| 年の瀬が迫ったとある日。 ここ本丸では、畑、馬屋当番を除いて全ての日課を停止し、全員で大掃除をすることになった。稼働してから幾年か経ち、刀剣たちの数が増えるとともに物も各部屋に溢れていた。建物も大きければ、庭も畑も広い。そして、人数は多いがやらなければならないことも多い。一日では到底終わりそうにもないので、何日かに分けてすることとなった。 本日は、各自の部屋を整理していらなくなったものを中庭に集めてお焚きあげすることに。そのまま積み上げて焼くよりもやぐらを組んで 供養をしたのちに焼くことにした。不要品といえども、付喪神たちが使っていた物も混じっている。粗末に扱えば罰(ばち)が当たりそうだと審神者がいいだしたのが始まりで、毎年この形をとっているのだ。 部屋を整理して出た紙束を持って庭へ足を運んだ審神者は、それを間近で見上げた。 「何度見てもどんど焼きを思い出すわね〜。そういえば、アルミハクに鏡餅を包んで焼いたことがあったっけ。餅がべたべたにくっついてはがすのがたいへんだったのよね〜」 書き損じてしまった書類の束をやぐらへ放り込みながら、幼き頃を懐かしむように語った。 「ふーん、これで餅を焼くのか。火力が強すぎて炭にならないのか?」 隣で溜め込んだがらくたを名残惜しそうに捨てていた近侍の山姥切国広が、興味深そうに尋ねてきた。この刀剣は物を捨てきれずに何でも取っておくため、部屋は雑多なもので溢れかえっている。定期的に整理をつけさせないと、とんでもないないことになるので、年に数回、主の強権を発動させて断捨離を決行させているのである。 「ならなかったよ。直火にはあてないで少し離れた場所で焼いたしね」 「そうだったのか。………なぁ、主。これで焼いた餅が食べてみたい」 じいっと審神者を碧の双眼が見つめてきた。好奇心旺盛なこの刀剣は、新しいことを知ると何でも試したくなる性分だ。 「何やら旨そうな話をしているな。俺っちたちもまぜてくれや」 中庭に面した外廊下から声がかかった。 審神者と山姥切が振り向くと、数振りの刀剣たちが段ボールを抱えてこちらを見ていた。 食いしん坊な刀剣が集まるこの本丸。食べ物の話をしていると、何処からともなくこうしてやって来るのだ。 山姥切を含めてここに所属している刀剣たちは、とにかく食べることが大好きで、辛いもの、甘いもの、酸っぱいもの、苦いものなんでもこいの大食漢ぞろいだ。もし、食料を全部外注していたならば、エンゲル係数がとんでもないことになっていただろう。容易にそれが想像出来たので、自分達の食欲を満たし、尚且つ家計を圧迫させないためにも広大な畑に多種類の野菜や果物などを植えたり、卵用の鶏を飼ったりしている。 「うちの刀剣たちは、相変わらず食べ物に関しては地獄耳だねぇ。切国、残念だけど、これからつく餅は正月用だから、年末に焼かないわよ。足りなくなったら困るし。ちなみに、ずんだ餅用に昨日ついたやつはもうないからね」 「なんだと!?」 嘆く山姥切に、審神者は何いってんだとばかりにじと目を向けた。それから、廊下からも似たような声が聞こえてきたので、呆れたように首を振ってため息をはいた。 「……今までで料理が次の日まで残っていたことはあったかしら?」 しばらく沈黙したのち、山姥切はがっくりと肩を落とした。 「……ないな……。それじゃあ、予定を前倒しして今から———」 「何いってんの、大掃除が全部終わってからしかやらないわよ」 しかし、絶望から秒で立ち直り、欲望にたいへん正直な発言が山姥切の口から放たれたが、審神者は途中でぶった切った。 そもそも、餅つきは思い立ったら直ぐに出来るものではない。もち米は洗ってから一晩水に浸しておかなければならないのだから。 あからさまにがっかりする刀剣たちの姿に、審神者は再び呆れたように息を吐いた。しかし、彼女は基本的には刀剣たちに甘い。似たような表情で悄気る彼らに、絆されてしまい代替え案をだすことにした。他にもこのままだとやる気をなくし片付けが進まないのは困るという理由もあったのだが。 「仕方ないわね、餅の代わりに焼き芋をすればいいよ。さつまいもはまだ残っていたよ」 「わあああああっ」 審神者の言葉に被さるように悲鳴が本丸内に響き渡った。 びくりと肩をはねさせ、声の方へと顔を向ける。居合わせた刀剣たちも何事かと一斉に同じ方向を向く。 「あの声は……」 「いち兄だな」 「何があったのでしょうか?」 「ごきかぶりでも出たのかな?」 「いち兄の部屋は色々と物がいっぱいだからなあ」 「とにかく、急いでいくぞ!」 危機感なく、のほほんと会話を交わしているだけで動こうとしない審神者たち。 何か良からぬことがあったのではと、心配で気が急いでいる山姥切は、咎めるような視線を彼らに向けながら促すように声をかけると、自分は一期一振のもとへと駆け出した。 