ!』
「どーだかな」
『ううう』
「そういや今日の晩飯、豚のしょうが焼きだったわ」
『いきます』

ちょろいなこいつほんとに。ついさっきまで嫌だ嫌だと駄々をこねていたアホ犬の頭の中には、もう晩飯の肉の事しかない。扱いやすいのは助かるが、こういう単純でちょろい所も矯正していかねぇと意味が無い。

「オイ、」
『おにくー!』
「聞けや!」
『へ?』

無駄にキラキラさせた丸い目が嬉しそうに俺を見て、思わずグッと言葉に詰まる。クソが、なんで俺が黙らせられとんだ!

「・・帰んぞ」
『え?とっくんおわり?』
「腹減った」
『わたしも!おなかすいた!』
「さっさと着替えてこいや」
『あい!』

怒りに任せて口を開いたはずなのに、声になったのは全く見当違いの言葉だった。何がしてぇんだ俺は、アホか。騒がしく更衣室の方へと走っていった背中を見送りながら、平常心を取り戻そうと深く息を吐き出した。あいつといると、どう抗っても調子が狂う。でも厄介なのは調子を狂わされていることじゃねえ。誰かのためにわざわざ放課後の時間を割いて特訓付けてやったり、家に上げて飯作ってやったり、そんなことは今まで一度だってしたことは無かった。そんな"面倒事"を嫌だと思っていないことが、厄介過ぎる。



『ばくごーくん』
「あ?」
『きがえないの?』
「・・・」

さっきまでのコスチュームから、見慣れた制服姿になったアホ犬。飯のために急いで着替えたからなのか、いつもは耳郎が口うるさく一番上まで止めさせているボタンが外れてやがる。しかも、上二つ。純真無垢です、みたいな丸い目が覗き込んできて、ハッとなる。

『?』
「ボタン閉めろ」
『んえ?』
「シャツのボタンしめろっつっとんだ!」
『え!?なんでおこってるの!?』
「身だしなみも整えらんねぇのかてめぇは!」
『そればくごうくんがいうの!?』
「ウッセェ!!」
『いたっ!!』

健康的な肌の上、首筋から胸元に伝った汗から目が離せなかったなんて言えるかクソがっ!!誤魔化すように無理矢理止めたシャツのボタン。ぎゃーぎゃー言うアホ犬の頭を引っぱたいて、逃げるように更衣室まで向かう自分の情けなさにイライラが止まんねぇ。

「着替えてくっから大人しく正座して待ってろや!!!」
『ええええ』


20180921