「鶯、」
「なんだ?主」
朗らかな春の景趣に設定した時から、近侍は鶯丸にしていた。
普通の動物が生きにくい本丸の内には音声ファイルが時折「ほう、ほけきょ」と囀るけど姿は見えない。それが何となく心寂しくて、ふざけたような理由だったがそうしたんだった。
鶯を飛ばしたければ、審神者が式で作るしかないらしい。面倒だし大変だ。
鶯丸は知らない顔をしながら、そんな審神者の
そんな鶯丸と午前の仕事に取りかかる前に、と開いたモニターに通知が届いている。
表示された時間は数分前。
本文には、条件限定の戦場が記載されている。鍵付きの添付ファイルを開いた。
「なあ、新しい刀剣だってよ。打刀だ!」
「そうか、喜ばしい事だな。鍛刀するのか?」
「いや、出陣時に拾える刀らしい。来週の頭から。広光、てことは大倶利伽羅や火車切と関係するのか?誰か他に知り合いとかいるかな」
「ふむ、どうだろうか」
ことん、と急須を置く音がした。目を移すと丁度、鶯丸が茶を淹れてくれたところだった。
爽やかな良い香りだ。新茶らしい。
「ありがと。」
「今年のは特に美味いぞ」
「お墨付きとは期待が出来るな〜。……そうか、もう八十八夜になったんだ。景趣はそろそろ変えようか」
「過ごしやすいが他の季節が見たいと言うものも居たな。俺はこのままで構わんが」
「ふうん?どうして」
湯呑みを殊更ゆっくり傾けて一口。伏し目をこちらに流して泰然と微笑みながら、鶯丸は口を開く。
「この景趣の時は、俺を近侍に据えるようだからな」
いや、洒落にならねえな。
目を開いて見えたのは遥か頭上の断崖。
どうやら随分と長く気を失っていたらしい。
朝早めに山に入ったはずだが、陽は中天を過ぎているようだった。
今年は冷夏で、陽の光が足りずに作物がてんで上手く育たない。
しがない呉服屋の店主をしている身としては、食べ物の値段の高騰は大きな打撃だった。だから少しでも足しになるようなものは無いかと山に入ったのだ。
それなのにこの様である。
手入れなどされていない山はどこに何があるのかなど分からないのに、不用意に繁みに脚を突っ込んだ。それで落ちた。
自業自得だ。
身体のあちこちが軋んでいるが、特に、脚の感覚がおかしい。痛いというよりは、自分の脚では無いような、どこかに行ってしまったような感覚。
これはもう駄目か。
呟いたはずの言葉は発音さえされず、誰にも届かず消えた。
見ずともわかる。己はもう使い物にならないだろうと。
帰れない。
帰れたとて、この身体で生きていけるのか。
家人に言い置いて出てきたが、こんなに鬱蒼とした崖下に誰が落ちていると思うだろう。作物ついでに、山の木々ももっとシナシナと育たなかったら良かったのに。
駄目だと思ったとたんに、目蓋がずっしり重くなる。
ああ、これが、そうか。
気をしっかり持たねば、命すらも手放すことになると町医者が言っていた。
こういうことか。
走馬灯は、落ちた瞬間に見た気がする。
あの世に渡る準備は万端だ。
家族、奉公人、友人、そう、最後の、あの、
最期の、
赤い、
「そうか、竜田か」
隣でぽつり、と落とされたその声が普段から静かなその子にしても、あんまりにも柔らかいもんだから玉子スープが変なところに入り込んだ音がした。
「んっ、えふ、ぞ、あ、からぼ、ん"え"っふ!」
「……」
保冷ポットから無言で麦茶を注ぎ渡してきてくれる。
いや、すまんな。
