スノーディンにきて1ヶ月経った。図書館の本は全て制覇し、犬のナデナデ度もある程度把握できるようになった。これでいつどこから犬が出てきても大丈夫だろう。
そして私は未だに、サンズとパピルスの家に居候している。サンズは相変わらずシニカルに私と話すが、どこか一線を引いてるようでもあった。いや、一線を引いてるのは私だけじゃないのかもしれない。
パピルスは……パピルスも相変わらずだ。毎日一緒にパスタを作り、たまにパズルを手伝いながら仲良くする。トリエルの時と負けず劣らずの何とも能天気な地下生活だと我ながら思う。
現に今もパピルスのパズルの手伝いをしていた。カラータイルを地面に敷き並べるという単純作業で、このタイルがパズルなのか疑問である。パピルスが言うには、アルフィスという優秀な王直属の科学者が発明したものらしい。肩書きがすでに優秀さを漂わせている。
「ふぅー、タイルを敷き終わったな!」
「うん。この後はどうするの?」
「この後は……………アルフィスの起動装置を置く!しかし今はないからこれでひとまず完成だ!」
「そ、そっか」
いい汗をかいたと皮膚のない額を拭いながら我が物顔で言うパピルスに、つい苦笑を漏らした。彼は本当にお茶目な性格だ。その場を引き返して別のパズルに向かいながら、彼の相変わらずさに安心感を抱いている時だった。
キィン、と音を立てて私の背後にある防御魔法が反応した。急いで振り向けば、少し驚いた顔をした黄色い花が一輪咲いていた。
防御魔法がなければ、私は死んでいただろう。
「ニェッ!お花さんじゃないか!こんな所でどうしたの?」
「フーン、そんな小賢しい能力も持っていたんだ」
「まあね。ところで、どうして私を攻撃したんだい?」
「そう簡単に教えてやるわけないだろ」
魔法攻撃を私の周りに出現させて、フラウィーはおどろおどろしい顔を向けて言う。戦闘慣れしない私では、魔法攻撃を避けながら彼の様子を伺うのに精一杯だ。
「いいからさっさと死ね」
攻撃の手を緩める気はないらしい。身一つで交わしたり防ぎながら、どうにか停戦できないか考える。彼が求めるものは何だ?どうして生かしたはずの私を殺そうとする?目的がまるで分からない。
隣にいるパピルスはアワアワと困り果てながら、私とフラウィーに落ち着くように言いなだめていた。私もそうしたいのは山々だが、彼が攻撃をやめてくれない限りこの戦いは平行線を辿る。
そのことに気付き始めたのか、フラウィーも顔を怒りに歪ませながら攻撃を続けた。
「もうやめよう!フラウィー!」
「はは、君の話に耳を傾けるとでも?」
「友達じゃなかったの?」
「平和ボケしたくだらない君と友達?笑わせるなよ」
「でも、このままじゃキリがない!」
私の言葉に反応したフラウィーは、攻撃の手を止めた。その事に少し安堵しながら、でも緊張を緩める事なく彼の目を見つめる。
大きな興奮と緊張が働いているせいか、頭がうまく働かない。落ち着け私。それでも彼と話し合いがしたい。
「確かに、このままじゃキリがないね」
「うん。だから、話し合おう…」
「じゃあこうしよう!」
フラウィーは顔に貼り付けた笑みを更に歪め、攻撃をパピルスの周囲に展開する。四方を囲むそれは獲物に逃げ場を与えないように、獲物を確実に傷つけるという強い意志をもっているかのようだ。
「死ね」
言葉と共に放たれた攻撃は、真っ直ぐパピルスへと一直線に向かう。
考えるよりも先に体が動いていた。全速力でパピルスの体を突き飛ばした私は、代わりに魔法の攻撃を全て身に受け倒れ込んだ。
口内から溢れ出す血液を片手で受け止めながら私は死ぬのだと悟った。これほどの重傷を受けてしまうと、もう回復は難しい。というか回復魔法ならある程度習得しているが、それは自分に作用することができないものだ。
それにしても、パピルスが無事で良かった。私が攻撃を受けてなくなった隙間にうまくパピルスを追い出せたのは、本当に幸運だった。奇跡に近いだろう。一歩でも判断が遅れたり迷いが生まれていれば、私は友達を失う所だった…。
駆け寄るパピルスが私を優しく抱きしめる。パピルスの顔がよく見えない。ただ抱き抱える骨ばった手が微かに震えているのがわかった。
「イヤだよ…。まだ、友達になれてないのに」
パピルスは確かにポツリとそう呟いた。
まだ友達になれてない?
彼は不思議なことを言う。
「私達、もうとっくに、友達じゃないか」
ーー出会う前から、とっくに!
私は苦痛に歪む顔を精一杯の笑みに変えた。もうじき私は消滅してしまうだろう。トリエルには後で謝らないとな…。でも彼は初めてできた大事な友達なんだ。彼が死ぬのを防げて、本当によかった。
私の一言に驚いたのか、パピルスが私の顔を覗き込んだ。この時私はようやくパピルスの顔を見て異変に気がつき、思わず息が止まった。パピルスは大粒の涙を流していて、眼窩は……いや、えっと。
パピルス。
君、なんて顔をしてるんだ……
私は、まさか間違えていたのか?頬に降る涙をぼんやりと感じながら、後悔の一抹を胸に残し、そのまま息を引き取った。
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