※登場する国やシステムはすべて架空のものです※

 シェンツァ王国。科学と技術の国と呼ばれた我が国は、世界政府への非加盟国として有名だった。しかし、国民は民を想う国王のおかげで、平和と安寧に満ちた日々を送っていた。経済の低迷期はあれど、人々は笑い、助け合って生きていた。王は言う。「民の幸せが自分の幸せ」なのだと。私はそれをとても誇らしく思っている。
 この世界において非加盟国であることは、秩序は有って無いようなものだ。政府からの擁護や支援が一切受けられないということは、近隣諸国または海賊や山賊などからの脅威に晒されるということである。それでもこの国が平和でいられたのは、エンジニアたちの頭脳と技術が生み出したシステムのおかげだった。

 外部侵入防止システム――通称IPSと呼ばれるそれによって、この国は強固に守られている。形ばかりの軍隊は存在するが、民による武器の所持は一切認められていない。大海賊時代と呼ばれるさなか、我が国は戦争とは無縁の生活を送っていたからだ。どんなに腕の良い者だろうが、"悪魔の実"の能力者だろうが、科学技術を前にそれらはすべて無意味なものだった。

 こうして国はさらに進化していく。バイオテクノロジー、AI、あらゆる技術が驚異的な展開を見せ、ますます世界から孤立した存在となった。システムという巨大な盾で守られた国民は、この先もずっと平穏に暮らすことができると決して疑わなかった。

 そうした驕りがいけなかったのだろうか。私たちの盾はウイルスというプログラムの前では為す術もないまま、まるで積み木が崩れ落ちるようにあっけなく壊れてしまった。

「お父様!!ここはいずれ火が回ります、早急に避難を!!」
「ああそうだな。名前、お前に頼みがある。ここに書いてあるところへ行って、ドラゴンという男に自分の身分を伝えろ」
「ここは……?」
「私が昔から懇意にしていた人の基地だ。お前には隠していたが、シェンツァは密かに反政府勢力と繋がりがある。ここへ行けば助けになってくれるはずだ」
「お父様はどうするの?」
「私はここでやらねばならんことがある」

 システムが侵されたシェンツァ王国はいとも簡単に戦場と化した。海賊に攻め入れられ、街も王宮も次々に焼けていく。戦い方を知らない軍隊と軟弱な国民では到底立ち向かうことなどできるはずもなく、避難を余儀なくされた。

 私、名前・ローレンスはシェンツァ王国の第一王女である。突然の襲撃に王宮がまず行ったのは国民への避難指示だった。地下にあるシェルターへ移動すれば、そこから港へ繋がる通路がある。国王である父と共にその指示を行った後、残されたのは私たち王族のみだ。

「やらなければならないことって……命に代わるというの?」

 あちこちで煙が上がり、王宮もただでは済まないだろう。それに海賊たちはここへ向かっているという。残るということは彼らと対峙することを意味する。そうまでしてやらなければいけないこととは一体何だというのだろう。

「ああそうだ。どうしても守らなきゃいけないものがあるんだ!!とにかく、そこへ行けばお前を保護してくれるだろう。それから首から下げているその石も絶対手放すんじゃないぞ」
「え、これ……?それより保護ってどういうことなの?みんなと一緒に港へ行くんじゃ……」
「今は何も聞かずに従ってくれ」
「でもっ……」
「いいから行くんだ!!」

 18年間これまで聞いたことないほどの大声でそう叫んだ父に恐れをなした私は、仕方なく部屋を飛び出した。後ろ髪を引かれる思いだった。

 廊下に出るとすでに焦げ臭く、火がすぐそこまで迫っていることがわかる。このまま階下へ行っても無意味だろう。悩む暇など到底なかった私は、ドレスの裾を強引に引きちぎって走りやすいようにする。窓を開けて、切った裾をカーテンに括りつけ外へ伸ばした。
「もう、これしかない……」

 刹那、切った繋げたドレスの裾をロープ代わりにして自分の身を外へ投げ出した。布は地上まで足りないが、下は植木で埋め尽くされた花壇がある。転がり落ちても植木がクッションとなり、骨折程度で済むだろう。
 ばさりと大きな音を立てて転がった私はそのまま立ち上がり一目散に駆け出した。炎に包まれた王宮を背に、振り返ることなくただひたすら。