先程夕餉間際に帰って来て、身を清めて席に着けば珍しく全員が揃っている。
全員揃うときは何か知らせがある時だ。そう思い当たって心が踊る。目の前に座る乱に目配せすると、同じように考えたのかキラキラと楽しそうに微笑んだ。
今日は同じ部隊で固まって座ることになったから、彼是と話したいのも有るんだろうさ。
「新しい戦場が開けられることになった」
主が言うことにはこうである。
制限された戦場が開く。日程は一週間後から。稀に拾える刀があるらしい。
曰く打刀。
この本丸には特に欲しい種類の仲間だ。主は打刀との縁が薄い。
山姥切国広も歌仙兼定も、蜂須賀虎徹や陸奥守吉行、長曽根虎徹だって当たり前のごとく無い。
割には江はそこそこ揃っている。
この頃には極端に縁が薄いと身に凍みるほど分かっていたから本気で死に物狂いになった結果だった。
他にもノルマをこなした際に受け取れるような機会もあったが、何かに付けて騒動が起こったり主が体調崩したりした故に手が届かなかった事ばかり。
人手が足りずに何かと引っ張り回される打刀達が、度々広間や濡れ縁で疲れて落ちているのを見たい訳ではないんだ。
いやいや、主はきちんと調整してくれているが、良い刀ばかりだ。何かと気を回して頑張ってしまうんだろうなあ。
それで、今回のは打刀。
「大倶利伽羅と火車切とは縁があるのか?まあ、残念なことに肝心な俺と打刀との縁がなんとも、トコロテンばりに透明だし脆…も、もろくは無いがなんともしがたい!出来れば来て欲しいが無理せず行こう!」
あまり言葉にするのは良くない、と口には出さないが透明で脆い
後半は情けない力強さの主の言葉に場が和む。同時に士気も上がる。
そうして、夕餉前の挨拶が終わった時の、この柔らかな言葉である。
たまごが詰まるのも致し方無いだろう?
「鶴丸さん大丈夫?」
「んんっ……すまん、大丈夫だ。ありがとうな乱、伽羅坊」
「ううん、気をつけてね!」
笑顔の乱と、ふすん、と隣の呼吸のみの返事を聞いて、もう一度茶を飲み込んだ。
今日の夕餉はちんじゃ、…お?なんだったか、そういう名前の野菜と肉の炒め物が中心の中華料理だ。
中華料理は比較的に伽羅坊と火車切が好んで食べるので、そうしたんだろう。
大皿の隣に丸々と蒸かされた花巻が山ほどある。一つ手にとった。
「ねえ、大倶利伽羅はさ、
伽羅坊の向こう隣は蛍丸が座っている。
花巻にそのままかぶり付いていて、こちらを見上げていた。やたらと花巻が大きく見えるなあ。
ちらと火車切の所属している部隊の方を見れば、あっちでも質問攻めされているようだ。
「知ってはいる」
「どんな刀?」
「そーだ!竜、ってことはそいつにも彫り物があるのか?」
その身に彫り物がある刀は少なくない。
身を乗り出して来たのは愛染国俊。ぎゅう、と押された蛍丸は少々不機嫌そうに伽羅坊の方に詰めた。
「俺が知っている限りでは無いはずだ。どんな刀かは、分からん」
「ふうん?」
「なんだ伽羅坊、会ったことは無いのか?」
「一度だけだ」
伊達家に長く在った伽羅坊が一度だけと言うなら、磨上前の事かも知れんな。そうしたら意識も覚束ないだろう。
そう思って顔を見れば、ほわりほわりと、桜でも舞いそうなほど穏やかな瞳をしていた。
蛍丸と伽羅坊越しに目が合う。
途端にキリッとした顔で頷いたので、俺も頷き返した。
「じゃあ!頑張って来てもらわないとね!」
乱の気合いが入った声がかかった。
頷かれる。俺も頷いた。
