本丸の景趣が秋から冬に変えられた。
秋の間、散らすことなく枝に色づいた葉をつけていた落葉樹は、はらはらと葉を落とし始める。
山姥切国広は厨から茶菓子を執務室へ運ぶ足を止め、庭を眺めた。
地面に降り積もる葉の多さに、これなら焼き芋が出来そうだなと、歌仙兼定が聞いたら「雅じゃない!!」と目くじらたてそうなことを考えた。
数日もすれば庭は真っ白に染まってしまう。ならば善は急げだ。山姥切は焼き芋の段取りをつらつら考えながら、足早に執務室へ向かった。

「庭で焼き芋をしたいって?いいよ。焼けたら私にも頂戴ね」
主からの許可はあっさりとでた。
ここの主は、色気より食い気だ。自ら厨に入り、様々な甘味を作っては皆に振る舞っているのだ。
「誠に主殿は花より団子ですな」
居合わせた一期一振がくすくす笑いながらいった。
「それにしても、焼き芋ですか…弟たちも喜びますな」
「…そこは相変わらずぶれないのね」
「そうだな」
相変わらず弟中心の一期に、呆れたように苦笑いする主に山姥切は同意した。
近侍でもない一期が執務室にいるのは、間もなくやって来るクリスマスに関しての話し合いをするためだ。
弟たちのことが絡むと長くなるので、山姥切は厨へむかい、そこにいた歌仙に茶菓子を貰ってきたのだ。
室には品物名が書かれた紙が広がっている。これは一期や燭台切光忠がそれとなく短刀たちに欲しいものを聞き出して書いたものである。
プレゼント代は、「自分たちも一口のらせて欲しい」と、話を聞いた太刀、大太刀、薙刀らが出してくれている。粟田口に関しては、一期が全額出すと、大きな壺を持ってきていた。弟たちの為にと一期は普段から貰った給金をせっせと溜め込んでいたのだ。その大きさと置かれた時の重量感のある音に、名前と山姥切は目をむいた。
(…めっちゃ重そう。流石、刀剣男士。力持ち〜)
(いったいいくら入ってんだ…)
今日は当日の段取りを大雑把に決めた後、万屋に買い出しに行くことになっている。
そわそわと落ち着きのない一期とぎっしりとお金が詰められた壷を見ながら、名前はスーパーブラコンは今日も健在だと生温い目を向けた。

『くりすます大作戦』
一期によってそう名付けられた今回の話し合い。
少し前に審神者から、サンタクロースなる者の存在を教えてもらった一期は、何かを思い立ったらしく、その関連の絵本をたくさん買い込み、広間に集めた短刀たちに読んで聞かせていた。目を輝かせて話を聞く彼らの姿を見つめる一期は、はた目から見ても浮き足立っているように感じられた。
(…一期がなに考えているか何となくわかるぞ)
休憩をとりに広間へ顔をだした山姥切は、誉桜を散らさんばかりに高ぶっている一期を呆れたように見た。
(自分がさんたくろーすになって短刀たちにぷれぜんとを贈るつもりだな)
どかりと部屋の隅に座ると、持ってきたお茶をすすりながらその様子を眺めたのだった。

一期の洗脳(?)が巧を奏したのか、短刀たちはくりすます当日をとても楽しみにしていた。
短刀たちに渡すプレゼントも購入済みで、名前の私室の押入れに隠されている。一期はサンタクロースの衣装まで買っており、渡す時に着るという。
気合い十分だなと、何処までも突っ走る一期の行動に、名前はもはやため息しか出なかった。
気分を変えて、仕事を片付けるかと机に向かったところで事件は起きた。
すぱーんと障子襖を勢いよく開けたのは、いつもの布を引きずった山姥切だった。

広間には大きなもみの木とたくさんの飾りが、主により用意されていた。箱に収まっている色とりどりの飾りに、短刀たちは歓声をあげた。早速もみの木につけようと、主の許可を取るために執務室へ走った。
そこで彼らを待っていたのは、奇妙な光景だった。
「…切国の旦那、にしてはなんか小さいな。もしかして旦那の子どもか?」
主の脇に山姥切が座っているのだが、なんだか大きさがおかしかった。
違和感を感じて、首を傾げる短刀たちを代表して、薬研藤四郎がたずねた。
「違うよ、切国本人だよ。部屋に置いてあった箱を開けたら煙がでてきて、それを浴びたらこうなったんだって」
白布を捲りながら名前は答えた。
布の下から現れたのは、山姥切をそのまま小さくした少年だった。碧の双眼が落ち着きなく動いている。
「はこのうえにかみがおいてあって、『山姥切へ』ってかいてあったから、あけたんだ。そうしたら、けむりがでてきて――」
たどたどしく自分に起きたことを説明しいたが、じわりと涙を浮かべてぷるぷる震え出した。
「お、おれがうつしだから…こんなことに…」
「…箱を置いたのが誰なのか、見当はついているよ。ふふふ…大切な初期刀にこんなことしてくれたんだ。お仕置きはきっちり受けてもらおうかなぁ〜」
名前はうちひしがれる近侍の頭を撫で、その反対側の手で『山姥切へ』と書かれた紙をひらひらさせ、黒い笑みを浮かべていった。
ツリーの飾付けの許可願いどころではなくなってしまった短刀たちは、主から漏れ出る怒気に肩を震わせ、箱を置いた刀剣に手を合わせた。

