赤のクランズマンになって良かったこと。ひとりぼっちじゃなくなったこと。たくさんの仲間と大切な人ができたこと。毎日笑って過ごせるようになったこと。あの人からもらった炎と力を引き換えに、私はあの人のために戦うと決めた。見た目とは裏腹に、やさしく温かい炎を纏う彼を支えていくのだと――

 その人を守るためなら命を懸けてもいい、くらいには覚悟があるのだけれど。本人にそう言ったら「冗談は顔だけにしろ」なんてにべもなく一蹴された。酷い言われようだ。

 青空の下、じわじわと肌に攻め入る太陽に立ち向かうようにして歩を進めていた。バー『HOMRA』に向かう途中である。特別用事があるというわけではなかったが、ふとあの人の顔が見たくなった。もう癖みたいなものになってるんだろうなと自覚はしている。

「草薙さーん、こんにちはー!」

「おう、名前ちゃん。相変わらず元気でいてはりますなあ」

 薄暗い店内に入ると、カウンターの中でグラスを磨いていた青年とサングラス越しに目が合う。その青年・草薙出雲はバー『HOMRA』のマスターだ。そして赤のクラン・吠舞羅のNo.2でもある。頭脳派で情報通な彼は、私たちクランズマンのまとめ役でもあるし、面倒見がいいしで皆から慕われている。

 初めてここに来たときこそガラの悪そうな男がたくさんいるななんて、思ったけど。話せばみんな情に厚く仲間想いの良い人たちなのだ。少し血の気が多いだけで、仲間同士の絆は確固たるものである。そんな彼らはどうやら今日はいないらしい。道理で静かなわけだ。

「尊、いる?」

「2階におるけど、あんま邪魔すると怒るで気いつけや」

「うん」

「それよりまた怪我したんか……女の子が顔に傷作ったらあかんて何度も言ってるんやけどなあ」

 2階へ続く階段を昇りながら、後ろに聞こえたそれに反応は示さなかった。胸中で「ごめんなさい」と呟く。

 売られた喧嘩は買う。これは、切り込み隊長である彼がそう言っていたような気がする。

 吠舞羅の縄張りで悪さをしていたから、こちらは穏便に済まそうと注意しただけなのだ。それを、女だからって勝てる思ったのか何なのか、いきなり襲ってきたのである。ちょっと怪我はしてしまったものの、私だってひとりで片をつけることくらいはできる。

「みーこーとー」

 バンと勢いよく扉を開けて赤の住処へ踏み入る。以前、同じことをしたら草薙さんに叱られたことがあったが、私が毎度同じことをするものだから諦めてそのまま放置するようになった。吠舞羅の皆は口をそろえて「恐れ多い」と言うけれど、それはきっと彼の強さからくる畏敬の念なのだろう。皆が彼を慕い、周りに集う。

 その人物はベッドの上で気だるそうに眠っていた。起きる気配もない。

「尊、きたよ」

 近寄って声を掛ける。ピクリと瞼が動いた。これまた怠そうに目を開けた彼がゆっくりと上半身を起こす。

「……あ?」

「あ、起きた」

「やっぱお前か。うるせぇドアの開け方しやがって、もっと静かにできねえのか」

「いつものことでしょう?それに早く尊に会いたかったから」

 そう言って、胡坐をかいて頬杖をつく彼に抱きついた。その勢いに呆れたのか、盛大なため息をついて傍に置いてあった煙草に火をつける。危ないから消してと抗議するも、ふうと私に向かって煙を吐き出すだけで消す素振りはない。彼なりの抵抗なのだと思う。

 あろうことか、煙草を持つ手とは逆の手で顎を掴まれた。

「また、やったのか」その問いにぎくりと肩を揺らした。何のことかすぐに察する。先ほど草薙さんにも指摘されたばかりである。誤魔化しが通じる相手ではないので、素直にこくんと頷いた。けれど、私にだって言い分がある。

「こればっかりは仕方ないんだよ。私だって吠舞羅の一員なんだから、戦うことがあるのは当たり前でしょう?尊が力をくれたんだもん。だったら私は戦う。私は皆の役に立ちたい、尊のためなら何だってしたい!どうしてわかってくれないの!?」

 まくしたてるように、次々と出てくる言葉は半ば苛立ちから来るものだった。皆、私が戦闘に参加することを快く思ってない。クランとして認めてもらえていないというわけではなく、ただ心配してくれている。傷ついてほしくない、そう思ってくれていることも。だけど――

「私には家族も友達も恋人もいなかったの知ってるでしょ?生きるのも辛かったそんな独りの私に声をかけてくれたのは尊だよ。尊が私を救ってくれたの。居場所をくれたの!だからっ……今度は私が皆を、尊を支えたいっ」

 気づいたら頬が濡れていて、自分が泣いていることを自覚する。情けない。

 そうだ。私が赤のクランズマンになったのは一年前のことであり、それまでは一般人として過ごしてきた。ただ、17歳にして家庭を失い、ひとりで生きることとなってしまったのだ。しかし、未成年がひとりで生きていくには厳しい世界である。だから、『盗む』しかなかった。罪悪感はあったけれど、生きるにはこれしかなかった。高校に行けなくなって、そのうちお金を払えず家も追い出されて……寝床を確保するために、道で男を引っかけて……どうしてここまでして生きなきゃいけないんだろう。そう思い始めていたある日――

 《赤の王》周防尊に出会ったのである。

 鎮目町のとある店でいつものように盗みを働こうとしたとき、腕を掴まれたのだ。瞬時に逃げようとしたけれど、男の力に敵わず引きずられるようにしてこのバーに連れていかれた。あの時は終わりを覚悟した、報いが来たんだって。殺されるんだって。それでもいいと思った。だって、生きていても楽しいことなんかない。そう思っていたから。

 だけど、どういうわけか尊は私を生かした上に新しい居場所をくれたのだ。この時から吠舞羅が私のすべてになった――

 泣いている私を見て、特に何を言うでもなく紫煙をくゆらせている尊は、しかし突き放すこともしなかった。しばらくして、私の嗚咽がおさまった頃、いつも通りの低いテンションで彼は呟いた。

「面倒くせぇ女だな」

 そのトーンに、口にした言葉ほど冷たさを感じなかった。

 私は知っている。尊の炎はやさしく温かいということ。私の心を灯し、そっと溶け込んでいく。

 ねえ、尊。私はあの日からずっと笑って過ごしているんだ。傷つくこともあるかもしれないけど、私は不幸じゃないよ。