主の初期刀、加州清光と最初期から戦ってきた刀で、太刀から打刀への変更を経て長い間たった二振だけの打刀だったらしい。
蛍丸が来ようが、俺が来ようが、三日月が来ようが、主の縁が心太だった打刀は二振だけで。
そんな打刀の片方の縁者が拾えるかもしれない。
取っ付きにくいが優しい子なのは、既に全員が知っている。
縁があっても会いたいと積極的に言わないのも知っている。
困っちまうなあ、必死にならん選択肢が無いんだぜ。
そう。主だって出来ればなんて言うが、こんな顔で「一度だけ」なんて言われちゃ困っちまうだろうよ。
新入りの山姥切と江の一派には、練度上げついでに付き合ってもらおうじゃないか。
「竜田生駒と申します。……平和な手の内に在りましたが、赤く染めてこそ俺でしょう」
大倶利伽羅と火車切と似通った、殆ど黒い衣装に褐色の肌。
胸元まで届く長さの、広光っぽい緩やかなウェーブを描く髪の下から三分の一ほどが赤い。それを頭の後ろで少しまとめて括っている。
大倶利伽羅と似ているようで、もっと朱に近い明るい赤。
「竜田とはやはりそういうことか!主!伽羅坊と火車切連れてきていいか!いいな!?行ってくるから待っていてくれ!」
「鶴丸、二振は厨だぞ」
「有難い!」
「おお、分かった、分かったけどちょっと落ち着け鶴丸、あー!走るな走るな!」
三日月の情報を受けてテンション爆上がりで走っていった鶴丸を見届け、改めて彼に向き直った。
「慌ただしくて申し訳ない。よろしくお願い申し上げます、竜田生駒」
「ああ、よろしく頼みます、主殿」
にこり、と微笑む顔は穏やかで美しい。
賑やかな性格ではなさそうだが、取っつきにくい感じも特に無い。
そこはかとなく、親近感が沸くのはなんでだろうか?
「今の彼は
「ああ、鶴丸国永だ。こっちは三日月宗近。どちらも太刀だよ」
「よろしく頼む」
「はい。俺の方こそ、よろしく頼みます」
二人を眺めていると入口のほうから声がかかる。鶯丸だった。
ちなみに近侍は未だに鶯丸のまま、景趣だけ変えた。
ひたすらに珍しいデレのようなものを見てしまっては、審神者自身が男だろうとなんだろうと膝から崩れ落ちるしかなかったのだ。
案外三日月と仲良く話しているのを置いておいて鶯丸に近寄ると、薄く笑って盆を手渡して来た。
ああ、忘れていた。
毎回近侍にはこれと、迎える準備を頼むので、喚ぶ際には別の刀を連れている事が多い。
「ありがとう、鶯」
「構わんさ、いつもの事だ。それに、打刀を拾えるのは珍しく目出度いからな」
「ほんっと、それだよ!奇跡かもしれない」
「自分で言うのか」
現に本当に珍しいのだ。
まだ戦場は開いている。ギリギリでもなんでもなく昨日の午後に、ひょいと山姥切が拾ってきた。
拾った本人は怒涛の出陣で疲労感満載であったが、誇らしげに桜を舞わせていた。
まあ、拾ってきただけの段階では打刀だとは分かっても、どの刀かは分からないようになっているから竜田だとは確信していなかったけどな。恐らくこういう時は何かしら目隠しの術が掛かっているのだろうとは思う。
何の刀なのかその場で分かったら、「もうあるから捨て置こう」なんて言うやつ出てきそうだしな。
ただ、打刀だと言うだけで祭の様相だった。
打刀が拾えるのだと、もしかしたら竜田も夢ではないかもしれないと、そういう心持ちになってしまう。なってしまうと言うか、なった。
めちゃめちゃなった。
祭だろ、これは!
