雨が降っていた。もうすぐ日付が変わろうかという時間帯、分厚い雨雲のせいかいつもより空が暗く感じる。
ざあざあと、強く降りつける雨音だけが響く司書室で机に積まれた書類にペンを走らせ続けて、どれくらい経っただろうか。
今日はいつにも増して潜書中のトラブルが多く、その処理に手間を取られすぎてしまった。おかげでこんな時間まで書類仕事をする羽目になっている。
いい加減手が疲れてきて、助手をしてくれている徳田先生に何気なく話しかけた。
なんてことはない、食堂のご飯のことを言った気がする。最近メニューが増えましたけど、徳田先生は何が好きですか、とか、そんなこと。
けれど、10秒以上経っても返事が来ない。どころか、何の反応も返さない彼を不思議に思って、机の上の書類から視線を上げた。
壁沿いに置かれた本棚の整理をしていた徳田先生は、分厚い本を抱えたまま固まっていた。
ちょうどこちらに背を向けている彼の、その表情が見えなくて、少し不安になる。
硬直してしまうほど失礼なことを聞いてしまったのだろうか。それとも、こんな夜中まで手伝わせてしまっていることに怒っているのか。
名前を呼んでみた。「徳田先生?」その声にもぴくりとも動かない彼がさすがに心配になって、慌てて椅子から立ち上がり、駆け寄る。
傍まで来て、もう一度名前を呼ぶ。徳田先生、大丈夫ですか。そう言おうとしながら顔を覗き込んで、私は目を疑った。
徳田先生は、石にでもなってしまったように動きを止めていた。
手元の本に落とされた視線はぴくりとも動かず、瞬きさえもせずに、ぴたりと止まっている。
状況が理解できなくて、真っ白になった頭もそのままに私は二、三歩後ろに足を動かした。ただ、自分の心臓の音だけがひどくうるさい。
速さを増すばかりの心拍音、少しずつ荒くなる呼吸、ごくりと固唾を呑み込む音。聞こえるのは私が発するものばかりで、他は何も聞こえない。
そこで、ふと、さっきまで鳴り響いていた雨音が聞こえていないことに気がついた。まさか、あんなに降っていたのに止んだのか。
そう思って、固まったままの徳田先生から窓の外へと、ゆっくり視線を動かした。
そこには、あまりにも理解不能な、不気味な光景が広がっていて、衝撃のあまり身体から力が抜けた私は床に膝をつく。
窓の外で、雨粒が空中に静止していた。

「え、な、なんで、」

そこではっと思い至って、まさかと思いながら壁にかけてある時計に目をやると、てっぺんの近くを指している針は少しも動かない。
まさか、まさか。
時が止まったとでも言うのか。


目の前で起こっていることが信じられなくて、私は司書室を飛び出した。
何かの間違いであってほしい。徳田先生が固まっていたのは疲労のせいで、止まっている雨粒や時計はきっと江戸川先生のいたずらだ。
そうだ。誰か他の人に会えば、気のせいだよ、疲れてるんじゃないか、って声をかけてくれるに違いない。
けれど、廊下を歩いていても、深夜という時間帯のせいか誰ともすれ違わない。みんな寝てしまっているのだろうか。
一縷の望みをかけて、食堂へ向かう。もしかしたら、誰かが食事をとっているかもしれない。
祈るように食堂のドアをくぐり、なかに入ると、キッチンの方から明かりが漏れていた。
覗いてみると、小林先生が冷蔵庫を開けてそのなかを物色しているのが目に入る。フードを被った後ろ姿にゆっくり近づきながら、胸を撫で下ろした。
なんだ、やっぱり時が止まったなんて、私の勘違いだったのだ。

「小林先生、お腹がすいてるなら何か……、」

小林先生の隣に立った瞬間、違和感を覚えた。
冷蔵庫が開きっぱなしなのに、冷気を全然感じない。
とてつもなく嫌な予感が背筋を這い上がるのを感じながら、小林先生の顔を見上げる。
彼は固まっていた。顎に手を添えて何かを考えているような姿勢のまま、ぴたりと静止して、動かない。徳田先生と、同じように。

