全身に広がる嫌悪感に立っていられなくなる。ああまただ、また変な男に捕まってしまった、これで何回目だろう。私だけでなくこの区に住んでる女性はこういう目に何回も合っている。なのに中央区の奴らは何もしてくれない。会社の同僚だって何度襲われたかわからないと愚痴ってたなぁ。アスファルト上に膝をつき口を手で襲う。もし、私がヒプノシスマイクを持っていたら対抗できたのかなぁ、そんなことを考えながら目の前で笑う男を見つめる。
一般の私たちがそんな高価な物を持っているわけなく、こんな抵抗する術もない。今回こそ襲われてしまうのかなぁと朦朧とする意識の中に音が飛び込んだ。あっ………この音は………。
「………名前に何をしている」
「お前は!?あの………!!」
「生きて帰れると思うな」
そのまま意識を失ったので、私を襲った男がどうなったのかは知らない。
***
パチパチと火の燃える音が聞こえる。薄く目を開けば、目に映る風景は木で溢れていた。ああ、ここは彼が住む森の中か。だから焚き火の音が聞こえるんだ。よく見れば私の体は彼が使う寝袋に包まれている。目を開けた私に気がついて「起きたのか?」と優しい声が聞こえると共に、オレンジ色の髪が視界に映り私を覗き込む透き通った青の瞳と目が合った。
「………理鶯」
「体の調子はどうだ?待たせてすまなかった」
「ううん………大丈夫」
毒島メイソン理鶯。この区を代表するMCグループ、MAD TRIGGER CREWの一員だ。元々同じグループである入間銃兎と私が知り合いだった為、その繋がりで理鶯とも仲良くなった。この区に住んで何回も襲われかけた私がなんだかんだ無事でいられるのは、先程のように理鶯がすぐに駆けつけ助けてくれるからだ。いつものはもっと早く助けに入ってくれるが今回は気づくのに遅れて少し遅くなってしまったらしい、それでも気分が悪くなっただけで済んだので助かった。
助けに来てくれてありがとう。そうお礼を言えば、彼はもっと早く来るべきだったと反省を始める。
「小官が早く気がついていれば名前は意識を失わずに済んだ。本当にすまない」
「怪我はしてないから大丈夫だよ。理鶯が助けてくれなきゃ今頃私死んでたかもしれないし、来てくれて本当にありがとう」
「………すまない」
悲しげな表情を浮かべる理鶯。そんな、お姫様じゃあるまいし、気にしなくていいのに。理鶯は銃兎という共通の人物で知り合ったただの友達なんだから。
今もなお、悲しそうな表情の理鶯を見つめながらふと考えた。そういえば、どうして理鶯は毎回私を助けに来てくれるんだろう。銃兎から理鶯を紹介されたあの日から、私が危険な目にあった時は必ず理鶯が助けに来てくれる。何処からともなく現れて襲ってきた人達を倒していく、それはまるで敵から姫を守る騎士の如く。
「………ねぇ、どうして理鶯は私を守ってくれるの?」
「………どうして?」
体を起こして彼の目を見つめながら質問すれば理鶯は数秒考え込んで「小官が名前の剣だからだ」と答えた。その答えに脳内は思考停止。………剣?私の剣………うん?
「………え?いつから理鶯は私の剣になったの」
「名前と出会って以来小官は名前の剣だ」
「だから私を助けてくれるの?………なんか理鶯、騎士みたい」
「騎士?」
「理鶯が騎士で、私が騎士に守られてるお姫様。ちょっといい気分」
ふふっと笑えば理鶯は目を丸くして私を見た。え?何か変なこと言っちゃったかな。そんな変なことは言ってないと思うけど………あっ騎士って言ったから見下されてると思った?いや理鶯に限ってそんなこと思うわけ………。色々心配していれば理鶯は立ち上がり私の隣に座る。座って、私の顔を覗き込んで手を重ねる。その行動に頬が少し熱くなった。えっ、理鶯?
パチパチ燃える焚き火の音を聞きながら黙って彼を見つめれば彼も私を見つめてる、少しだけ彼の口角が上がっている気がする。
今、理鶯は何を考えてる?
「り、理鶯………?」
「すまない。小官は名前の剣にはなれそうにない」
「え?」
「姫と騎士………そういった関係もとても素晴らしいと言えよう。だが、どうやら小官は名前とは姫と騎士ではない関係になりたいらしい」
「姫と騎士以外?」
問いかければ理鶯が微笑んで囁く。
「Will you be my wife?」
手の甲に彼の唇が触れたのはそれからすぐのことだった。