「あはは、負けちゃった」

少しだけ気まずそうに笑ったお茶子に、胸がぎゅっと痛くなった。悔しい思いを押し殺して無理矢理いつも通りを貫こうとしてる。そんなのは、すぐに分かった。お茶子はいつも優しい。だから、私の分も頑張ってね、なんて言葉を選ばない。きっと泣きたくなるほど悔しい筈なのに、そんな時でもわたしのことを考えてくれてるんだ。

『ちゃんとみてたよ』
「うん」
『すごかった、おちゃこのかちたいってきもち、つたわってきた』
「そっかあ、嬉しいや」
『・・わたしも、がんばるから』
「うん」
『みててね』
「モチロン!!」

お茶子の分も、お茶子の為にも、そんな言葉は言えない。わたしにはまだ、誰かの思いを背負えるほどの技量も器もない。でも、だから、全力で爆豪くんに勝つために頑張ることが今のわたしに出来る唯一のこと。笑顔を返してくれたお茶子に手を振ってから控え室を後にした。






とりあえず見れる試合は全部見ておきたいから観客席に戻っては来た、けど。A組のみんなが固まっている辺りの席は、ほとんど埋まってた。きょんちゃんの後ろ姿を見たあとに、一つ空席を挟んで座ってるツンツンヘアーをじっと見つめる。たぶん、きょんちゃんはわたしの席を確保してくれてるんだと思う。けど、まさかの、爆豪くんのとなり。座っていいのかなあ。

「あ、やっと帰ってきた」
『きょんちゃん・・、ただいま』
「うん、おかえり」

不意に振り返ったきょんちゃんに手招きされて、ゆっくり階段を降りきった。座ろうとしないわたしを不思議そうな顔して見てるきょんちゃんとは対照的に、爆豪くんはヤンキーみたいな座り方をしたまま不自然に顔を逸らしてる。これ、座っちゃダメな感じなんじゃないかな。

「・・何しとんだお前」
『え』
「はよ座れや」
『っ、うん、』

思い過ごし、だったのかな。わたしが勝手に気まずいと思ってただけ?まさか爆豪くんから声を掛けてくれるとは思わなかった。

「どこ行ってたの」
『おちゃこ』
「そっか」

きょんちゃんと爆豪くんの間に座れば、おかえりって言葉と一緒に頭を撫でてくれた。でも、爆豪くんはやっぱりそっぽを向いたまま。

『・・ばくごうくん』
「あ?」
『しあい、おつかれさま』
「・・そんだけかよ」
『え』
「もうちょいマシなこと言えねェのかアホ犬」
『マシなこと・・、ばくごうくんとたたかえるの、うれしい』
「!」

今度は間違えないように、そう思って選んだ言葉に爆豪くんの三白眼が大きく見開かれた。え、もしかしてまた間違えた?怒らせた?

『えっと、』
「上等だコラ、吠え面かくなよ」
『うっ、ばくごうくんこそ。まけない!』
「寝言は寝て言えや」
『おきてる!』
「アホ」
『うううう』
「だからすぐ唸んのやめろうるせェ」

わたしのあの悩みは何だったのか。そう思うくらい、いつも通りな爆豪くんとの会話に心の底からほっとした。口は悪いし、相変わらずわたしのことを馬鹿にしすぎだとは思う。でも今は、それすらも嬉しいと感じてるあたりが馬鹿にされる原因なのかもしれない。

「ほらなまえ、緑谷VS轟戦始まるよ」
『おー!』
「どっちが勝つと思う?」
『とどろきくん!』
「え、なんか意外な答え」
『こおりしかつかわなかったらみどりやくん!』
「ん?」
『こおりはつめたいから』
「何の話してんのあんた」
『えー、だからね、』
「アホ犬、黙ってろ」
『えええ』
「・・始まんぞ」

静かにそう言った爆豪くんの目は、グラウンド中央をまっすぐ見下ろしていた。その目に映る感情は、とても複雑。いろんな思いが混ざりあっていて、わたしには読みきれない。因縁の相手である緑谷くんと、たぶん気に入らない相手の轟くん。どっちが勝ってどっちが負けても、爆豪くんは怒りそうだね。

『・・けが、すくないといいなあ』
「そうだね」

緑谷くんも、轟くんも。全力を出してぶつかる事で気付ける気持ちもあるとは思うけど、出来ることなら大きな怪我はしないでほしい。そんな願いは、きっと叶わないんだろうけど。
この試合を見終えたら、ここを離れて控え室に行かなきゃいけない。いつも通りに戻れたお陰で、ちゃんと戦えるとは思う。でもとりあえず今は、この試合をちゃんと見届けよう。きょんちゃんの手をそっと握ってグラウンドに視線を戻したのとほぼ同時、スタートの合図が響き渡った。


20180920