夢路はきっと

虹村修造|黒子のバスケ

 例えば、もし。自分が動乱の最中に生まれてたとしたら、一体どんなことを思って、どんな風に生きていただろうか。そんなことを思う時がある、彼女はそう言った。

 不思議でちょっと変わってる奴だっていうのは、三年間クラスが同じであるせいか嫌というほどわかっている。そしてそれは、彼女が発する言葉以外に、時として行動にも表れる。

「おい名字、おまえ独りで勝手に行動するのやめろっつってんだろ。団体行動って言葉知ってるか?」

 秋も深まる十月下旬。この時期、修学旅行で京都に来る学校は多い。虹村の通う帝光中もそのひとつだ。紅葉の季節だと思っていたが、見頃は十一月に入ってからだと聞くから観光客は多いものの移動するのに困るとまではいかない。

 しかし、場所が場所なだけに外国人も多いこの京都で、班行動中にもかかわらず単独で好き勝手に動き回るのはどうかと思う。昨日のクラス行動でも、一人だけ違うコースに行きかけて担任に注意をくらっているのを見た。コイツ、全然反省してねえ。おかげで、残りの連中に喫茶店で待っててもらうことになってしまった。万が一の時のために、携帯電話を持ってくるのはOKとされているが本当に役立つとは思ってもみなかった。

 当の本人はといえば、どこ吹く風といった態度で平然と関係のないことを口にした。

「ねえ虹村。大政奉還って知ってる?」

「は?なんだよ急に。つーかオレが質問してんだ」

「大政奉還だよ、習ったでしょ」

 どうやら答える気はないらしい。本当、訳わかんねぇな……

 馬鹿らしくなってきた虹村は盛大にため息をついて、彼女の隣へ移動した。今いるこの大きい部屋を見つめている彼女が何を考えているのかはまったく見当がつかない。けれど。

 『大政奉還』

 言葉だけなら知っている。政権を朝廷に返還したやつだったと思う。歴史は得意ではないため、わかるのはほんの少しだ。授業で聞いた以上のことは知らないし、知ろうと思ったこともない。それでも、修学旅行をするにあたって調べ学習は必須だったので、回る予定の神社や寺のことについては虹村も頭に入っていた。勿論、ここは範囲外である。行く予定のなかった場所だ。

「で、それがなんだよ」

 彼女の言いたいことがわからなくて、少しとげとげしい言い方になってしまった。だが、彼女は意に介さず答える。

「ここは、その大政奉還が行われた広間なんだよ。それに、時期もちょうど十月」

 部屋を見渡すその瞳はどこか愁いを帯びていた。どうして彼女はふとこんなにも悲しげな表情をするのだろう。へたをしたら、このままどこかへ消えてしまいそうだ。班長である虹村は、班員をまとめる使命感にかられて彼女を探しているはずだったが、なんだか放っておけないと思っている自分がいることに薄々気づいていた。

 そんな虹村の胸の内も知らず、彼女はつらつらと知識を披露していく。

「徳川家は江戸が開かれた1603年からずっと国内の行政に関わってきた将軍。264年も保持してたその権限を天皇に返したってすごいことだと思わない?」

「264年か……そりゃあ長えな」

「でしょう?中でも幕末と言われてるペリー来航から戊辰戦争までは激動の時代だったんだよ。ここ、京都は政治の中心だったからね。そして鎖国だった日本も、発展していく外国にどう対応していくかを強いられるようになる」

「やけに詳しいな。おまえ歴史オタクかよ」

「否定はしないけど、せめて歴女って言ってくれない?」

「へいへい」

 軽く受け流した虹村は、目の前に広がる部屋を奥まで見渡した。この二の丸御殿の中で最も格式の高い部屋、らしい。正直、歴史にさほど興味はない。受験に必要な分だけで充分という質である(むしろそれでも多すぎると思う)。

 しかし、彼女にとっては違うようだ。真剣な眼差しは、本当に歴史を愛する人そのものだ。

「私さ、思うんだよ。幕末っていろんな主張をする人たちが集まって、いろんな争いが起こるでしょ?そんな時代に生まれてたら、自分はどうしてたかなって。一般人はこうした動乱の波にのまれながら、なにが正しいのかもわからない時を生き抜いたわけで……私だったら、どんな判断をくだしたのかって考えることがあるんだよね」

「……」

「難しいこと言ってるなって顔だね」

「まあ、よくわかんねーことだけは事実だ。オレは現代人だしな。でもあれだろ?武家政権を終わりにして、新しい日本を作ることを夢見て頑張った奴らがいるわけだ。で、オレらはそいつらが描いた未来に生きてるんだから、昔をしのぶよりその歴史を大切にして活かしてくべきなんじゃねーの」

「…………」

「なんだその顔」

「いや、面白い考え方するなと思って。……そっか、うん。そう思えば、なんか希望が持てるよね」

 ひとりで納得して、うんうんと頷いている。彼女の思うところがあるらしい。心なしか、表情が明るくなっていく。しばらくぶつぶつ独り言をいう彼女を眺めていたが、本来の目的を思いだした。

「名字が幕末に特別な想いを持ってることはわかった。けど、一旦合流するぞ。他の奴ら待たせてんだよ」

「ああ、そうだよね。ごめん」

 我に返ったというように、彼女はくるりと大広間に背を向けて歩き出す。虹村もそれに続いて、二人は二条城を後にした。

 班員が待つ喫茶店へ向かっている道中、まだなにか考えているようで彼女はどこかうわの空だった。これだからコイツは……と呆れつつ、でも面倒見てやらねばと思えるのだからどうかしている。

 虹村はその気持ちを誤魔化すように頭をかいた。ふと後ろを振り返って、先ほどまでいた二条城を仰ぎ見る。きっと、彼女がいなければ考えもしなかったであろう話だ。そうして虹村は未来を切り開いた先人たちを密かに想った。再び向き直ると、隣から満足げな「ふふ」という笑い声が聞こえた。

「はあ、歴史的な二条城見ることができてよかった〜」

「コース外だけどな!つーか、おまえのせいで入城料払うはめになったんだよ。金返せ。あと、班員の奴ら全員に謝れよな」

 己のしでかしたことを反省してるのかそうでないのか、彼女は「えー仕方ないなあ」と楽しそうに笑った。

作|ゆに様