「うそだ、嘘って、言ってくださいよ」

声が震えていた。
もしかして、この閉鎖された世界のなかで、私はひとりぼっちなんじゃないのか。
そう思うだけで、あまりの恐怖に心臓が押しつぶされそうだった。
縋るように小林先生に手を伸ばしたが、彼の身体と衣服は彫刻のように固くて、掴むことすら叶わない。
何が起こっているのかさっぱりわからなくて、泣き出しそうな気分だった。
その場にぺたりと座り込み、頭を抱える。
どうすればいいんだ。どうしてこんなことになったんだ。
いくら考えたところで、時間が止まってしまった原因も解決策もまったく見当がつかない。
絶望的にも程がある状況に、ついに涙がこぼれた。

「名前?」

後ろから名を呼ばれ、反射的に振り向く。暗闇のなかに立っていたのは、金色の瞳を瞬かせて私を見つめる太宰先生だった。

「えっ、泣いてる? どうしたんだよ、」

涙を流す私に狼狽えている太宰先生は、確かに動いているし、喋っている。
立ち上がって太宰先生に近づき、両手で頬に触れると、人肌の体温と柔らかさが伝わって、どうしようもなく安心した。
涙がぽろぽろとあふれて止まらない。本当に、本当にこわかったのだ。

「う、よかった、よかったあ……」
「あの、名前サン? 距離が、距離が近いっ」

暗闇でもわかるほど顔を赤くした太宰先生が、私の両肩を掴んでぐっと腕をのばし、距離をとった。
自分の不躾な行動にいまさら気づき、血の気が引くのを感じながら私は慌てて頭を下げる。

「すみません、失礼な真似を……!」
「いっいや、気にしなくていいけど……、ていうか、そこにいる多喜二はなんでずっと微動だにしないの?」

文字通り固まっている小林先生を指さしてそう言う太宰先生は、まだいまの状況に気づいていないようだ。どう説明しようものか口ごもっていると、いつも通りの明るいトーンで太宰先生が声をあげる。

「多喜二、腹でも減ったのか?」

言いながら私の横を通り抜けて小林先生の顔を覗き込んだとき、太宰先生の表情が強ばった。信じられないという様子で小林先生の肩を掴んで、その無機質なほどの固さに驚いたのか、ぎょっとした顔のままゆっくり私に視線を向ける。

「なにこれ、どうなってんだ……?」

どうやら時間が止まってしまっているらしいこと。
問題なく動けているのは、いまのところ私と太宰先生だけだということ。
それ以外の人や物は石像のようにぴたりと静止して、動かせないこと。
混乱している太宰先生に、私が把握している限りの情報を伝えた。
シンと静まり返るキッチン。雨の音も、時計の針の音も、冷蔵庫の駆動音も、何も聞こえない。
場を支配する静寂が残酷なまでに現状を突きつけてきて、焦りとも恐怖とも不安とも表現しえない暗い気持ちが胸のなかで蟠った。
食堂は明かりがついておらず真っ暗なので、光を漏らす冷蔵庫の近くに二人並んで座り込む。
痛いくらいの沈黙がこわくなって、私はふと浮かんだ疑問を口にした。

「太宰先生は、さっきまでどちらにいらしたんですか?」
「バーでオダサクと安吾と飲んでた。お開きになったあと、二人と別れて自分の部屋に入ろうとしたんだけど、ドアが開かなくて……」

そうだったんですね、と相槌を打ちつつ、今度は別の疑問が湧き上がる。
直前までバーで飲んでいたということは、別にお腹がすいているわけではないだろうに、どうして彼は食堂に現れたのだろうか。
部屋のドアが開かないという状況なら、図書館の管理をしている館長のもとを訪れそうなものだが。

