七つで味わう紅

「ふむ、これは困ったことになったな」
三日月宗近は、辺りを見回しぽつりと呟いた。先程まで一緒にいた仲間たちが一振もいない。どうやら自分だけが取り残されてしまったようだ。主に連絡したくとも、部隊長ではないので通信機は手元にはない。

今回の遠征先は平成。この時代で時間遡行軍の目撃されたという情報が政府よりもたらされた。遡行軍の目的は不明。三日月たちの主はそれを調査するように命じられたのだ。
『平成最後の年という時代の節目ですからね、歴史修正主義者にとって変えたいと思う事柄が何かしらあったのかもしれません』
此方(平成)に来る前に、告げられた言葉を反芻する。
「…此度の遠征では遡行軍には遭遇しなかったな。時期がずれたかもしれんなあ…」
結論をいうと、遠征は失敗だった。渡った日には遡行軍は現れなかった。それで数日間留まってみたものの、それも徒労に終わってしまった。歴史にどう影響が出るか分からないので、あまり長居は出来ない。一旦、本丸に戻って仕切り直そうということになり、主に『門』を開いてもらった。しかし、何らかの原因で三日月が一振、ここ(平成)にとり残されてしまったのだ。
「さて、どうしたものか」
「お兄さん、迷子なの?」
途方にくれ、そう呟いた三日月に、幼い声がかかった。振り向くと少女がぽつりと一人で立っていた。
赤地に白梅や牡丹があしらわれた着物を身にまとい紅葉し始めた木々を背に立つ姿と感覚に触れてくる霊気に、三日月は既視感を覚えた。
――三日月さん
赤く色づいた紅葉の木の側から己を呼ぶ主の姿が少女と重なった。
「おにーさん…?」
自分を見つめたまま返事をしない三日月に、少女は再び声をかけてきた。その声にはっと現実に引き戻される。
「っ、あぁ、仲間に置いていかれてしまってな。どうしようかと思案しておったところよ。このような所へ一人で来て、おぬしも迷子か?」
さくりと足を進めて近寄り、視線を合わせるようにしゃがみこんだ。黒曜の瞳が、じわっと潤む。
「七五三のお参りにお父さんとお母さんと一緒に来たんだけど、はぐれちゃって…気づいたらここに来ちゃってた」
今にも決壊しそうな涙を袖でそっと押さえてやる。
「そうか。それは心細いな…。(俺の中にある主の霊力に惹かれて迷いこんだか?)どれ、俺が親の元へ還してやろう」
ぽんと頭に手を置き、立ち上がった。手を引いて歩き出すと、少女はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
父親と母親がお菓子を作る仕事をしていること。小学生になったから少しずつその手伝いをしていること。今日は七五三だから着物を着てお化粧してもらえて嬉しかったこと。
楽しげにお喋りする少女を、三日月は相づちをうち、微笑ましく思いながら目を細めて聞いていた。ところでと、話しに区切りがついた頃合いを見計らい、少女が手に下げているちりめんの巾着を指差して、何が入っているのか尋ねた。そこから甘い匂いが漂ってきているのに気づき、中身が気になったのだ。
三日月は大の甘党で、主や料理上手な刀剣たちにねだっては作ってもらっているのだ。
「これの中身?お母さんが作ってくれたマカロンだよ」
「まかろん?」
聞きなれない言葉に小首を傾げて口にした。少女は頷くと巾着の口を開き、ビニールの袋から薄紅色の丸いものを取り出した。
「これがマカロンだよ。一つどうぞ」
差し出されたマカロンを礼をいって受け取り、一口かじると、さくりとした歯ごたえの後甘酸っぱい味が口の中に広がった。美味いと目を輝かせて呟くと、残りもあっという間に食べてしまった。
三日月の表情を見て、少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。そして、自分も一つ口に放り込んだ。好きなチョコの味に、不安な気持ちが薄らぐ。ごくんと飲み込むと、三日月を見上げていった。
「私ね、大きくなったらお父さんとお母さんのようなパティシエになるんだ。そして寂しい時や辛い時、悲しい時に少しでも元気がでて笑顔になれるような美味しいお菓子を作るの!」
「そうか、そなたならきっと作れる。精進するのだぞ」
「うん!」
きらきらと輝かせて夢を語る、曇りなきその瞳と清らかな霊力に三日月は目を細めた。
―この子を失うわけにはいかぬ。主の、それと我が本丸のためにも。
そう思った三日月は、立ち止まると腰に佩いていた刀を鞘から少し引き出し、自らの左の人差し指を刃に押しつけた。ちりっとした痛みと共に赤い血が滲み出た。
右手で少女の顎を優しく掬い上げ、血を紅がのる下唇に重ねて塗りつけた。
「これから先もそなたが健やかに成長するように、という『呪い(まじない)』をかけた。これで悪しきモノは近づけぬ。このことは周りの者達には内緒だぞ?」
懐紙で指の血を拭い、その指を口に当てて微笑んだ。
「うん」
「良い子だ。さぁ、ここを真っ直ぐ歩いて行くと森から出られる。そこで両親が待っているぞ」
頷く少女の頭を撫でた後、ついと腕を伸ばして先へと続く道を示した。
「ここでお別れだ。なに、心配はいらぬ。『呪い(まじない)』が守ってくれるからな」
不安げに見上げてくるので、安心させるように微笑んでみせた。
少女は立ち止まる三日月の隣から数歩歩いてから振り返ると、にこりと笑っていった。
「さようなら、お兄さん」
「ああ、達者でな」
手を振り小さくなっていく後ろ姿を見送った。
「三日月殿!」
「三日月のじいさん!」
聞きなれた二つの声が背後からかけられた。その方向へ顔を向けると、同じ部隊の一期一振と薬研藤四郎がざくざく足音をたてながら近づいてきていた。二振は三日月の姿を確認すると、安堵の表情を浮かべた。
「ご無事でなによりです。こちらに『門』が開いております故、参りましょう」
一期はやって来た奥へ視線をやり、先導するように歩き出す。
「手間をかけさせてすまんな」
「なぁに、じいさんに手間かけさせられるのは、今に始まったことじゃないからな。気にしなさんなよ」
「薬研!弟が申し訳ない三日月殿」
一期の後に続きながら三日月が二振に詫びると、その横に並んだ薬研がからから笑いながら背中をぽんと叩いた。一期は無遠慮な言葉をいった薬研には窘めるように、それを笑って流した三日月には申し訳なさそうに名前を口にした。
三日月は『門』を潜る前に森を振り返ると、
「息災でな」
そっと呟き袖を翻して平成の時代を後にした。

