*現代パロディ
―高校一年生。
『ごめん、君の気持ちには応えられない。だからこれも受け取れない』
そう告げ、去っていく背中を、名前は真っ白になった頭で見送った。手元には何度も作って、渾身の出来だと自負していたチョコブラウニーが残ってしまった。
二つ上の、マネージャーをやっていた部活の先輩だった。三月に卒業してしまうので、玉砕覚悟でのことではあったのだが――
「ダメ、だったか…」
ダメージは思いの外大きかった。自覚していなかったが、先輩のことが結構好きだったようだ。ぽろりと涙が零れる。
こうして、名前の初恋は見事に砕け散ってしまったのだった。

―大学一年生。
『ほぉーバレンタインか』
青年はソファーの背もたれから名前の手元を見下ろした。視線の先にはバレンタイン特集と大きく書かれた文字がおどるチラシ。恋する乙女の一大イベントが近いのだ。
有名ブランドのチョコからお手軽な値段のものまでずらりとラインナップされている。
『今年も作らないのかい?俺、きみの手作りチョコを食べてみたい』
横から覗きこむように顔を近づけていった。輝かんばかりの笑顔でねだる。
『なー、いいだろー』
名前は初恋の玉砕から一度も手作りはしていない。
「…何いっているの、今の状態じゃあ食べられないくせに」
『大丈夫だ!策はある!』
自信ありげに胸を張り、どんと叩く。名前は胡乱げな目をやると、諦めたように大きく息をついた。
「…分かった。作るけど、バレンタインに驚きは無用だからね、鶴丸」
真白い青年に、きっちりと釘をさした。

鶴丸とは古くからの付き合いで、審神者と刀剣男士として生きた前世から繋がっている。一般人として現世に生まれた名前の所に何故、鶴丸国永がいるのかというと、『憑いて』来たからだ。

『鶴丸国永』という刀剣は、好奇心旺盛で、悪戯好きな性質を持っていた。名前の所も勿論そうだったのだが、他の分霊よりも好奇心が強く、退屈を何よりも嫌い、常に新しい驚きを求めていた。
そんな性格だから、時が来て本霊に戻り、退屈な年月を過ごすのが嫌だった。そこで鶴丸はもうひとつの理由もあって、審神者として一生を終えた名前の魂にとり憑いたのだ。
その後の鶴丸は、名前と共に輪廻の流れにのって現世へとやって来た。
『よ、俺みたいのが来て驚いたか!』
鶴丸が名前から出られたのは、彼女が審神者の記憶を思い出した18歳の時。それまでは中で眠りについていた。出てきた鶴丸は彼女の驚いた表情に、満足そうに笑ったのだった。

バレンタイン当日。
鶴丸は朝からそわそわして落ち着かなかった。名前の手作りチョコも気になるが、他にも訳があった。彼女にとり憑いたもうひとつの理由。それを今日伝えるつもりなのだ。
―名前は受け入れてくれるだろうか…
彼らしくなく後ろ向きな思考だった。何故なら、それは断られてしまう可能性が大きいと思っているから。
「なーにソワソワしているの?心配しなくても、作っているの見ていたでしょ。はい、これ。ハッピーバレンタイン」
と、呆れたようにいいながら、白い紙で包んでから金色のリボンをかけた箱を差し出した。
鶴丸は、箱を握る名前の手の上に自分のを重ねた。
「ありがとう。とても嬉しい」
まっすぐに名前を見つめて礼をいった。そして、ずっと昔から内に秘めていた想いを告げる。
「俺は、きみを好いている。審神者と刀剣男士として生きていたあの時からずっと」
「えっ…」
思わぬ告白に名前は、驚き、そして鶴丸の真意を見極めるように目を細めた。
―もしかして、いつもの『驚き』なのかな?
そんな彼女を、鶴丸は苦笑して見ながら、言葉を続ける。
「俺は本気だぞ。きみが審神者として生を終えた時、どうしても離れたくなくて、きみの魂に憑いて輪廻の流れにのったんだ。そして、ここにいる」
ぎゅっと手に力を入れ、表情を真剣なものにし、決心したように想いを告げる。
「―だから、きみの未来の全てを俺にくれないか?」
付喪神からの熱烈な告白に、名前は驚きのあまりに絶句した。
まっすぐに真摯に伝えられた想い。それはしっかりと名前に届いた。
『未来の全て』と鶴丸はいった。末席といえど神の彼が伝えた言葉はとても重い。それはこれからの来世をずっと、つまり未来永劫共にいることを意味する。
「…断ったら、本霊に還るの?」
「いいや、今更還る気はないさ。そうだな、世界中を巡ってみるかな」
そうたずねる名前に、鶴丸は首を横にふって答えた。そんな彼を困ったように眉を下げて見上げていたが、やがてため息を一つついて、
「―鶴丸を野放しにしたら、世界は貴方の悪戯にパニックになりそうね。平和のためにも、一緒にいたほうが良さそうかな?」
肩をすくめ、苦笑していった。
『!じゃあ…』
名前言葉に、鶴丸の顔がぱぁっと輝く。現金だなあと思いつつも、名前は明るい笑みを浮かべた。
「うん、これからもよろしく。私を退屈させないように精々頑張ってね」
鶴丸は腕を引寄せ、華奢な体を抱き締めた。
『あぁ、これから先ずっと、きみに最高の驚きを与え続けよう』
こうして鶴丸の時を越えた想いは、無事成就したのだった。

その後、チョコがどうなったかというと。正式に契約を結んだことにより、実体化も可能となった鶴丸は、早速実体になった。嬉々として箱を開け、詰められたチョコを満面の笑みを浮かべて堪能したのだった。

おまけの誰かさん
『主殿!私とも契約をしてくだされ!』
「!?」
朝、目が覚めると、イケメンのどアップと対面した。あまりのインパクトに呆然としていると、イケメンの襟首を白い手が掴み、ぐいと後ろに引っ張った。
『近いぞ、きみ!』
背中からベッドに引き倒された彼は、金色の双眸を白い手の持ち主へ向けて抗議する。
『いきなり何をなさるんですか!それよりも抜け駆けとはいただけませんな、鶴丸殿?』
『――どうしてここに、とは愚問だったか?』
ばちばちと火花を散らす、二対の金眼。イケメンは起き上がり、身形を整えながら頷いた。
『ええ、我々は皇室の御物。話は全て本霊より聞いてまいりました』
『やっぱりそうか…。こんな驚きはいらないんだがなぁ…』
がっくりと項垂れる鶴丸を他所に、イケメンは名前ににじり寄った。
『粟田口吉光の唯一の太刀、一期一振、主殿―名前殿を未来永劫お守り致します』
左手を掬い上げ、薬指に口付けた。
『一期!!』
目くじら立てる鶴丸に、よい笑顔の一期。
―た、助けて薬研…
よくわからない展開に名前は思わず、唯一のいち兄ストッパー、薬研にSOSを出したのだった。