「でも、どうして食堂に……?」
「エッ」

目を見開いて顔を赤くする太宰先生に首を傾げる。そんなにまずいことを聞いただろうか。
太宰先生は視線をあっちへこっちへと彷徨わせ、やがてひどく恥ずかしそうに、絞りだすような声でこたえた。

「廊下を歩いてたら、名前の、声が……聞こえたから……」

すごく苦しそうな、泣きそうな声だったから。
そう続ける太宰先生は耳まで真っ赤で、よくわからないけど、じんわり心があったかくなった。

「太宰先生って、優しいですね」
「そ、そうでしょ〜! 惚れなおした?」

笑顔を浮かべて、おどけるように胸を張った太宰先生に、私も笑みがこぼれる。

「はい。格好いいです、すごく」
「かっ、……」

太宰先生が一瞬硬直して、すぐに勢いよく私から顔を背けた。
照れているのかもしれない。かわいらしい人だな、と思ったけれど、偉大な文豪である太宰治先生に対してあまりにも失礼すぎる発想だ。
髪色と同じくらい真っ赤な太宰先生の耳から視線をはずし、ゆっくり深呼吸した。
さっき泣いていたときと比べれば、幾分か心は落ち着いている。きっと太宰先生のおかげだ。
ひとりきりだったら、孤独や恐怖に耐えられず、潰れていたかもしれない。
でも、いったい何が原因で時が止まってしまったのか。どうして私と太宰先生だけが静止していないのか。未だに何もわかっていない。
このまま世界が止まったままだったら、なんて考えるだけで、こわくてたまらなくなる。
再び込み上げてきた暗い感情が私を蝕んでいく。
とにかく気を紛らわせようと、何か会話の種になるものがないかキッチンのなかを見回す。
すると、壁に飾られたカレンダーが目に入った。日替わりのメニューや文豪たちの誕生日などが書き込まれたそれを見て、そういえば、となるべく明るい声を出す。

「今日は、平成最後の日なんですね」
「ああ、新しい年号……令和、だっけ?」
「はい。太宰先生は明治生まれでしたよね」

明治に生まれ、大正を過ごし、昭和に死んだ文豪とこうして話しているのは、やっぱり不思議だ。
私は、この図書館にいる文豪たちを尊敬しているし、彼らの作品が大好きで、でもだからこそ、安らかに眠っていた文豪を無理やり転生させて侵蝕者と戦わせている現状を、少し心苦しく思っている。
私は彼らに、彼らの作品にたくさんのものを貰った。だけど、私から彼らにあげられるものは何もない。

「年号が変わるの、名前は初めてだよな?」
「そうですね。明日から、……」

明日、なんて、来るのだろうか。そんな考えが頭をよぎって、言葉につまる。
太宰先生がはっと息を吸い込んで、その顔を沈痛に歪めた。
再来した沈黙はどんよりと暗く、胸の底から這い上がってくる重苦しいものをおさえこむように目をぎゅっと瞑って俯く。
私たちは、新しい年号を迎えることも、美味しいご飯を食べることも、太陽の暖かさを感じることも、二度とできないのではないか。永遠にこの夜に閉じ込められて、抜け出すこともできずに死んでいくのではないか。
恐怖からか、寒気が止まらなかった。鳥肌が立って、真冬みたいに身体が震える。

「名前」

そのとき、ひどく優しい声が私の名前を呼んだ。隣にいる太宰先生に目を向けると、彼も私を見つめていて、鈍く輝くその金色から視線を逸らせない。

「もしもの話なんだけどさ」
「はい」
「もし、このまませかいが終わるなら、」

太宰先生は、ゆっくりと、落ち着いた声音でそこまで言って、何かを躊躇うように口を閉じた。
一度視線を落とし、少ししてからまた私と目を合わせる。
いままでに見たことがないくらい真剣な表情をしている太宰先生が、冷えきった私の手をとり、あたためるようにぎゅっと両手で握った。