俺が手にとって竜田生駒だと分かった時には祭が確定した。
夕食の希望だの1番風呂に入ってこいだのアイス用意しとくからだの、部隊まるごと散々やんややんやと労われて少し驚いた様子だった。
苦笑いの他の部隊メンバーを見て、へとへとの山姥切と桑名は、この本丸がいかに打刀に縁が無いかをようやっとしっかり実感したらしい。
「ではな、後の準備を整えてくる」
「ああ、頼んだ」
鶯丸を見送り、盆を抱えて二人のところへ。
促して、座布団を敷いて座らせる。盆を置いた。
「これは?」
「迎の茶だ。茶請けと一緒にお食べ」
にこにこと微笑む三日月が、盆からランチョンマットと茶菓子の皿をとって竜田へ寄せる。
コースターの上に氷の入った透明なグラスを乗せた。
今日の茶請けは、昨日燭台切が作っていたものを分けてもらった。故に緑茶にガトーショコラ。
正直どうなんだその組み合わせは……と思わないでもないが、この迎の茶は基本行き当たりばったりで用意しているのでしょうがない。
本丸の水で煎れた緑茶、それと、本丸に長く在る刀剣が作る茶請け。それが条件だ。
「鶴丸が大倶利伽羅と火車切を呼んできてるから、食べながら少し待とうか。」
「大倶利伽羅と火車切、」
「竜田は知ってる?」
「はい、知っています。火車切は会ったことはありませんが……。三日月、俺は大倶利伽羅に再び会えるのか」
嬉しそうな顔をして三日月に話しかける彼は、ずいぶんと無邪気で子供のようだ。
おいおい、そこそこにしておいてくれ、うちの本丸の平安刀はどうも他より若いのに弱いんだ。お爺ちゃんムーブが止まらなくなってしまう。
現にもう「おや、」みたいな顔で可愛がりたいオーラ全開だ。
「うんうん。これから会えるぞ、さ、お食べ。美味いぞ?」
「まあ、食べないと移動も出来ないしな」
「はい、頂きます」
茶は審神者との縁を繋ぐ験担ぎなので自分も飲みながら待つ。
と、食べ始めたところで廊下からいつもより五月蝿い足音が聞こえた。普段はあまり足音がしないので、これは珍しい。
「主!」
「はいはい、なんだ鶴丸」
これまた珍しくガタガタと戸を開けている。
この間は木戸なので、上手く開けないと途中で2度3度つっかえるのだ。
「鶴丸、迎の茶をしているのだ、もう少し静かにせぬか」
「いや、すまんな。だが打刀だぞ、それに伽羅坊の縁だ。落ち着いて居られるか!」
「その大倶利伽羅は?」
「いや、昼餉用の揚げ物しててなあ、折が悪かった。火車切は連れてきたんだ、入っていいか?」
「もちろん」
「邪魔するぜ」
昼は揚げ物か〜、天ぷらかな。
いくら揚げ物って言っても大倶利伽羅の事だし、こっちに来るのを断ったんだろう。
今日は祝の席を設けるつもりだから、準備もあって厨には燭台切がいる。大倶利伽羅の縁の刀なら揚げる作業位は代わってやって、「行ってきなよ」とか言うんじゃないか。
それを断る大倶利伽羅。
全く伽羅ちゃんてば、て顔の燭台切。
うーん、想像出来すぎる。
座布団を持ってくることなく畳に雑に胡座をかいた鶴丸の横に、火車切が静かに座った。
丁度、竜田生駒の左斜め前。
「あ、あの、竜田生駒、」
「うん、君が火車切か。会えて嬉しい」
「!」
柔らかい表情と声に、火車切は面食らったみたいだった。
広光の刀は大倶利伽羅と火車切だけだから俺も驚いてしまう。
意外と似てる!