数刻後、真白な太刀が本丸の広い庭の落ち葉掃きを一振でやっていた。
景趣を換えたばかりなので、落葉が凄い。大きな落ち葉の山を見た名前は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それだけあれば焼き芋できるね」
審神者の一声で焼き芋大会が急遽開催されたのはいうまでもない。

体が縮んで自身の内番服は大きくて着られないので、山姥切は粟田口の短刀から借りることになった。
主から「山姥切藤四郎だー」とからかわれ、布は引きずるからと取り上げられてしまった。
短刀サイズに縮んでしまった山姥切は、周りには新しい粟田口の短刀と間違えられ、一期には世話を焼かれた。
世話はいらぬと山姥切は逃げ回っていたが、一期曰く、粟田口の内番服を着ているので、どうしても弟に見えてしまい、ついとのこと。これに黙っていなかったのが山姥切の兄弟刀、堀川国広で、一期と一悶着があったのは別の話である。
「主が『山姥切藤四郎』なんていうからややこしくなるんだ」
と、執務室へ逃げ込んだ山姥切は抗議したが、当人はごめん、ごめんと軽く謝罪はするものの、全く反省した素振りはない。
「今度から『切藤』って呼ぼうか?」
「…止めてくれ、兄弟の反応が恐ろしい…」
くすくす笑いながらそういう主に、山姥切は頭を抱えて唸った。
「僕たちとつりーの飾付けやろうよ!」
執務室へ再び飾付けの許可を取りに来た短刀たち。今度はちゃんと許可が得られたので、ちょうどいた山姥切を誘った。
「えっ…お、おれも?…」
山姥切は急なお誘いにおどおどしだす。審神者はくすりと笑うと、ぽん、と背中を押した。
「ほら、いっといで。こっち(仕事)は大丈夫だから」
「ほら、行くよ!!」
「お、おいっ」
「いってらっしゃーい」
短刀たちに引きずられるように連れていかれる山姥切を、名前はひらひら手を振って見送った。
広間では短刀たちと山姥切に混じって脇差、打刀も飾付けに加わり、とても賑やかだった。それを微笑ましそうに眺める一期と、仕事を片づけてきた名前がいた。
「やったー!」
「できたー!」
たくさんの叫び声と共に飾付けが終わった。
電飾のスイッチを入れると、赤、青、緑の光がもみの木を彩る。
「すごーい」
「綺麗だね〜」
その綺羅びやかさに、あちこちで感嘆の声があがった。もみの木の天辺には、山姥切の髪色と同じ金色の星が、電飾の光を反射してきらきら輝いていた。
満更ではない表情の山姥切に、名前は
「一時はどうしようと思ったけど、あの様子ならば、何とかなりそうかな」
楽しそうに短刀たちに混じって笑う初期刀を、目元を緩めて見ながら呟いた。
翌日、山姥切が元の大きさに戻ったことで、この一件は落着となった。

「メリークリスマス!」
かちんとコップが合わさる音がした。
外はすっかり冬仕様となり、雪が庭や木々を白く染めていた。
池の氷が張るほど冷え込んだ師走の25日、広間にはご馳走がずらりと並んだ。厨番と審神者が気合いを入れて作った西洋料理は、見た目も量も凄かった。
色鮮やかなサラダ、飾り切りの野菜と溶けたチーズが添えられた焼いた丸鳥、山盛りの揚げたじゃがいもやさつまいもに唐揚げ、トマトのスープなどに加えて審神者特製のクリスマスケーキ。
挨拶の後、刀剣たちは早速料理に群がった。今年最後の宴。一年の労いも兼ねているため、今夜は無礼講だ。
「今年一年、お疲れ様、初期刀殿」
「主もな。こんな俺を側に置いてくれてありがとう。来年もよろしく頼む」
上座ではこの本丸の審神者とその初期刀が静かに杯を交わしていた。
宴がお開きになり、みんなが寝静まった真夜中。
赤い衣装を身にまとい、大きな袋を背負った一期が短刀たちの枕元に配ってまわっていた。
夜目があまり利かないため、顔はよく見えないが、寝た振りをしているのは、気配でわかった。
「メリークリスマス」
小さく呟くと、そっと部屋を出ていった。

「いち兄、ぷれぜんと、ありがとう」
次の日の朝、審神者と山姥切は広間へむかう途中で、弟たちにお礼をいわれる一期を目撃した。
一期はサンタクロースに成りきったつもりだったようだが、その言葉から察するに、短刀たちにはばればれだったようだ。
何故ばれたとばかりに驚いているが、名前からいわせてもらうと、逆に何故ばれないと思った、だ。
彼らとて刀剣男士。気配には聡いし、太刀より夜目は利く。己の兄の背格好や気配を変装したぐらいで違えるはずがない。
「折角、衣装まで用意したのにね」
「そうだな」
いち兄による『くりすます大作戦』は、こうしてちょっぴり残念な結果に終わったのだった。


おまけ
「光忠さんの証言により、この筆跡は貴方のだとわかっています。さて、何か申し開きはありますか?鶴丸国永さん?」
「…ない」
今回の騒動の犯人は、驚き大好きの鶴丸だった。遠征先で手にいれた『逆玉手箱』をこっそり山姥切の部屋へ置いたのだ。
一日で効果は切れると、鶴丸は知っていたからよいものの、何も知らない山姥切
は動揺し、審神者は涙ぐむ初期刀を見て、泣かした犯人に怒りを覚え眉をつり上げた。
罰として、鶴丸は庭掃除の他、向こう一ヶ月間、遠征、出陣、演練を禁じられたのだった。