五年の歳月
この本丸の一期は早くに顕現しており、他の一期一振と違って弟たちを『待たせる』のではなく『待つ』方だった。初鍛刀で来ていた薬研藤四郎を覗く粟田口の短刀たちは一年程顕現されなかったのだ。
ある時、一期は自室へ戻る途中で、主である名前と燭台切光忠がずんだを使った豆大福について話しているのを耳にした。なんでも豆大福を食べた後に出陣したところ、光忠が待ち望んでいた太鼓鐘貞宗を見つけることができたという。名前の「ずんだのご利益かな?」という言葉に、一期は「これだ!!」と閃き、直ぐ様枝豆を笊一杯に摘み取ってくると、名前に豆大福を強請ったのだった。
「ずんだのご利益」は確かだった。今までのことが嘘のように粟田口の短刀たちを迎えることが出来たのだ。
これに一期はたいそう喜び、本丸の畑の三分の一を枝豆畑にしてしまった。本丸の仲間(一部は除く)たちは呆れていたが、一期は気にもとめないで、せっせと畑の世話をしては豆大福をちょくちょく名前に強請るようになったのだった。
「これくらいでいいですかな」
籠に溢れんばかりに摘んだ枝豆に満足げに頷き、一期は本丸へと足を向けた。
「!」
と、近くに何者かの気配を感じた。籠をそっと地面に置き、緩んでいた気を引き締めて周りに視線を巡らす。
(遡行軍、ではなさそうだ。触れてくる霊力は主殿と同じ、人のものだ)
警戒はそのままに、気配の元へと近づいた。枝豆の茎を掻き分けて視線を下に向けると、布にくるまれた赤子がすやすやと眠っていた。
「赤子…?何故こんなところに…」
訝しげに呟き、見下ろしていると、赤子が目を目を覚ました。鳶色の瞳が一期を認めた次の瞬間、大声で泣き出した。
「!?」
突然の泣き声に、一期はひどく驚いてびくりと体を揺らした。想定外のことに動揺し、どうしたらよいのかわからず、その場に立ち尽くして泣き叫ぶ赤子をただ見つめていた。
「いち兄!何があった!?」
一緒に畑仕事をしていた薬研が異変に気づき、一期のもとへ駆けつけた。そして途方にくれる兄と泣いている赤子を交互に見た。
「こりゃーいったいどういうことだ…?」
「私にもわからないのだよ。気配を感じたから、来てみれば赤子がここに寝ていて、目を覚ましたと思ったら、いきなり泣き出したんだ」
問いかける薬研に、困ったように眉を下げて一期は現状を説明した。自分たちだけではどうすることもできないと悟った二振は、主に指示を仰ぐことにした。枝豆の入った籠は薬研が背負い、未だに泣いている赤子は一期が抱き上げ、本丸へ急いで帰った。
「この赤子に霊力があった故に歴史改変の影響を受けず、存在が消えることなくここに流れついたようです」
政府からの返答をこんのすけが伝えた。
一期と薬研から話を聞いた名前はこんのすけを呼び出し、このことを政府へ報告させた。その後、調査する為、返答に数日かかるから、赤子は一先ずそのまま預かってくれという返事をこんのすけが持ってきた。
「私、子ども産んだことないからどうすればいいか分からないんだけど…」
泣き疲れたのか、スヤスヤ布団で眠る赤子を、名前は困惑した表情で見た。
「心配無用です!そうかと思いまして育児書と必要な物品を用意してきました!」
そういうと、こんのすけはくるりと一回りした。光の輪が浮かび上がり、その中に育児道具一式と本が現れた。
「足りない分は通販でお求め下さいませ。では私はこれにて」
いうだけいってこんのすけは姿を消した。後に残された名前と一期と薬研、近侍の山姥切国広は、頭の整理がつかず、茫然とこんのすけがいた場所を見ていた。真っ先に我に返ったのは名前だった。
「とにかく!赤ちゃんを預かることになったからには、ちゃんとお世話をしなくちゃね」
ぱんと気を取り直すように手を叩いていった。
「そうだな。こうなったらやるしかない」
山姥切の言葉に一期と薬研も頷いた。
こうして彼らの子育てが始まったのだった。