ぱっと見では大倶利伽羅と火車切ほど兄弟ぽさは無い。どちらかと言えば正宗に近いような中性的な容貌に寄ってるのに、落ち着いた空気感と微笑んだ顔が似ていた。
「俺のこと、知ってたの」
「もちろん。火車切は名の通らぬ俺のことなどは知らないかも知れないが、」
「そんなことない!」
「……ほんとう?」
「うん、会えたらいいなって思ってた。大倶利伽羅とも話したから、余計に」
「安心した、すごく嬉しい。これから一緒に戦っていこう、火車切」
力強く頷いた火車切に笑いかける。
茶器を避けて少しにじり寄った彼は左手で火車切の右手を取って指先をきゅ、と握った。
照れたような感動したような顔で控えめに握り返すのを見ていると、微笑ましくてどうしたらいいんだか分からなくなる。
揚げ物してるお兄ちゃんは至急来てくれねぇかな。
「やあ、縁のある物が揃うのは嬉しいものだな、主よ」
「うん、マジで良かった!燭台切達に夜はもう1品おかず追加してもらおうか」
「さっき丁度青江派も畑から戻ってきていたからなあ。小鉢くらいなら今からでもいけるんじゃあないか?」
「よーし、じゃあ竜田生駒が食べ終わったら案内を山姥切に引き継いで、俺たちは準備だな」
はっとして続きを食べる竜田生駒に、急がなくていいと声をかけながら茶を飲む。
途中で鶴丸に山姥切を呼んできてくれと頼んで待っていれば、食べ終わった彼から丁寧なお礼をされてしまった。
「あまり畏まんなくて大丈夫。
「ですが、俺は新しい奉公人のようなものだから相応しく居なければ」
「ここにそんなこと気にする刀居ないよ、大丈夫。それに、少なくとも今日は主賓だから!」
もちろん竜田生駒の来歴次第かも知れないけど、それを置いておいても我ながら良い本丸だと思ってる。
そうしたらいきなり戸が開いた。
「そうだぜ!明日から戦って戦って畑仕事して厨番して戦って戦って戦って馬当番して戦ってだからな、気にしても無駄だ」
「おい鶴丸!そんな馬車馬スケジュール組んでないだろ!」
「ははは!違いないなあ」
「三日月宗近??」
「全く……呼ばれて来てみれば、ずいぶん賑やかじゃないか」
「お、山姥切、休んでる所ありがとう」
「構わないよ。彼がそう、かな?」
「そうそう。竜田生駒、こっちへ」
戸のところにいる山姥切へ近づく。
「竜田生駒と名付けられた物です。世話になる」
「俺は山姥切長義。説明が……、無かったみたいだけれど、案内役を頼まれていてね。付いてきてくれるかな」
しまった細かい説明忘れてた!という顔をしたら、呆れ気味でまるごと請け負ってくれた。優しい。
「この本丸だと拾ってきた奴が育成補助役になるんだ。何か分からない事があったら聞いてみて。山姥切、なんでも詳しくて頼りになるから」
「はい」
「ふふ、山姥切の本歌として、当たり前の事かな」
まあ、元から知っている事も多いだろうけど、彼はここにもいつか山姥切国広が来た時のアドバンテージにしたいのか、隠れてあれこれ調べて知識を吸収しているらしい。
努力は指摘しないのが華だ。
「……本歌?
「ああ、いるよ。にせ、」
「そうなのか!良いな、貴方は優れた宝物なんだ。そんな刀に案内してもらえるのは嬉しい。ありがとう、主殿」
隣からドッッ!て音が聞こえるかと思った。
天下五剣とか傑作とか自己紹介してくれる刀は居ても、他の刀を「優れた宝物」と言う刀はいたっけ?しかも自分の本科でもなく刀派も違う。
固まったあとにじわじわ居た堪れなくなっている山姥切を横目に、俺は平常心平常心。
「偶然だったけどそう思ってくれるなら良かった。じゃ!山姥切、よろしく頼むよ。案内行ってこ〜い!」
ぎこちない山姥切をグイグイ押して促すと、軽い礼を俺たちに残して竜田生駒はこの顕現の間を去っていった。
「……案内、俺もできるのに」
「この本丸の独自ルールってやつだな。なに、これから一緒に出陣もするだろ!たくさん話すといいさ」
いつの間にか火車切の頭に乗っているふわふわしたやつも、どことなく不満気に見える。
「いやしかし、伽羅坊のとこにしては危うげで朗らかな奴が来たな」
「そうか?俺は血の気が多そうな刀だと思うぞ」
「え?」
「うーーーーん、おじいちゃんたちさあ、簡潔に説明をお願いしてもいいか?」
