ミルクティブラウンの髪に、ポンっと生えた犬耳。スカートの裾から生えたフサフサの尻尾は振り切れんばかりにぶんぶん揺れていた。

「なまえちゃん!出てる!また耳としっぽ出ちゃってる!」
『ええ!?』

気付いてなかったんかい!とその様子を見ていた誰もが心の中でツッコミを入れていると思う。麗日さんの指摘に慌てて頭に生えた耳を手で覆ったみょうじさんだけど、それでも視線はまっすぐにかっちゃんを見ていた。うううう、なんてまるで叱られた子犬のように目尻を下げて、かっちゃんの手に握られているビーフジャーキーを目で追う姿は正しく犬。

「ンだよ」
『ほしい』
「あ?それが人にもの頼む態度かクソ犬」
『・・くそじゃないもん』
「テンション上がると誰にでも尻尾振る犬なんてくそだろ」
『誰にでもじゃないもん!』

クラスでのこんなやり取りはもはや日常茶飯事。意地悪く、でもどこか楽しそうにビーフジャーキーを食べながらみょうじさんを煽るかっちゃん。対するみょうじさんは、もはや意識がビーフジャーキーに注がれているにも関わらず、いつもの悪口に泣きそうになりながらもなんとか応戦している。傍から見てると、ビーフジャーキーにしか目がいってないからなんともシュールな絵になっている。

「欲しかったらちゃんと頼めや」
『・・わかった。ばくごうくん手だして』
「あ?」
『はやく!て!』
「・・」

背に腹はかえられない、ということらしい。プライドをかなぐり捨ててかっちゃんに手のひらを出せと要求するみょうじさんのフリーダムさはいつものこと、ついでに言うと何だかんだでみょうじさんに甘いかっちゃんが手を出すのも、いつものことだ。

『ん!』
「おいこらクソ犬」
『お手!した!ばくごうくんビーフジャーキーください!』
「ボキャ貧かてめえ」
『え?』
「犬のくせに強請り方もわかんねーのかっつっとんだ」
『・・ねだる』

頭の上に疑問符を浮かべて、犬耳をしゅんと垂れさせて、さっきまでぶんぶん揺れていた尻尾までもが元気をなくしている。かっちゃんが求めていることを必死に考えているみょうじさん。そんな彼女を遠巻きに見守っている女子のみんなは、あまりのかわいさと健気さに表情筋が緩みまくっている。

「ちょっと耳貸せ」
『どっちの?』
「聞こえるならどっちでもいいわはよしろ」
『ん』

あ、犬耳を貸すんだね。かっちゃんにしては優しい、それでも他の人からしたらやっぱり雑な手つきで犬耳を引っ張ったあとに、そっと近付いた口が何かを囁いていた。

「言えたら袋ごとお前にやる」
『そんなんでいいの?』
「やるっつってんだろ」

『・・ぜんぶ、ちょーだい?』

訳が分からない、そんな表情でかっちゃんを見上げるみょうじさん。でも意を決したようにぎゅっと目を瞑って、それに促されるようにまたピンと立ち上がった犬耳。ゆっくり開いた目はまん丸で、身長差的に上目遣いのまま吐き出された言葉は戸惑いからか微かに震えていた。

「っ、はぁ!!??」
「なまえちゃんかわいすぎる・・私のお家で飼ってあげたい!!」
「毎日ビーフジャーキーあげたくなる」
「爆豪グッジョブ・・」

予想以上の破壊力に、二人を見守っていた外野のみなさんが途端に騒がしくなって思わず苦笑い。視線を戻したら、満足気に鼻を鳴らしてビーフジャーキーの袋ごとみょうじさんに手渡したかっちゃん。おお、すごい、めちゃくちゃご機嫌だ。もちろん念願のビーフジャーキーを貰ったみょうじさんも、とてつもなく嬉しそう。

『あ、』
「あ?」

袋を両手で持ったまま麗日さんの方まで向かおうとしていたみょうじさんが、何かを思い出したように足を止めてくるりとかっちゃんを見た。そのまままた近付いていくから、お礼でも言うのかな、なんて見守っていたのに。

『ぜんぶくれるって言った』
「ッ!?てめっ、クソ犬!!!!」
『んふふ、ありがとばくごうくん!』

「はぁあああ!!?!?」
「峰田うるせえ!!!」
「いや待って、さすがに待って」
「なまえちゃんまじで犬・・」
「爆豪を照れさせるってどんだけ・・」

かっちゃんが銜えていたビーフジャーキーを、あろうことか口を近付けてパクっと奪ったみょうじさんにかっちゃんが吠えた。心做しかその頬は赤くなっていて、さすがに心の中でだけ合掌しておいた。主に峰田くんが羨ましい!リア充爆ぜろ!なんて騒がしい教室内、女子のみんなに迎え入れられたみょうじさんは嬉しそうにビーフジャーキーの袋を掲げてご機嫌だ。

『おちゃこみて!』
「ウンウン見てたよ〜良かったね〜」
『ばくごうくんやさしい』
「最初めちゃくちゃいじめられてたくせに」
『きょんちゃん?』
「・・ウチならあんな意地悪しないでいつでもビーフジャーキー買ってあげる」
『っ〜!きょんちゃんすき!』
「ずるいですわ耳郎さん!私だってなまえさんのためなら最高級ビーフジャーキーぐらいいくらでも!」
『ももー!!』

麗日さんに頭を撫でられて、耳郎さんに抱き着いて、最後は八百万さんのほっぺたに自分のほっぺたをくっつけてニコニコ幸せそうなみょうじさんは確かにとんでもなくかわいいし癒される。あそこだけマイナスイオンが飛びまくってる気がする。そんないつも通りすぎる女子一同を羨ましそうに見ている一部の男子。かっちゃんは面白くなさそうに盛大な舌打ちを一つ。賑やかしいから出たものじゃないことは知ってるよ。羨ましいならもっと素直に優しくしてあげればいいのに、なんて間違っても口には出せないけど。


20180912