「そのときは、俺と心中しませんか」

それは、まるでプロポーズのように甘く煌びやかに聞こえるけれど、同時に死刑宣告のように残酷な響きを孕んでいた。
太宰治は、生前5回以上にものぼる自殺企図を繰り返し、最後は愛人と共に心中している。
彼のなかで、心中という言葉は軽いのだろうか、それとも、重いのだろうか。
呆然と太宰先生の顔を見つめていると、彼はほんの少しだけ不安そうに瞳を揺らした。

「名前に置いていかれるのも、名前を置いていくのも、嫌なんだよ」

触れられている手から伝わる体温がやけに熱くて、私にも彼の緊張がうつってしまう。
戦慄く唇をなんとか動かし、太宰先生と目を合わせたまま、震える声で尋ねた。

「どうして、ですか」
「……、す」

吐息のような声をもらして、きゅっと口を閉じたあと、太宰先生の顔がまたじわじわと赤くなっていく。
それでも、彼は私から目を逸らさない。どうしてか熱を帯びている金色の瞳に、視線が、意識が吸い込まれるような、そんな錯覚を抱いた。

「好きだからだよ」

覚悟を決めたような表情でそう言った太宰先生の言葉が理解できなくて、脳がフリーズする。
ぴしりと硬直した私に追い討ちをかけるかのように、太宰先生は言葉をつづけた。

「名前のことが好きだから、死ぬときは一緒がいい」
「なんで、私なんか……」

本来ならペンを持つはずの彼らの手に武器を握らせて、危険が伴う戦場に送り出す。それが、私の仕事だ。
好きになる要素なんてどこにもないのに、どうして。
そう言うと、太宰先生はムッと唇を尖らせて私の手を離し、その両手を今度は頬に添わせる。怒っている表情とは裏腹に、優しい仕草だった。

「俺の好きな人の悪口言うな」

まっすぐ見つめられたままそう言われ、目を見開く。
それでも、彼が私に好意を抱いていることが信じられなかった。こんな状況だし、吊り橋効果のようなものではないのか。
そう思っているのが伝わったのか、太宰先生はどこかじとっとした目で私を見ながら口を開く。

「努力家で、真面目で、勤勉。潜書中に無理をしたとき本気で怒ってくれるのは、優しいから」
「えっ、と」
「潜書から全員無事に帰ったら誰よりも喜んで手放しで褒めてくれる。そうやって俺たちのことは甘やかすのに、自分は甘え下手なところ、すげえかわいい。あと、」
「あの、もうその辺で……」

羞恥に耐えられなくなってきて、太宰先生の声を遮った。たぶんいまの私は茹でダコのように赤くなっていると思う。
そんな私の顔を見つめ、太宰先生が満足気に微笑む。

「好きだ」
「ひぇ、」

やけに格好いい声で囁かれ、恥ずかしさのあまり変な声がでた。そんなことは気にもしていない様子で、太宰先生は私に抱きつく。
背中にまわった腕にぎゅっと力が込められて、思わず私も遠慮がちに彼の背に触れた。

「好き。大好き。……ああ、やっと言えた」

幸せを噛み締めるような太宰先生の声がキッチンに響いた、その途端。
横から、ぱたん、と音が聞こえた。聞き慣れたそれは、冷蔵庫を閉めたときの音によく似ている。
二人揃って、音がした方向に顔を向けた。

「……えっ」

おそらく冷蔵庫から調達したのであろうカニカマを片手に持った小林先生が、心底驚いた表情で立ち尽くしている。
床に座り込んで抱き合っている私と太宰先生の顔を交互に見て、小林先生の顔が徐々に赤く染まっていく。

「……多喜二?」

太宰先生に名前を呼ばれ、小林先生は慌ててカニカマを自分の背中に隠した。
なんとも言えない沈黙が生まれる。やがて彼にしては珍しい、少しだけ早口な声がその沈黙を破った。