中庭に沿った廊下を真っ直ぐ東に進んだ先の角部屋が一期の部屋だ。いつもは閉められている障子も換気のために開け放たれている。 「一期!何があった!?」 駆けつけた山姥切の視界に入ってきたものは、しりもちをついた一期の背中と、床に散らばった、爪楊枝が刺さっている大量のドングリだった。予想だにしなかった光景に、立ちつくし碧色の目を瞬かせる。 「や、山姥切殿……これは、その」 首を捻り、山姥切を見上げた一期は、罰が悪そうに眉を下げ、歯切れ悪く言葉をつむいだ。 「あーっ、一期さん、ドングリごま捨ててなかったんだー。さては虫がわいたんでしょ?こうなるから早めに捨てときなっていったのにー」 数振りの刀剣たちとともに、遅れてやって来た審神者は、部屋を覗きこむなり咎めるように声を張り上げた。 「虫?」 審神者の言葉に興味を引かれた山姥切は、部屋に足を踏み入れて散らばったドングリをまじまじと見て、直ぐ様後悔した。ぞわりと背筋に寒気がはしる。 散らばったドングリに混じって白い芋虫があちらこちらに蠢いていた。 「—————!」 あまりにもの衝撃的な光景に、山姥切は悲鳴を出すことも出来ず、びしりと体が硬直して動けなくなってしまった。 「ちょっと、切国大丈夫?ビビリのくせに好奇心だけは旺盛なんだから」 動かなくなった山姥切に、苦笑いをこぼした審神者は、芋虫を視界に入れないように注意しながら近づき、腕を掴んで廊下へ引っ張っていった。そして、不安げにこちらを見つめる一期に、にっこりと満面の笑みを浮かべていった。 「さて、一期さんのたってのお願いでしたので、今までは目をつぶっていましたが、こうなってしまっては仕方ありませんよね?観念してお部屋を綺麗にしましょうか」 「……………はい」 一期は向き合うように体を動かし、正座して懇願するようにじいっと審神者を見上げていたが、やがて決定が覆らないと悟ったのか、項垂れて承諾の返事をした。 この本丸の一期一振は、早くに顕現され、弟たちを『待たせる』のではなく『待つ』方だった。粟田口の短剣は鍛刀でも戦場でも入手しやすい。しかし、初鍛刀で来た薬研藤四郎以外は 一年程入手出来なかったのだ。 焦がれて焦がれてやっと来た弟たちを、今までの穴を埋めるかのように、一期はこれでもかと世話をやきまくり、彼らに害をなした者たちには容赦なく鉄槌を下していた。それから部屋には弟たちから貰った遠征の土産の花や小物、手紙や絵など全て捨てずに飾っていた。几帳面なので、きちんと整理はしているのだが、弟たちから貰った物は何でもとっておくため、部屋の中は物で溢れ統一感がなく雑然としていた。それでも一期は弟たちを近くに感じられたので、とても幸せだった。周りは一期のブラコンぶりに、かなり引いていたが、彼自身は全く気にしていなかった。 審神者からは、過去に何度も枯れた花やお菓子の包み紙などは虫がわきそうだから捨てて欲しいといわれた。しかしながら、弟たちから貰った物はどれも捨てられないとなんとか説得して死守してきた。 しかし、それもどうやらこれまでのようである。数週間前、遠征先で弟たちが拾ってきたくぬぎの実。丸くてかわいらしいそれでこまを作って皆で遊んだ。審神者から虫がわくから早めに捨てろといわれていたが、やっぱり直ぐには捨てきれず、しばらくとっといてもう一度遊んでから捨てようと思っていた。 その結果、保存していた箱を開けてみたら、白い芋虫が大量発生していて、驚いて悲鳴をあげるはめになったのだった。 「ただ処分するのは気が咎めるので、写真を撮って残しましょうか」 そういって、一度自室に戻って返ってきた審神者の手には小さな直方体が握られていた。 山姥切がそれは何だと尋ねると、デジタルカメラだと返ってきた。続けてこれは目で見るものを忠実に『絵』として記録するものだと説明された。それから追加で、プリンターという機械を使って紙に『絵』を写せば、現物を捨てても『絵』として残せるでしょうと。 一通り説明し終わった審神者は、部屋の外からカメラを構えてぱちりとシャッターをきった。そして何やら操作すると、手招きして一期を呼びつけ、今撮った部屋の画像を見せた。 「これは凄いですな。私の部屋がそっくりこの中にある」 金眼を驚きに丸くさせ、カメラと部屋を見比べた。 「これで納得してくれるかしら?」 「はい。これでしたら虫もわくことありませんし、色があせたり壊れたりしませんね」 審神者の言葉に、一期は嬉しそうに笑んでいった。 「これ、一期さんに貸しておくから捨てる物を撮ってね。終わったら印刷するから持ってきて」 「承知しました。では、こちらはお借りしますね」 一期は、操作説明を受けながら差し出されたカメラを大事そうに両手で受け取り、さらに顔を綻ばせた。 