 街も酷い状況だった。商店から民家まで、海賊の容赦ない攻撃を受けたことがわかる。銃に刀、その他あらゆる武器で壊されていた。中には間に合わなかったのか、犠牲になった人々の姿も見かけた。正直に言って、見るに堪えない光景だった。
 ふと、なぜこうなってしまったのかを考えた。人々はただ平和に暮らしたかっただけなのに。私たちはどこで何を間違えたのだろう。
 それに、父が言っていたことも気になる。反政府の勢力とは一体何なのか。どうして私は「保護」されなければならないのか。私の知らないところで、何かが動いている。

 中心街を抜けた先を東の方向へずっと進むと、"イグナ"と呼ばれるひと気のない遺跡があった。海岸に近いそこは港町のような明るさはなく、人知れず存在していた。父から渡された紙に書いてあるのはこの辺だ。しかし、人がいる気配はしない。

「一体どこに基地なんて――」
「ほう、政府のヤツらの情報は確かだったようだな」
「え……!?」

 振り返った先には見知らぬ男たちがいた。いつの間に現れたのか、先ほど私が通って来た場所に立っている。服装から推測するに、例の海賊たちだろう。両サイドの男二人は刀を持っていた。中央の男は武器自体は持ってないようだが、私の勘が一番危険だと言っている。

「おれらと一緒に船へ来てもらおうか」
「残念ですが、私はここでとある人物に会わなければなりません。なのであなたたちとは行けません」
「そんなのが通用すると思ってンのか?」
「思いませんが、だからといって簡単に従うとお思いで?」
「ナメたこと言ってんじゃねェぞ。捕まえろ!!」

 刀を持った二人の男がこちらへ向かってきたので、私はその場から逃げ出す。とりあえず基地を探すつもりでこの辺を走り回るしかない。
 しかし、そんな考えは甘かったことを思い知る。ただの王女が戦い慣れしている海賊に体力で勝るはずもなく、数分と経たずに取り囲まれてしまった。万事休す。どうする……?

「素直に従えば痛い目に合わなくて済んだのになァ!」と、刀が振り下ろされた刹那――

「武器を持たねェ女ひとりに刀とは卑怯なんじゃねェのか」

 男たちの悲鳴が響く。私の目の前にはまた見知らぬ男が立っていた。突然炎が現れたかと思うと、男たちはその炎によって飛ばされてしまったのである。一瞬のことで何が起こったのかわからなかった。海賊がいなくなると、彼はこちらに歩み寄って来た。シルクハットが特徴的で、すらりとした高身長の男だった。味方、なのだろうか。

「おれはアンタを守りにきた」
「はぁ……あなたは誰ですか?」
「おれはサボ、革命軍の人間だ。ドラゴンさんの命でここから第一王女を連れ出す任務がある」
「私を?というかドラゴンってお父様が言ってた人だわ」
「知ってるなら話は早い、ぐずぐずしてたら奴らが来ちまう。とりあえずこの国を出よう」

 そう言って私の手を引いたサボという名の青年は船を停めているという海岸のほうへと歩き出した。前のめりになって転びそうになるのをなんとかこらえる。

「ちょっと待ってください!!急に何なんですか?私は父にこの近くの基地を目指し、ドラゴンという人に身分を伝えろと言われただけで何も知らないんです。それに父がまだ王宮に……」
「国王はここには来ない」
「どういうこと……?」
「あるデータを守るために王宮に残ったんだ。あれを政府に渡すわけにはいかねェからな。だが、今それを話してる暇はねェ」
「そ、そんなことのために父は自ら死を選んだって言うんですか!?」
「悲しいのはわかる。けど火蓋は切って落とされた、後戻りはできねェ。だからおれが来たんだ。お前は何としてでも守る」

 突然告げられた父との別れ、そして革命軍に身を寄せなければならない自分の運命。得体の知れない何か大きなことが起こり始めているのだ。

 とはいえ、急にそんなことを言われても困ると思った。この人はどうやら事情を知っているみたいだが、私は何も知らない。それなのに「ついてこい」だの「守る」だのなんて理不尽だと怒りたい。父にだって言いたいことがたくさんある。
 しかし、彼を罵ったところで現状が変わらないこともわかっていた。政府からの擁護がない上に戦い方を知らないこの国は、海賊に攻め入れられた時点で敗北したも同然なのだ。

 子どもみたいに喚くこともできるだろうが、根本的な解決には至らない。何より王女がそんなことをして困らせては王宮に残った父に失礼だし、私のプライドが許さなかった。覚悟を決めなければならない。

「わかりました。私はあなたについていきます。ですが、私に戦い方を教えてくれませんか?」

 青年はニッと笑うと私の手を引き、今度こそ海へ歩を進めた。