「お?いいぜ。あいつの記憶がどうなってるのか知らないが、割と自分を卑下する癖があるだろうな」
胡座に肘を付いた鶴丸が、ほんの少し引っかかっていたことを言語化してくれた。
「それは感じたかも」
「伽羅坊も火車切も、自分の業を磨き強くなることに積極的じゃないか?」
「っ!それは、そう、強くなりたい」
「そうだ、自分なんて、とはならん。そういうこと言うときはわざとこっちに特大皮肉をブン投げて来てる時だ。俺はもう謝るしかない」
「大倶利伽羅に何をやってんだ鶴丸……」
「はは!いや、まあ、だから広光にしては……後ろ向きな気質なやつだと思ったさ。刀もその働きも見ていないのに、優れた宝物などと賞賛の言葉を贈った。山姥切が良い刀なのは間違いないが、な」
「うむ、少し、人間のような感覚が強い刀やも知れんな」
人間ぽい、そうか、少し親近感があるのはその感覚のせいなのかもしれない。
「俺は、あれだ。居ただろう鶴丸?歌の上手い遊び人が」
「三日月……君、そんな抽象的な投げかけで答えられる奴など限られるだろ」
「遊び人?」
「主は知らぬか?ちはやぶる神代も聞かず竜田川、からくれないに水くくるとは」
「在原業平ってやつが詠んだ歌だな。古今伝授あたりがもっと詳しいんじゃないか?」
「百人一首?」
これでも文系なのでほんの少しくらいは分かる。
しかも在原業平なんて有名枠だ。
ただちょっとさあ、三日月は在原業平より後に作刀されてるはずなのに「歌の上手い遊び人居ただろ」って言うのやめろ。
嫌だ、そんな現代にもそこそこ居そうな呼称。すげえチャラそう。
「あ、もしかして、」
「火車切は気付いたか?」
「え?!なに、分からん、あれって紅葉が綺麗だなって和歌だろ。竜田川が竜田生駒の名前の由来ってことか?」
「あいつの名乗りをちゃんと聞いていたか?」
「聞いてたよ!赤く染めてこそ?少し鶴丸と似てるか?」
「主よ、ここに集められるような《竜田生駒》としてのちはやぶる、だ。紅葉で《川が赤く染まる》。川のような赤と言った方が良いか?」
「……え、…………え?!待て待て!そういう?!」
「どこかの一族郎党まるごといったかね」
「まるごと………」
「真意は直接聞くに限るぞ、折角我らにも口があるのだからな」
はっはっは!と笑う三日月と、静かにキラキラした顔をしている火車切。いや、お兄ちゃんA(仮)が切れ味良くてかっこいい!てなってるんだろうが、ちょっと待って。
いや、どうしよ、初陣の部隊編成どうしよ。
「小手調べだろう、織田軍編成にしておけば良いんじゃないか?」
「ああ、そっか、じゃあそうしようかな」
穏やかな性質なだけだと思ってしまっていた俺はショックを受けていて、満面の笑みの鶴丸と、それを胡乱げに見る三日月と火車切に気付かないまま。
一波乱来るのを茶を飲みながら待つしか無かったのだった。
「おい、姫様!」
ぼんやりした意識の中、誰かを呼ぶ声で目が覚める。
……え?姫様なんてこの城下に降りてくださることなんてあったろうか?
それになんて無礼な声のかけ方だ、お付きの者にでも聞かれたら罰せられてしまう。
「やめろ、」
「まだ寝てるのかしら?」
「おい、広光。主殿が出掛けるらしい。今日はお前を連れて行くってよ」
「戦にでも?」
「いいえ、座に行くらしいですよ」
「座に?珍しいな」
俺の知らないはずの情報を俺が話しているらしい。
するすると勝手に口が動く。
どこ、だ?
崖から落ちて、それから、死んだんだろうが、こんな上等な屋敷、この辺の大店でも見ない。
お武家の屋敷みたいだ。
「あら、今日はぼやっとしてますね」
「刀剣は人斬ってるほうが意識がこう、シャッキリするんじゃねえか?」
「そういうものですか?」
「違うのか?刀じゃねえから知らねぇが」
「そういう事じゃない、ただ俺は、」
死んで、今、目が覚めただけで。
「まあしょうがねえって、ここに流れ着いただけ儲けもんだ。捨てられねえようにするんだな」
「そうですよ。私たちみたいな日用品より、武功ってやつがありますよね、刀には」
「それはそうだが、刀……刀?」
ようやく頭の中が晴れてきたような気がして意識すると、すぐ足元に刀があった。
刀、確かに店にも一振り置いていた。
ただそれとは違う。姿が違った。
こんなに上等な拵を揃えられなかったはず。
刀、
刀?