そして五年の歳月がたった。
拾われた赤子は男の子で、『一期が拾った子』ということで『こいち』と名付けられた。あの後、政府からの報告で、こいちは平成時代の最後の年生まれで、両親は歴史改変の影響で存在を消されてしまったと分かった。今回の改変で政府内はごたつき、赤子を受け入れ体制が整わないので、そのまま本丸で育てることとなった。こいちは名前を母親、一期を父親代わりにして大切に育てられた。たくさんの刀剣たちに可愛がられ、素直でおっとりとした子になった。
そして七五三の祝いを今年迎えた。
袴着の儀(はかまぎのぎ)。
現代でいう七五三の前身にあたる儀式。幼児の成長を祝い、初めて袴を着せる。その歴史は古く、平安時代に遡る。貴族の間に行われ、時代を経て武家、庶民へと広がっていった。
本丸には平安生まれの三日月宗近がいる。こいちの七五三は彼の強い希望で古式に則ってお祝いすることになった。
霜月の十五日に、こいちの七五三は盛大に行われた。
広間に戦装束をまとった刀剣たちが並ぶ。上座には名前と近侍の山姥国広が座り、その前にはこいちと一期がいる。碁盤の上に乗ったこいちに、袴の腰をあて紐を結ぶのは父親代わりの一期だ。
因みの親(袴の紐を結ぶ役)には、子孫繁昌(こちらは親代わりが刀剣の為、考慮されていない)にして寿命長久な者に頼むのが習わしだ。
ここにいる刀剣たちは長き間存在する付喪神たちである。太刀以上の刀剣たちがこぞって名乗りをあげた。これにまったをかけたのは、こいちの親を自負している一期で、一期に異を唱えたのは平安生まれの刀たちだった。結局は本丸の太刀以上の刀剣たちを巻き込んだ熾烈な争いとなってしまった。三日月との最終戦に一期は重傷を負いながらも勝利し、無事に権利を獲得した。
「…今回の手入れで使った資材は、各々責任もって拾って来てくださいね」
資材をしこたま食う、高練度で太刀以上の刀剣たちの想定外の手入れに、名前は顔をひきつらせた。本丸の運営に支障がでては困るので、該当者には黒い笑みと共に厳命したのだった。
「月日が経つのは早いね。こいちがここに来てもう五年になるのか」
「そうですな。赤子だったこいちがこんなに大きくなって」
名前と一期は、短刀たちに囲まれて食事をするこいちを眺めながら感慨深く言葉を交わした。
厳かな儀式が終わった後、祝宴が開かれた。大食漢揃いのこの本丸の料理は質量ともに物凄い。厨番たちが腕を存分に振るった祝いのお膳。縁起の良い食材と枝豆を使った料理が並んでいた。大きな鯛の尾頭付きは、刀剣たちの餌食となり、既に骨だけになっている。
『大きくなったら、とうさまのようなとうけんだんしになる!』
一期から祝いに贈られた短刀を小さな背中に背負ってそう宣言していた幼子。
残念ながら人であるこいちは付喪神である刀剣男士にはなれない。それどころか、強い霊力を持っている為、審神者になる未来が確定している。
(幼いあの子にはこれはまだ伝えなくてもよいこと。今はあの笑顔を曇らせたくはない)
一期と名前の想いは同じだ。二年後、七つになったら政府管轄の施設に入ることが先日決まった。一般的な勉学と審神者としての教育が始まるのだ。本丸へ帰ることはできるが、そう頻繁に許可はでないだろう。
「あの子は上手くやっていけるでしょうか…」
一期の心配は尽きない。大勢の弟を持つ一期はとても過保護だ。こいちにも物凄く甘く、何でも先回りにやってあげようとしていた。その度に名前はストップをかけ、こいち自身にやらせた。
「大丈夫ですよ。私や一期さん、本丸の皆が大切に愛情たっぷり注いで育てたんですから。愛されて育った子は、自分も他人も大切にして愛することが出来ます」
「…そうですな。こいちならきっと大丈夫だ…」
名前の言葉を聞いた一期は、胸の内に巣食う不安が薄らいだ気がした。屈託なく笑う養い子を見つめながら、その未来が幸せであるよう願うのだった。