下顎を撫でてあげたら、幸せそうな顔でゴロゴロ喉を鳴らすなまえがかわいい。個性が狼なだけあって、日常でも犬っぽさが抜けきらないお馬鹿ななまえはクラスのアイドル。いや違うな、もはやマスコット扱いだわ。でも、そんなこの子に慈愛以上の感情を抱いてる男子が何人かいることを、ウチは知ってる。



『きょんちゃんもっとなでて〜』
「ハイハイ、ったく」
『ん〜〜、きもちぃ』

あ、くそかわいい。何この子ほんとに可愛い。下顎だけじゃなく犬耳の付け根あたりも同時に撫でてやれば、目を閉じて今にも寝落ちるんじゃない?ってぐらいに幸せそうななまえ。今日も今日とて、しまい忘れた犬耳はいつのまにかだらしなく垂れ下がっていた。

「耳郎はみょうじ甘やかすのほんと好きだな」
「んー、ちょっと確かめたいことあってね」

不思議そうに近づいてきた切島は、今のところグレーってとこかな。男らしいことに定評があるこいつは、たぶん自覚するまでが長いタイプ。

『きりしまくんのこえがする』
「いるいる、こっちな」
『きょんちゃんの手がきもちよすぎて目があけらんない〜』

アホがいる。いや、嬉しいけどね。とりあえず犬耳の方を撫でていた手を離して、緩みまくっているなまえを見て笑ってる切島を呼んだ。

「ん?」
「手疲れたからこっち撫でてやって」
「え!」
『こんどはきりしまくん?よろしくおねがいします〜』
「え!?あ、おう・・」

戸惑っていた切島は、はやくはやくと舌っ足らずな声に急かされて慌てて手を伸ばす。触れる前に「失礼します」なんて言葉をかける辺りが上鳴とは違うんだよねえやっぱり。

『ん!?んん〜』
「え、痛かったか?悪ぃ」
『ううん、きょんちゃんとゆびの太さがぜんぜんちがうなあって』
「そりゃそうでしょ」
『きりしまくん、もうちょいした〜』
「ここか?」
『ン、きもちい きりしまくんもじょうず』
「!?」

ふへへ、なんて間抜けヅラして幸せそうななまえを見て、顔を赤くする切島。うん、そうなるよね、なんかあれだもん、この子は動物的な捉え方なんだろうけどこっちからしたらちょっと性的な意味に聞こえる。

『? きりしまくんてが止まっちゃったよ〜もっとして〜』
「っ、あ、わ悪ぃ」
「ふはっ、切島顔真っ赤」
「不可抗力だろこんなの・・」
「かわいいでしょ?ウチのわんこ」
「いつから耳郎のもんになったんだよ」
『ええ?きょんちゃん飼ってくれるの?きょうおうちとまっていい?』
「いいよ」
『やった〜』

親御さんがほとんど家にいない、いわゆる鍵っ子のなまえはしょっちゅういろんな人の家を渡り歩いてる。別に親御さんと仲が悪いわけじゃない、ってのが唯一の救いだわ。ただまあ、あの爆豪の家にも泊まったことがあるって聞いた時はさすがに驚いたけど。

「そういやみょうじ、バクゴーの家にも行ってんだろ?」
『ごはんおいしいよ』
「ん?」
『ばくごうくんがつくってくれるごはんね、いつもおいしいの、ママよりじょうず』
「え、バクゴーが飯作んの?」
『うん』
「まじか・・」

ウチもその話を聞いた時は信じられなかったけど、まあ、あいつ才能マンだからなあ。ていうかあの爆豪がこの子を家にあげてることにまず驚きだし、ご飯を作ってあげてることにも驚き。とりあえず色んな衝撃で微妙な顔をした切島にはちょっと同情した。

「てか大丈夫?手出されたりしてないよね?」
『ばくごうくんはすぐわたしのあたまたたくよ』
「違うって、そういう意味じゃなくて」
「ちょ、おい耳郎」
「キスされたりしてない?って」
『キス・・?ばくごうくんからされたことはないねえ』
「え、ちょっと待てみょうじ」
『?』
「爆豪からは、って、まさか」
『はじめておうち行ったときにね、ごはんがほんとにおいしくて、だからありがとうって、ばくごうくんのくちびる舐めたらめちゃくちゃおこられた』
「あんたね・・」
「みょうじ!」
『ひょ!?』

会話をしながらもひたすら撫で続けていた切島が、ぐわっとなまえの細い肩を掴んだ。その拍子にウチの手も離れて、バチっと開いた真ん丸な目。しぱしぱと何度か瞬きをしてから、目の前で難しい顔をしている切島を見て首を傾げていた。

「女の子なんだから、その、そういうことは気を付けねえとダメだと思う」
『そういうこと、?』
「犬なら普通なのかもしんねえけど、」
『くちびる舐めるの?だめ?』
「ダメだ」
『・・そっかあ、だからばくごうくんもあんなに顔まっかにしておこったんだね』

いや、それに関してはたぶんただの照れ隠しだと思うよ。とは、敢えて口には出さない。

「お前の誰にでも人懐っこいところはめちゃくちゃ良い長所だとは思う」
『うん、ありがとう』
「でもそういう所を利用して、その、なんだ、悪いことを考えるやつも世の中にはいるんだ」
『ヴィラン?』
「とか、まあ、いろいろだ」
『・・ええっと、気をつける?』
「うん、そうした方がいいと思う」
『わかった』

いや、ほんと切島熱いわ。熱い通り越してもはや暑苦しいわ。でも、いい事言った。その通りだと思うし、この子のそういう甘さを利用しようとするやつなんてきっと沢山いるだろうから心配だったんだよね。特に身近な人間で言うと、爆豪。あいつはきっとこの距離感に慣れたら遠慮なくなまえに触れてそうでちょっとイラッとする。

「なまえあんたほんとに分かった?」
『きりしまくんがとてもしんぱいして言ってくれてることだけはわかった』
「うん、まあ、とりあえずはそれでいいわ」
『きょんちゃんは?』
「は?なにが?」
『きょんちゃんもわたしのことしんぱい?』
「・・当たり前でしょ」
『っ〜!きょんちゃんすき!』
「うわっ!ちょ、だからこういうことすんなって言ってんのよバカ!」

嬉しそうに破顔した途端に真正面から抱きついて耳にキスしてくるなまえはかわいい。かわいいけどさっきの話全く理解出来てないじゃんアホか!同じように呆れながら笑った切島は、まあ女子相手ならいいんじゃねえ?なんて投げやり。じゃあそのちょっと不満そうな顔はなんな訳。ちょっとは自覚した?そう思ってたのに。

「みょうじのスキンシップは友情の証だもんな!」
『そー!そうだよきょんちゃん〜!すきー!』
「っ、分かったから耳舐めるのやめて!」

あ、ダメだこれ。切島に自覚させるにはもっと分かりやすいドキドキハプニングが必要だわ。なんて思いながら、頬を擦り寄せてくるだけに留めたかわいいわんこを抱き締めた。


20180912