俺自身……?
勝手に動く口を思い出した瞬間に、ばちんっ!という何かに叩かれたような音と衝撃がして、そう、そうだ、刀だ、俺は、死んで、刀になってそれで。
それで、
「たくさん殺した………、」
それはそうだろ?という何かの付喪神の声が遠く聞こえる。それはそうなのかもしれない、刀だ。俺は。
けれど、人間で。人間だったはずで。
身体がないのに目が回る気がする。血がないのに血の気が引いて足元がぐらつく。呼吸しないのに息が上がる。
「お、ほら、取りに来たぜ」
「行ってらっしゃいな。座はきっと他の刀も居るわ。目が覚めるんじゃないかしら」
武家の家臣だろう男が俺を持っていくのをなんとか息を注ぎながら見送っていたら、引っ張られるように意識が崩れた。
座。
刀剣の売買製造を取りまとめる組合のはず。
寺社が窓口になったりするらしいが、俺が生きていたところは座に直接窓口があったはずだった。そこで店に置く刀を買い求めたから。
この辺りもそういう仕組みらしい。
俺の今の所有者は、家臣へ下賜する刀を数振ほど揃えに来たらしく、応接の間に通されて長い事話している。
その間暇でしょうがない。
どうせもう自分は呉服屋ではない訳だから、商人の話を聞くのは、少し堪える。
それなりに好きでしていた生業だった。もう商売は出来ないのだ。だから、見ているのは辛かった。早く忘れたい。
人間であったらため息をついていただろう気持ちで端にへたり込む。
周りには何も気配がない刀が店前売りのように並べられていた。見本というやつだろうか。
「おい、お前」
ビク、と思わず肩が跳ねる。
声が聞こえた方を見れば、長身の男が居た。刀だ。
刀、意識を持っている、強い刀だと思った。
見目が良く、深く落ち着いた鋭さがある。
身に付けている着物が上等だ。どれほどの紅花と手間を掛けたのか、これほど濃い
深い黒は墨ではなく藍と山桃の染めだろうか。
「起きていないのか」
「お、起きては!いる!……あ、申し訳無い、その、貴方がとても上等だから、驚いてしまって……」
「……ふん」
男神とはこういう男を言うのだろう。
ただの人間であった自分が矮小に感じられて気後れしてきた。
「広光の作刀にしてはよく喋る」
「は、……あ、貴方は俺を知っているのか」
「知っているも無い、判る。同じ、広光の刀だ」
「同じ、………その、あまり、実感が無い。何せさっき意識が起きたようなもので、ただただ、呆気に取られるばかりで、あ、………どうした、ものかと」
どうしたもこうしたもないのだが如何せん、人であった時の意識が残っているせいで良くわからない。
後になって思い返せば、まだこの時は混乱していたのだ。
人だった時の記憶が嘘だったのか。
むしろ今が嘘なのか、現実がどれなのか分からなかった。
額に何かが当たって顔を上げると、至近距離で彼が俺の額に手の甲を当てている。
「何を、」
「じっとしていろ」
びり、と力の奔流が一瞬にして頭を貫いた。
「っ!?」
脳髄がひっくり返った心地だ。
ただこの時、間違いなく今度こそ、『起きた』んだろう。
付喪神として。
力と一緒に流れ込んだ情報量に目が回って座ってすらいられなくなったのを支えてくれる。
その割に、先程よりもずっと視界は鮮明だった。
「お、大倶利伽羅、……乱暴だ、こんな、……吹き飛ぶかと思った……」
「号も無かったか」
「起きたばかりだと、……ぐ、」
「……悪い」
座り直して俺をその身に寄りかからせてくれたところを見るに、どうやら本当に号くらいはあると思っていたらしい。
「だが有り難い。少し、安定したような気分だ」
「お前、……」
何かを言いかけてそれが長めのため息となったので、ずいぶん静かな質の男だなと思った。
「いずれ、号を戴くようになるだろう」
「そうだろうか?」
大倶利伽羅という刀は話す言葉に力があるみたいだったから、俺も本当にいずれ号をもらえるんだろうと期待が膨らむ。
というところまで考えてハッとした。どうやら本当に刀としての意識が混じって来ているらしい。
無意識だった。
今の大倶利伽羅の衝撃がきっかけなのか。
このまま刀に成って人の意識は消えてしまうか。
襲ってきた不安にぼんやりした心地になれば、どうやらそれは俺の身体に影響するらしい。
「保たないか。」
「……申し訳無い。……大倶利伽羅、また会えるだろうか」
「分からん」
「会えると嬉しい」
「……」
「貴方は強いだろう、俺も、折れたり、捨てられないよう、がんばる…………、」
そこで、意識を保てなくなった俺は霧散した。
continue.
