「女子(おなご)だと見くびらないでいただきましょうか!」
そう叫ぶと、薙刀の穂先に深紅の焔をまとわせ、勢いよく横に薙いだ。ぶわりと広がった焔は前方にいた敵を複数のみこんだ。
「…お前が、あの紅蓮の女鬼…」
焔から辛くも逃れた兵士が茫然と呟いた。目を見開き、顔色なくしてその場に立ち尽くす。
「うちの姫さんはそんじょそこらのお姫様とは違うんだよ」
戦場には似つかわしくない陽気な声が聞こえたかと思った次の瞬間、その兵士の意識は刈り取られた。赤い飛沫を飛び散らし、どさりと地べたに倒れた。
冷めた茶色の双眼が人であったモノを見下ろす。
「ここ(戦場)でぼうっとしてちゃ、命取りだぜ」
朽ち葉色の頭髪に迷彩柄の忍装束。全体的派手ないでたちの青年、猿飛佐助。軽薄な印象だが、その実力は折り紙つきだ。彼は現在、上田城を治める真田幸村に仕える真田忍びの頭を務めている。
佐助の目の前で得物を振るう女武将は、武田家の姫君の名前だ。幼き頃より幸村と共にいた為か、稽古ごとよりも武芸に興味を持った。薙刀を振り回し、幸村と鍛練に励んできた。やがて炎の婆娑羅に目覚め、貴重な戦力として戦に出るようになっていった。
幸村と同じ赤揃いの戦装束を身にまとい、穂先に焔をまとわせた薙刀を振るう姿は、まるで剣舞を見ているようで。味方からは『戦場の舞姫』と呼ばれている。対して敵側からは幸村の『紅蓮の鬼』と対となるような『紅蓮の女鬼』と呼ばれていた。
「名前様の背は、某が御守り申す!思う存分振るわれよ!」
二槍を構え、正面をきっと睨み付ける。
「その申し出、有り難く頂戴いたしまする!なれば、背中は任せましたよ、幸村殿!」
名前もまた、薙刀を構え、敵を迎える。
そして、二人が背中合わせに戦う姿は『紅蓮の夫婦鬼(めおとおに)』といわれるようになった。

――血濡れているのはお二人も俺様も同じだけど。

敵を仕留めながら幸村と名前へ視線をちらりと向けた。
太平の世を築く為、皆が心安く生きていけるようにする為に戦う彼らは、闇に生きる佐助の目には眩しく映る。

――叶うものならば、俺様も彼処へ行きたい――

狂おしい想いが溢れそうになった。それを請えば、彼らならば何の躊躇いもなく佐助を迎え入れてくれるだろう。だが――

――俺様は真田の旦那に仕える忍。そこは弁えなくてはね。

主を守るために暗躍するのが自分の役目。表には出ていけない。光が強いほど闇は濃くなっていく。そして、それへの憧憬も強くなる。佐助は溢れる想いを胸の奥底へ封印する。気持ちを圧し殺すのは馴れたものだ。
「佐助ぇ!!」
己を呼ぶ声が聞こえた。
佐助は気持ちを切り変えるように息をはき、それからぐっと両足に力をいれ地面を蹴る。守るべき人たちの元へ行くため、戦場を駆けた。