彼女との出会いは中々インパクトがあるものだった。
翻るジャケットの裾。
立ちすくむ俺とこちらに走ってくる女性の間に割り込んできた。
からんと何かが落ちる音がしたかと思ったら、女性の腕を捻りあげていた。
「殺人未遂及び銃刀法違反です。110番通報をお願いします」
抵抗して暴れる女性を軽々押さえつけながら俺に指示を出してきた。
「わ、わかったっす」
鞄からスマートフォンを取り出して、警察を呼び出した。
「――危なかったですね。あの女性に心当たりは?」
駆けつけた警察官に女性を引渡し、何かを告げた後、彼女はくるりと俺の方を振り向き、そうたずねてきた。ふわふわとした栗毛のショートヘアに大きめの琥珀色の双眼。小柄で細身の体型は黒のパンツスーツに包まれている。
知らないと、首を横に振ると、少し困惑した表情になった。
「先程捕まえた女性は貴方を知っているようでしたけど…『涼太』って呼んでましたよ?」
俺をじとりと見上げてきた。それからぐるりと視線を巡らし、鬱陶しそうに眉間にしわを寄せた。
「それにしても周りの視線が随分煩いですね。皆さん、貴方を見ているようですが、有名な方なんですか?」
「えっ…」
彼女の言葉に驚き、言葉につまった。それなりに名前と顔を知られていると自負していたから、地味にショックを受けた。
どこかで聞いたことある名前だと、考え込みながらぶつぶつ呟く彼女に自分のことを話した。
「…俺、モデルの『黄瀬涼太』なんですけど。知ってます?」
すると、あっと小さく声をあげた後、申し訳なさそうに眉尻が下がった。
「…お名前は噂で知ってはいましたが、お顔までは…。失礼しました」
ぺこりと頭を下げて謝ってきたので、こちらが慌ててしまった。
「いいんすよ!俺もまだまだだなあって…謝んなくていいっすから!」
急いで顔を上げさせる。
「お気遣いありがとうございます。ところで、この後の予定は空いていますか?」
急な話題転換に面食らっていると、予定がなければ一緒に警察署へ行って事情聴取を受けて欲しいといってきた。今日は一日オフだったので、承諾すると、では行きましょうとすたすたと歩き出した。
「ま、待って下さいっす!」
小柄な割には歩くのが速い彼女の後を急いで追いかけた。
警察署に着き、早速事情聴取が始まった。
担当してくれたのは、父親と同年代ぐらいの男性刑事だった。捕まった犯人との関係や面識の有無を聞かれたが、覚えがないと答えた。
「…そうか…。あちらは仕事を一緒にやったことがあるといっていたらしいんだが…」
「そうだったんですか?何度か顔合わせていれば覚えている子もいるけど、過去に一回だけとかだと、よっぽどのことがないかぎり覚えていません」
「そうだよなぁ…。いちいち覚えていられないよな…人気者は大変だなぁ…」
きっぱりといった俺から視線を外し、遠くを見ながら何故か誰かを憐れむような表情をして、染々とそういった。
それから俺は助けてくれた彼女のことを聞いてみた。
「あぁ、あの子?別室で聴取とっているよ。黄瀬君も運が良かったな、元SPが偶然通りかかるとはな」
「元SP!?」
思わず叫ぶと、刑事さんは俺の驚きようにくつくつ笑いながら教えてくれた。
「まだ、名乗っていなかったんだな。あの子は名字名前。今は民間の警備会社に勤務している元SPだよ」
「彼女のこと知っているんすか?」
「私の姪っ子なんだよ」
俺の質問に少し照れ臭そうに答えてくれた。
成る程、だから刃物を持っていても怯まなかったのかと、鮮やかに相手をねじ伏せたシーンを思い出しながら納得したように頷く。
自分より大柄な相手に臆することなく立ち向かう姿は、俺の目には物凄く格好よくうつった。
―こんこん
ドアがノックされた。刑事さんが入室を許可すると、名字さんともう一人若い男の人が開いたドアから入ってきた。
「どうも、お久しぶりです。聴取は終わりましたか?」
「あぁ、今終わったところだよ。今回はお手柄だったね」
「ありがとうございます」
「黄瀬さん、事務所の方に連絡を入れさせて頂きました。お迎えが来たら呼びに参りますので、こちらでお待ち下さい」
名字さんは刑事さんに労いの言葉に礼を返し、若い男の人は俺に事務所へ連絡したこと、迎えが来るまでここで待機するようにと伝えてきた。
若い男の人も刑事さんで、捕まえた女性のことを教えてくれた。
やはり彼女とは過去に一度だけ雑誌の仕事を一緒にやっていたようだった。どうやらその時連絡先を交換したらしい。全く覚えていないけど。
確か丁度その頃、色々ごたついていてスマホを買い換えた気がする。新しい連絡先は仕事関係、身内、親しい友達のみに教えた。
その中には彼女は含まれていなかった。俺と連絡つかなくなった為、新しいものを聞こうと接触をはかったそうだ。しかし、スケジュールが中々合わない。スタジオで見かけても近づくタイミングはないし、こちらに気づく様子もない。他のモデルたちと仲良くしているのを何度も見かけるうちに段々憎らしく思うようになり、犯行に及んだとのことだった。
「…人気者って大変ですね…」
叔父さんと同じ台詞を染々いう名字さんに、くすりと笑ってしまった。訝しげにこちらを見てきたが、その理由をしる刑事さんに、私たちが似た者同士だということだよ、とぽんぽんと肩をたたかれていた。
今まで出会った女たち―今回の犯人の女もそうだった―のほとんどが、俺が少しでも気安く接すると、ずかずかとパーソナルスペースに入り込んできて馴れ馴れしくしてきた。
しかし、名字さんは敬語を使うことで距離をとり、一線を引いて接してくる。それが新鮮で心地よく思う反面、どこか物足りなくさびしく感じてしまう。
だから俺はついこんなことを口にしてしまった。
「俺の警護もしてくれないっすか?」
小首を傾げ、おねだりしてみた。
すると、名字さんは琥珀色の双眼を丸くして俺を見上げてきた。じっと見つめていたが、いいですよとあっさり承諾してくれた。
「!ほんとっすか!?」
思わず覗きこむように顔を近づけて確認する。
名字さんは顔を赤らめることなく、舞い上がる俺を見て面白そうに笑いながら頷いた。
「ええ。ただし、事務所にきちんと相談をしてからです。その上で会社の方へご連絡下さい」
「わかりました!」
嬉しさの余りに名字さんに飛びつこうとしたがあっさりかわされてしまった。
傷害未遂事件以降、黄瀬のそばにイベンドの度に可愛らしいナイトが現れるようになった。黄瀬の斜め後ろに控えるそのナイトは、見た目によらず腕がたち、主人に不埒な奴等を一歩も近づけさせることはなかったという。