あの勝己が家に女の子を連れてくるなんて初めてで、最初はかなり驚いた。真ん丸な目が特徴的な、勝己には勿体ないぐらい可愛らしい女の子だったから余計に。
「だから!ちげぇって言ってんだろが!!」
『え!これもちがうの』
「包丁握ったことねぇのかクソ犬!」
『あるよ!』
「じゃあその持ち方なんだよアホか!」
『持ちかたからおこられるなんてびっくり』
キッチンから聞こえてくるのは相変わらずな怒声と、怒られているのに楽しそうななまえちゃんの笑い声。青春?ねえ、勝己青春してるのね。お母さん嬉しいよ。でもね、
「勝己、あんた女の子にその口の利き方はどうなの」
「うっせぇババアは引っ込んでろ!」
『ばばあはよくない!かつきくん!』
「てめえもどさくさに紛れて名前で呼んでんじゃねぇ!」
『はっ!みつきさんにつられた』
「教えるって決めたんならもうちょい優しく教えてやんなさいよ」
「だからうるせぇんだよ!」
なまえちゃんに名前で呼ばれたことが嬉しいくせに、誤魔化すようにさらに吠えるバカ息子。耳赤くなってるわよ、なんて言葉は後の楽しみにとっておくことにした。
『ばくごうくん、こう?』
「・・握り方は合ってる」
『ひだりてはねこのて、ひだりてはねこのて』
「・・やれば出来んじゃねぇかお前ほんとにめんどくせぇな」
『とりゃ!』
「ッ、アホか!どんな切り方だそれ!」
『おおかみ流』
何を作る気なのかは知らないけれど、人参を大胆にも振りかぶった包丁で乱雑に切ったなまえちゃんに思わず笑ってしまう。いや、危ないから笑いごとじゃないんだけど、でもそれがさも当たり前だと言わんばかりの表情がかわいくて。
「ふざけんなよコラ」
『お、おおまじめです』
「だったら尚更ふざけんなや」
『えええ、またむずかしいこと言う』
「そもそも包丁は振りかぶって使うもんじゃねえ」
『え』
「・・んだその顔、まさかお前の母親もそうやってんじゃねぇだろうな」
『そのまさかです』
「・・・」
あらまあ。あの勝己を呆れさせて黙らせるなんてある意味凄いわ。料理の腕云々の前に、基礎知識から教えてあげなきゃいけないみたいね。がんばれ勝己!
『ごめんなさい、ええっと、』
「一回しかやんねぇから見とけ」
『!』
「力任せに下ろさんでも大抵のもんは切れる」
『ほー』
「・・等間隔な、とりあえず大体でいい」
『おー、ばくごうくんじょうず』
「こんなもん誰でも出来るわボケ」
『やってみる!』
器用に人参を一本丸々切っていく勝己の手元を、キラキラした目で見つめているなまえちゃん。そんなに珍しいものでもないのに、本当に感動しているのが手に取るように分かって頬が緩む。なにこの子、かわいい。和むわあ。
「・・お前不器用過ぎねェか」
『ううう、とうかんかくむずかしい』
「チッ・・じっとしてろよ」
『ひょ!?』
めんどくさそうに舌打ちを一つ零した割には、見捨てる気は無いらしい勝己。なまえちゃんの後ろに回って、包丁を握っている小さな手に自分の手を重ねて等間隔の感覚を教え出して思わず手のひらで目を覆った。なにこの素敵すぎる光景!うちの乱暴者が女の子に丁寧に包丁の使い方教えてるなんて、奇跡かしら。
「感覚は習うより慣れろ」
『あい』
「・・覚えたか?」
『たぶん!』
「たぶんじゃねぇんだよこんだけ教えて出来なかったらぶん殴る」
『がんばります!!!』
離れた勝己に見守られながら、たどたどしい手つきで頑張って人参と向き合うなまえちゃんの可愛さに思わずスマホで写真を撮ってしまった。無音だから気付かれてはいないはず。さっきまでの歪な形の人参たちが嘘のように、それなりに等間隔で切られていく人参。他人の子でも子供の成長は嬉しいもんだね。
「・・及第点ってとこだな」
『! ばくごうく、』
「包丁持ったまま抱きつこうとすんな!」
『あ、』
「アホ犬、切んのは人参だけじゃねえだろちゃっちゃとやれや」
『そうだった・・さきはながいなあ』
「・・手伝ってやっからさっさとしろ」
『っ、うん!』
あの勝己が言い方はどうであれ人を褒めるところを見れるなんて、お母さんは開いた口が塞がらないんだけど。一生懸命頑張ったなまえちゃんの頭を撫でるぐらいはしてやりなさいよ、なんて思いながらも邪魔しちゃ悪いと思って口には出さなかった。
「・・てかババア見てんじゃねェよ」
「あら、今更気づいたの?」
『みつきさんずっといたよばくごうくん』
「言えや!」
「優しく包丁の使い方教えてあげてる勝己見て、感動しちゃったよ私」
「ッ、さっさとここから出ていけババア!」
「ハイハイ、おじゃま虫は退散します」
「そんなんじゃねえわボケ!!」
「なまえちゃん、頑張ってね」
『はい!』
ようやくずっと見ていた私に気付いた勝己にキッチンから追い出されたけど、ちょっとからかっただけで顔真っ赤にしちゃって。ほんと青春って感じでなんだかわたしが嬉しくなっちゃったじゃない。みつきさんに美味しいごはん作るんだ!って息巻くなまえちゃんもほんとかわいい。でも確か、今日の料理は勝己のために作るんじゃなかった?
「てめぇ俺への礼じゃなかったんか」
『そうだよ?かつきくんへのおれいってことは、そのかつきくんを産んでくれたみつきさんへのおれいってことにもなる』
「どんな理屈だコラ、てかまた勝手に名前呼んでんじゃねーよ!」
『ごめんなさいかっちゃん』
「それもやめろアホ犬!!」
楽しそうなキッチンからの声をBGMにしながら、洗濯物でも畳んで待ってようかね。あんな子がお嫁に来てくれたら、なんて。そんな想像してたなんて勝己にバレたらまた怒られそうだけど、緩んでニヤけた口元を引き締める気にはならなかった。
20180921