本丸に帰還した三振りは、執務室に報告へ向かった。途中、同じ部隊の刀剣たちに出くわし、無事だったことを喜ばれた。
「帰ってきた時に三日月がいなかったから、驚いたぞ」
「主もこんなこと初めてだって慌てていたよ」
「皆には心配かけたなあ」
わっと囲まれた三日月はほけほけ笑いながら応じた。それを一期と薬研は端から見ていたが、主に報告に行くところだから話は後程にと割って入った。
執務室前で声をかけると、直ぐに応答があった。障子戸を開けると、主は文机の前に座っていた。
「一期さん、薬研、帰還早々の任務お疲れ様でした。それからお帰りなさい、三日月さん。ご無事でなりよりです」
三振の方を振り向き、そう声をかけた主は、三日月の姿を確認するとほっとした表情を浮かべた。
「ただいま戻ったぞ、主」
三日月はにこにこと機嫌よく笑っていい、主の瞳を覗きこんだ。
平成の世で出会った少女につけた加護は、血脈と共に主へと受け継がれた。その証として黒曜の瞳には自分とお揃いの月が浮かんでいる。
「帰ってきたばかりでお疲れでしょう。お茶をいれますね。寛ぎがらでいいので、報告をお願いします」
そういって立ち上がると、すかさず薬研も立ち上がって自分も手伝うと主と一緒に執務室を出ていった。
「三日月殿、あちらで主殿の血縁者にお会いなられたのですね?」
足音が遠ざかるのを聞きながら一期は口を開いた。それは問いかけるというよりも確認するものだった。
「気づいたか…。ふふ、主に似て可愛らしかったぞ。そうそう、甘味をもらったぞ。まかろんといってな、色鮮やかで美味な菓子だったぞ」
袖で口元をかくし、目を細めていった。
そんな三日月を見ながら一期は呆れたような、羨まそうな顔をしたが、ふっと表情を改め胸に浮かんだ推測を述べた。
「俺もそう思ったからこそ加護をつけたんだ。――主を失うわけにはいかないからな」
「もしそうなったら、我らも存在しないですからな。もしかしたら、三日月殿があの時代に残されたのは、偶然ではなかったかもしれませんな…」
「かもしれん…。何かしらの力が働いたかもな」
「おそらく。付喪神の我々がこう言うのはおかしいかもしれませんが、これぞ『神の思し召し』でしょうか」
語り合う二振の間にしんみりとした空気が流れた。
そこへ賑かな足音と話し声が聞こえてきた。一期が困ったように眉を下げた。弟たちのものが混じっていたからだ。
「――報告は後回しのようだな」
「弟たちが申し訳ない」
「いやいや、賑かなことは良いことだ。どれ、皆を迎え入れようかの」
頭を下げる一期に笑ってをみせ、障子戸を開けるために腰を上げた。からりと戸を開けると、廊下に首を出した。
「主よ、今日の茶菓子は何だ?」

おまけの一期さん
『三日月平成取り残され事件』から数日後。
執務室には一期がやって来ていた。何度か過去に経験した空気に、審神者と山姥切国広は身構えた。
「な、何かお願い事ですか?」
「主、質問が違うぞ。『それ』を使って『あれ』を作ってもらうつもりか?」
ひきつった声で尋ねる主に、山姥切は首を横に振って聞き直した。
一期の脇にはこの本丸ではお馴染みな緑の『それ』が笊に山盛りとなっている。満面の笑みを浮かべた一期は、ずいと笊を前に滑らせた。
「主殿!『これ』でまかろんを作ってくだされ!」
「…ずんだ大福じゃなかったのか…」
「一期さんも三日月さんに負けないくらい甘党ですから、羨ましかったんですね…。ずんだマカロン…それって美味しいのかな…?」