「な、何も見てない、俺は何も見てないからっ」
「はっ? ちょ、おい!?」

そして、小林先生は猛ダッシュで食堂から出ていった。
その場がシンと静まり返って、だけど外からは、ざあざあと降りつづける雨音が聞こえる。
すぐに談話室の方からごーん、ごーん、と12時を知らせる時計の音が響いた。
太宰先生と顔を見合わせる。
その瞬間、どっと安堵が押し寄せてきて、身体の力が抜けた私は太宰先生にもたれかかってしまった。
太宰先生が優しく背中をさすってくれて、悪夢から解放された安心感も相まって、目に涙が滲み始める。

「太宰先生、」
「なに?」
「太宰先生は、本当に優しい人ですね」

そう言うと、彼は照れくさそうに笑った。

***

4月30日。平成最後の日。
グラスを傾けながら、太宰はちらりと壁掛け時計に視線を向けた。時計の針は12時の手前を指している。
バーのカウンター席に織田、坂口と並んで腰掛け、酒を酌み交わし始めてから既に数時間が経過していた。

「そういえば太宰、おまえ司書とはどうなんだよ」
「はあっ!? ど、どうって、」
「なんや太宰クン、まだ絶賛片思い中なんか?」

すっかり酒がまわっている様子の坂口と織田は、にやにやと笑みを浮かべつつ、特務司書である名前の名前を話題に出す。
太宰が名前に好意を抱いていることを知っている文豪は少なくない。なかでも、普段からつるむことの多いこの2人は、ことある毎にその話でからかってくる。

「太宰クンがこの図書館に来てから、もう随分経ったなあ。片思い歴はどれくらいや〜?」
「1年ぐらい……、って言わせんな! 片思いとはまだ決まってねえし! 両片思いの可能性もあるだろ!」
「あはは! ないない」
「てめえオダサク……!」

ぎゃいぎゃいと騒いでいる二人を眺めながらグラスに入った酒を飲み干し、坂口は頬杖をついた。
太宰から名前に対する好意は、まあわかりやすい。だがその好意を向けられている本人は、毎日仕事に追われていてそれどころではないのか、それともただ単に鈍感なのか、まったく気づく気配がない。

「でもこの前太宰クン言うてたやん。年号変わるまでには告白するて」
「うっ……」
「もうすぐ平成終わっちまうけど、どうするんだ?」
「有言実行できひん男はモテへんで〜。お司書はんもそんなやつは嫌やって思うんちゃう?」

確かに、そんなことを言った記憶はある。
目標というか、制限時間を設ければいつか告白できるのではないかと思って、「新しい年号になるまでに名前に告白する」と二人の前で宣言した。
平成が終わるまで、あと十数分。時計の針が12時を超えれば、新しい年号に変わってしまう。
けど。だけど。
もし告白して、ふられてしまったら。その場合の絶望感はきっととてつもなく大きいだろう。
それなら、両片思いかもしれない、という淡い希望を抱きながら、ずっと自分の気持ちを秘めている方がマシなのではないか、と太宰は思うのだ。
しかし織田の言うことも一理ある気がする。名前には嫌われたくない。
告白が成功したらすごく幸せだろうけれど、失敗がこわくて踏み出せない。でも、一度誓ってしまったことを反故にするのは男らしくない。もう頭のなかがぐちゃぐちゃだ。

「なあ安吾〜どうすればいいんだよ〜」
「泣きつくな、みっともねえ」

坂口にしがみついたが、一瞬で剥がされてしまった。
太宰は涙目になってグラスを呷り、酒を飲み干す。からになったグラスをカウンターに置いて、天井を仰いだ。
暖色系の柔らかい光を放つランプをしばらく見つめ、また時計に目を向ける。
ちく、たく。静かに音を立てながら平成の終わりを告げようとする時計を恨めしそうに睨みつけ、太宰は口を開いた。

「あーあ。いっそ明日なんて来なけりゃいいのに」