▼?
とある城下に店を構える元呉服屋主人。
「しがない」というもののそれなりに大店。
江戸時代あたり生まれ。
▼竜田生駒
公家一族の騒動で100人の人間を斬り伏せた者がいた。
その血が屋敷から流れ出して川のようだったので、紅葉が流れる川に例えてその刀は「竜田」と呼ばれるようになる。
という逸話が文献では初出。以前の経歴は不明。
この騒動で所有者一族が滅び、紆余曲折、松永久秀の手に渡る。
この頃は「
松永久秀死後、転々としながらも最終的には郡山藩の寺に奉納。
その後、寺から博物館へ寄託され現在まで収蔵。
今では地名を冠して「竜田生駒」と号される。
松永の戦況判断の速さ柔軟さは理解しているものの、正直もっとなんとかならなかったのか大変苦々しい思いはある。
色〜んな刀と気不味い。
▼元いた屋敷の付喪神
後から来て、大事に大事にされている広光の刀を「お姫様」とからかっている。
▼大倶利伽羅
磨上げ前に一度だけ会ったことがある。
竜田生駒「目線が同じくらいになって嬉しい。歳の近い兄弟みたいだ」
大倶利伽羅「…お前な、………」
▼火車切
たくさん喋る(広光比)兄がきた。
何かと色んな刀とドタバタしているので尊敬半分心配半分。上杉家とは少々縁があるらしいので比較的に最初からお互いに気安く接している。
竜田生駒「火車切、小豆からおやつをもらったんだ、大倶利伽羅も誘ってお花見しよう」
火車切「…!うん。飲み物、取ってくる」
▼三日月と鶴丸
永禄の変も本願寺攻め離脱も知ってるので、足利家と織田家に関わりが深いのが来たなあ〜と思っている。
と、言っても竜田生駒は他家所有の刀なので三日月と鶴丸が一方的に「呼ばれるほどに継がれる刀になったのだなあ/やはりあの紅葉川のことだったかあ!」となってるだけ。
元主と松永との関係は気にして無い。
鶴丸は「反応が楽しみだな!」程度の好奇心で初陣織田編成を進言。
あとで薬研と大倶利伽羅から苦言を呈される。
▼不動と薬研(と、この本丸不在の宗三)
仲が良い。
が、最初は竜田生駒が気不味いと思っているので距離を置くような存在。
対面して「あいつが持ってた紅葉川か!」となり特に織田家由来の刀が気付く。
▼(この本丸不在のへし切長谷部)
長谷部の情緒がごちゃごちゃになりがちなのでしばらく接触不可になる。
▼実休光忠
大倶利伽羅との流れで燭台切始め長船派とは良く交流するものの、竜田生駒は特に実休と会話するとしばらく変な汗が止まらなくなる。
実休は気にして無い。
【竜田姫】
秋を司る女神。別称・龍田比売神。
裁縫と染色の神とも知られる。