「……何で俺にはかめらを貸してくれなかったんだんだ」 「…………」 隣でぼそりと呟かれた近侍の言葉に、審神者は、ぴくりと眉を動かしたが、全力で聞かなかったふりをした。そして、心の中で謝った。 (ごめんねー。切国は自分で集めたやつだったからいいかなって。それに、捨てても毎回同じもの拾ってくるし) 「と、とりあえず、一期さんはドングリと虫は早急に捨ててね。そうそう、ドングリはやぐらに捨てちゃ駄目だよ。爆ぜて危ないから。……そうね、庭の隅にでも放っておいて。他の皆は各自の部屋の片付けを再開してちょうだい」 ぱんぱんと手を叩いて、審神者は刀剣たちにそう指示を出した。 それを受けて、刀剣たちははーいと返事をすると、各々の部屋へと足を向けた。 「さてと、切国、私たちもいこうか。写真はほどほどにして片付け頑張ってね、一期さん」 早速写真を撮っている一期に声をかけて、審神者は山姥切を引き連れて自室に戻った。 この後は特に騒ぎは起きず、滞りなく片付けと掃除は進んだ。 なお、やぐらの点火は、大掃除の最終日なので、山姥切が楽しみにしていた焼き芋は、本日お預けとなった。 この日の夜、一期からデジタルカメラが返却された。プリントアウトするために画像データの枚数を審神者が確認したところ、とんでもない数になっていた。慌てて在庫を確認すると全く足りないことがわかり、急遽写真用の紙を大量発注するはめになった。 数日間に及んだ本丸の大掃除は、本日無事に終了した。 一期の『ドングリ虫騒動』の他にも真白い太刀による『やらかし』が発生し、審神者による仕置きが下された。これはいつものことなので『騒動』の内には含まれず、特に騒ぎになることはなかった。 作業に使った道具を片付け、正月用の餅つきが終わった時は、日はとっくに沈み、本丸は薄闇に包まれていた。 夕食は、恒例のやぐらを囲んでのバーベキューと年越し蕎麦だ。 広い中庭の中央に組まれたやぐら。篝火に照らされて闇夜に浮かび上がっていた。その前に祭壇が設置され、酒や餅が供えられている。石切丸によるお祓いの儀式が執り行われた後、審神者がやぐらに点火して年越しの宴の開始である。 本丸産の野菜に果物、奮発して買った上質な肉を大量に用意した。それから厨番たちによる手打ちの年越し蕎麦が茹でるだけにして置いてある。食べたい時に各々自分で茹でるようになっているのだ。 赤々と燃えさかるやぐらの炎が、冷たい師走の空気を温めていく。じゅうじゅうと音をたてて焼ける肉や野菜の匂いに引かれて刀剣たちが皿と箸を持って群がった。焼き当番は時間制で回しており、一番手は薙刀や大太刀の刀剣たちだ。 「お肉も主がたくさんが買ってくれたから、喧嘩せずに食べるんだよ」 短刀たちが肉の取り合いを始めた場所ではやんわりと大太刀が窘めていた。 中庭に全員は流石に入りきれないので、大広間を解放して自由に行き来しながら各自、気の合う仲間で固まって飲み食いしている。 賑わう本丸を、審神者は廊下の端で年越し蕎麦を独り啜りながら眺めていた。 このまま夜通し起きていて初日の出を皆で拝み、お節を食べて朝風呂に入る。そして昼過ぎまで寝るのがこの本丸の年末年始の過ごし方だ。 審神者も女性としては食べる方だが、刀剣たちのように飲み食いした後でお節を食べることは流石に無理だ。あそこに混ざると釣られて食べかねない。故に少し離れた所で蕎麦を食べているのだ。それに、大勢でわいわい年を越すのもいいが、こうして離れて静かに眺めるのも、ホームドラマを見ているようで中々いいものである。 何かと大小様々な騒動が起こるこの本丸。来年こそ穏やかに過ごしたいものだと思う。 「あるじ」 舌足らずな声に顔を上げると、白い顔を赤く染めた山姥切がふらふらとやって来た。 酒にそう強くないくせに好きだから勧められるままたくさん飲んだのだろう。 どすんと隣に座ったと思ったら、こてりと審神者の膝の上に転がった。 「おっとぉ。危ないじゃないっ………寝た?」 どんぶりを間一髪頭上に持ち上げて惨劇を回避した審神者は、そのままの体勢で膝元を見下ろした。 山姥切は碧の瞳を閉じてすうすうと気持ちよさそうに寝息をたてている。 「疲れたところにたくさんお酒を飲んだから酔いがまわったのね」 はぁ、と息を吐くと、山姥切を膝に乗せたまま残っていた蕎麦を完食した。どんぶりと箸を脇に置く。 「日の出の時間まで寝かせときますか。今年も色々あったけど、貴方が側にいてくれてほんとよかったよ。私一人じゃあ皆を御せないわ。審神者を引退するまで末永くよろしくね」 白い襤褸布を少し捲って前髪をあげる。そして形のよい額へ軽く口づけをした。 「明けましておめでとう!今年も美味しいご飯を食べる為に皆で協力して任務をこなしましょう!」 「おう!」 初日の出を背にして高らかに宣誓する審神者に、刀剣たちは利き手を突き上げ声を揃えて応えた。 |